第2話 それは遠い昔のお話です
「女将さん、ハァハァ産婆、産婆を! 女将さん!」
「おや、ソルトじゃないか。随分久しぶりだね……って、ソルトでいいんだよね? 話には聞いていたけど……ここまで大きくなるなんてね。はぁ~」
女将さんの宿に飛び込んだソルトは女将さんを探すと、息を切らしながら産婆を頼むが肝心の女将さんはソルトが言っていることを理解していないみたいだ。
「あ、はい。お久しぶりです。女将さん」
「それでどうしたんだい。かなり急いでいたみたいだけど?」
「あ、そうだ! 女将さん、産婆! 産婆! 産婆を下さい!」
「どうしたんだい。産婆が欲しいなんて……もしかして、とうとうやっちゃったのかい?」
「え?」
「で、どっちなんだい? レイかい、それともエリスかい? あ! もしかして噂の新顔かい? ソルト、誰なんだい?」
「女将さん、違うから。俺はまだ、そんなことはしてないから」
「なんだい、勿体無い」
「だから、そういうのはいいから、女将さん。産婆だって」
「分かったよ。分かったから、少し落ち着きなさい」
「いや、でも……」
「いいから、落ち着きなさい」
「はい」
「ソルトは経験がないから、焦っていると思うけどね。陣痛が始まったからって、そんなにすぐに出てくることはないんだからね。特に初産だと一晩かかることもざらだよ。それで、その産婆を必要としている彼女は初産なのかい」
「はい。そうです。子供はまだいません」
「そうかい。なら、まだまだ時間は掛かりそうだね」
「でも、予定日は結構先だと言ってた様な……」
「何! そういうのは早くいいな! ほら、ソルト行くよ!」
「え、でも産婆さんは?」
女将はニヤリと笑うと「私だよ」とだけ言うと、ソルトの背中に飛び乗り「GO!」と叫ぶとソルトを思いっ切り走らせる。
屋敷に着くと女将さんが玄関をぶち破る勢いで飛び込んで行く。
「妊婦さんはどこだい! 案内しておくれ!」
「あ、はい。こっちです」
女将が近くにいた女性にティアの場所を訪ね案内されてティアの元へ向かうのを見てソルトは一安心する。
「お疲れ様」
「レイか。ティアの様子は?」
「エリスも着いてるから大丈夫だと思うよ。今も経験者の二人が着いてるしね」
「そっか。サリュとミディがいるなら大丈夫だよな」
ティアの側に経験者の二人が着いているなら大丈夫だなとソルトは安心する。
「でも、まさか女将さんが産婆もこなすなんてね」
「本当、そうだよね」
「でもさ、こっちの世界でさ、医者って見てないけど、産婆さんはいるんだね」
「それな! 俺も思った!」
レイがソルトの横に立ち、ソルトに聞いてくる。
「ねえ? ソルトはどっちだと思う?」
「どっちでもいいよ。どっちでもティアの子供なら可愛いよ」
「それ言われたら、話が続かないじゃない。もう、こういう時は『男の子かな~女の子かな~いや、やっぱり男の子かな~』とか言って会話のキャッチボールを楽しむところでしょ!」
「え~いいよ。面倒だし」
「面倒って言われた……」
レイのウザ絡みに少しイラッとしたソルトが「そう言えばさ」と珍しくソルトが日本にいた頃の話をしだす。
「何?」
「いや、レイのウザ絡みで思い出したんだけどさ」
「ウザい言うな!」
ソルトが苦笑しながら、続きを話す。
「俺が新卒で働き出した頃くらいにさ。何が面白いのか、俺の何が気に入ったのか知らないけど、多分ご近所さんだとおもうんだけど、小さい女の子が俺のこと見て『ニカッ』って笑うんだよ。まあ、俺も小さい子相手だし、その時は笑って返したんだけど、その後が最悪だった……」
「何、どうしたの?」
「その頃の俺は二十代前半でまだ痩せていたし、そこそこ人当たりもよかったと自分では思う。だけど、その子が俺を見るなり走って来て抱き着いたり、おんぶをせがんだりするものだから、事情を知っているご近所さんからは『やさしいお兄さん』でいいんだけど、何もしらない人からは『若いお父さん』として、見られてさ。で、運悪くと言っていいのか、会社の同僚にその場面を見られてからは、あっという間に『子持ち』の噂が広まってしまったんだよ。お陰でいい感じになっていた彼女には浮気を疑われて振られるし、その次も『子持ちは勘弁』って断られるし、会社からも家族構成に虚偽の報告があるとか言われて、結局はその会社にいづらくなって、五年もしない内に転職して、家を出てからの一人暮らししてからのココだよ」
「へ、へえ、そうなんだ。大変だったんだね。ソルトも……」
「だろ? だからかな。そこからは人付き合いも最低限にしてきたんだ」
「へえ~」
レイはソルトの話を聞いてから、母親に聞いたことを思い出す。
『あんたはね~昔はさ~』から始まる母親の話を嘘と決めつけて中途半端に聞き流していたけど、「これって、そうなのかな」と考えてしまう。でも……もし、そうだったらと思わないこともないが、本当ならとんでもないことをしたもんだと塞ぎ込んでしまう。
そんなレイの様子を見たソルトは「まさかな……」と呟く。




