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巻き込まれたんだけど、お呼びでない?  作者: ももがぶ
第一章 それぞれの道
22/131

いろいろと勉強する機会だったのに……

ソルトが目を覚ますと、昨日と同様に柔らかい物に顔が包まれていることを感じると面倒そうに胸を鷲掴みにすると、グッと押しやり顔から離す。

また、その時にレイが「あん」と甘い声を漏らすが、どうでもいいと思い、レイが起きる前にと着替えを済ませる。

その時にソルトの頭にふとした疑問が思い浮かぶ。

「俺って若いんだよな? なら、なんで朝のアレがないんだ? それにさっき、レイの胸を触ってもなにも感じることはなかったぞ。これって、やっぱり正常な若者とは言えないよな。まさか、この歳で不能なのか? それとも俺も呪いを受けているとか? このままだと一生童貞とか」

『ソルト……さん、それは呪いじゃないですよ』

「そうなの? ルーが呪いじゃないって言い切れるってことはなにか知っているの?」

『それは……』

「まあ、いいよ。別に困ることじゃないし。それにルーが原因を知っていて、俺の体にはなんの支障もないんでしょ」

『はい、それだけは言えます!』

「じゃあ、いいよ。その内ね」

『はい! いつか絶対に!』


ルーとの会話で少し釈然としないこともあるが、今はいいかとソルトは考え、朝の身支度を済ませると食堂へと向かう。


食堂に入るとエリスがいたので、そのテーブルに近付き相席してもいいかと了解を取り、椅子に座る。

すぐにウェイトレスがメニューを持ってきてくれたので、ついでにとエリスに読み方を教えてもらいながら、幾つかの単語を覚える。

「へ~これで『オーク』って読むんだね」

「そうよ。で、こっちが……」

メニューの読み方を一通り教えてもらうと、ウェイトレスを呼びメニューの中の一品を選んで注文する。

「ふふふ、もう読めるようになったんですね」

「先生がいいからね」

ウェイトレスの軽口にエリスが対応する。

「まあ、そういうこと。よろしくね」

「はい、少々お待ち下さい」


エリスはもうすぐ食べ終わるくらいの量が残っているが、一旦止めてソルトの食事に合わせてくれるようだ。

悪いことしたかなとソルトが思っていると、気にするなとエリスに言われる。


その内、ソルトの注文した食事が運ばれ、エリスと一緒に食事を楽しむ。

「で、今日の勉強だが、どこでする? 私の部屋でもいいけど、レイもいるでしょ。三人だとちょっと狭いわね」

「どこか、空いてる部屋とか借りられないのかな。例えば、ギルドの会議室とか」

「ああ、そうね。ギルドなら空いてる部屋はありそうね」

「おや、随分仲良くなったね。なら、いっそのこと四人部屋に移るかい? この先増えるなら、四人部屋でもすぐ埋まるだろうね」

「「女将さん!」」

「おや、声まで揃って。いいね、エリスを紹介した甲斐があるってもんだよ。マジで、四人部屋にするかい?」

女将がソルトとエリスが食事しているのを食堂の外から見かけたので、側に寄ってみたら、勉強に使う部屋のことで困っているようだったので、軽い提案のつもりで話しかけたようだ。

「四人部屋ですか。どうせなら、一人部屋が希望ですが、あの無防備すぎるレイを放置するのも気がひけますし。う~ん」

「なにを悩んでいるんだい。よし、じゃ四人部屋に移ってもらうよ。いいね? はい、決まり! 後、ソルトは後ろから刺されないように気をつけるんだよ」

「女将さん!」

「ははは、冗談だよ。でも四人部屋に移ってもらうのは本当だからね。エリスは食事が済んだのなら、部屋を片付けな」

「本気ですか?」

「本気だよ。団体は来ないけど、一人客は結構来るんだよ。悪いね」

「マジか~」

「マジだよ。ソルトも嬢ちゃんの世話は大変だろうが、まあ適当にやんな」

「……はい」

女将に言い返したい気もあるが、宿代を免除してもらっている立場では、そこまでは言えない。


エリスが部屋の片付けにと席を立ったので、一人で食事を続けるソルトの元にレイが座る。

「おう、今からか。随分ゆっくりだな」

「ええ、おはよう。誰も起こしてくれなかったんでね」

「そうか、それは大変だな」

「ねえ? それ、本気で言ってるの?」

「なにが?」

「だから、なんで私を起こさないのかってことよ」

「なんで俺がお前を起こすんだ?」

「なんでって……同居人の義務として?」

「同居人じゃなく、同室な。それに俺はお前のオカンでもないからな」

レイの言う同居人と言う言葉に別に同棲している訳でもないしとソルトは憮然とした態度で言い返す。


「でも……」

「でも、なんだ?」

「私の胸を触ったでしょ?」

「はぁ、お前な。あれは触ったんじゃなく、退けたんだ。なにもやましい気持ちはないぞ。それにだ、それを言うなら、お前は俺のベッドに潜り込んだ痴女だろうが!」

「な! 誰が痴女よ!」

「痴女じゃないなら、毎晩人のベッドに潜り込むお前はなんなんだ?」

「それは……」

ソルトからの質問にレイが答えに窮する。


「あら、ソルトはまだ食事中だったのね。で、レイはまだなの?」

「ああ、起きたばかりみたいだ」

「相変わらずなのね」

エリスがレイのことで嘆息すると、居心地が急に悪くなるレイだった。


「それで、レイに部屋が変わることは話したの?」

「いや、まだだ」

「ちょっと、なにそれ。聞いてないわよ。まさか、エリスと一緒の部屋になるの?」

「ああ、そうだ。そ「聞いてないわよ! なら、私はどうなるのよ!」れにレイも一緒にな」

「え?」

ソルトの後に続く言葉を聞き、一人で先走って勘違いしてしまったレイが赤面する。


「そうなのよ。女将からの要請でね。あなた達二人と私で四人部屋に移ることになったのよ。ねえ、いきなりすぎてびっくりするわよね」

「え、ええ、そうね」


「じゃあ、レイも食事が済んだら、新しい部屋に来てくれ」

「じゃあね」

ソルトとエリスが食事を済ませていないレイを残し、二人で食堂から出て行く。

「なんでなのよ、もう! すいませ~ん。こうなったら、やけ食い……はやめとくかな。モーニングセット一つ」

「は~い」


「来たね」

エリスとソルトで女将のところへ向かうと、女将が挨拶代わりと部屋のキーをエリス達に渡してくる。

「510ね」

「5階か」

「なんだい、タダなのに文句を言うのかい?」

「いえ、そういう訳では……でも、五階って階段ですよね?」

「ああ、そうだよ。もし、飛ぶことが出来るのなら、それでも構わないけどね。なんだい五階くらい、若いくせにだらしないね」

「ふふふ、いいからソルト行きましょう。後、レイはまだ食べているから、もう少し待ってあげてね」

「ああ、いいよ」

「五階か~」

「まだ、言ってんのかい?」

ソルトがエリスに引っ張られながら、五階に用意された部屋へ向かう。


「510、ここね」

「はぁ、階段上がるのって地味に疲れるんだよな~」

「ほら、そんなところでへばってないで、入るわよ」

「はい」


エリスが部屋のドアに渡された鍵を差し込み回してドアを開ける。

「へ~流石に四人部屋だけあって、広いわね。それにベッドルームは二台ずつ別になっているのね」

「助かった~じゃ、俺はこっちのを使うから、エリスとレイでそっちを使ってね。じゃ」

エリスにそう言うとソルトは一つのベッドルームに入るとドアを閉める。

「よし、ちゃんと鍵も掛けられるようになっているな。これで抱き枕にされることもないし、着替えに困ることもない。よかった~」

一人部屋という訳ではないが、ベッドルームが仕切られドアには鍵も掛けられることから、これでレイの抱き枕から解放されることに喜びを感じるソルトだった。


ベッドの一つに寝転がりやっと手に入れたプライベートスペースをソルトが満喫していると、ドアがノックされるのと同時に開けられ、エリスが入ってくる。

「邪魔するわよ。あら、こちらの部屋もあまり変わらないみたいね」

「当たり前だろ。で、どうしたの」

「別に用って訳じゃないけどね、レイが戻って来るまで私も特にすることはないし、少しお話しでもしようかなと思ったんだけど、迷惑だったかしら?」

「別に。まあ、いいさ。そういえば、エリスには渡してなかったね」

ソルトはそういうと無限倉庫からメモ帳とペンを取り出し、エリスに渡す。


「これは? え? ウソ? ソルト、これはダメよ」

「別にいいんじゃない。それにゴルドとギルマスにも渡してるし」

「じゃあ、これがどんな価値を持つかは分かっているのね?」

「ああ、でも俺にはそんなの関係ないってことで、押し切ったけどね」

「ふふふ、そうね。分かったわ。ありがとう。大事に使わせてもらうわね」

「無くなったら、言ってくれればいつでもあげるから。心配せずに使っていいよ」

「あら、そうなの。でも、ソルトからもらったものだし。大事に使うわよ」

「また、そんな意味深なことを言う。俺が本気にしたら、どうするのさ」

「あら、私は本気にしてもらっても構わないのよ?」

「え? それって……」

「どうするの?」

ソルトがエリスの目をじっと見つめ、お互いが吸い寄せられるように少しずつ互いの顔が近付いていく。

ソルトも二つの世界を通じて、初めての経験がすぐそこに迫ってきて動悸が激しくなる。エリスが目を閉じるのを見て、このタイミングで目を閉じるのかとソルトも目を閉じ、もう少しで互いの唇が接触するというところで、ドアが乱暴に開けられる。


「ソルトはこっちにいるの? あ~!」

「「レイ!」」

「なにしてるの?」

レイにもう少しで初めての経験を済ませられるところを邪魔されたソルトが言い訳にもならない言い訳をする。


「べ、別になにもしてないだろ! 今は……」

「今はってなによ!」

「あら、レイも混ざりたいの?」


エリスも軽口で返すが、内心はドッキドキである。まさか、この歳でなにもかもが初めてなんて誰も思わないだろうし、信じられないだろうし、それに女子会のような場所でカミングアウトする機会も与えられずにここまで来てしまった恥ずかしさもある。


「な、そういうことを言ってるんじゃないでしょ!」

「ふふふ。ソルト残念だったわね。また、今度ね。さ、勉強しましょうか。テーブルがあったから、そっちに移るわよ」

「あ~ゴマかすつもりなの?」

「私はゴマかすつもりはないわよ。ねえ、ソルト」

「そうだぞ、レイ。男女が一つの部屋にいたら、ああなっても別におかしくはないだろ?」

「……のに」

「「え?」」

「私の時にはそんな雰囲気にもならなかったのに!」


「そんなの無理だろ?」

「え? なんで?」

「なんでって、そんな雰囲気になる前にお前が騒ぐからだろ?」

確かにレイはソルトとそんな雰囲気になりそうになると気恥ずかしさから、その雰囲気を自ら壊していた。


「レイはお子様ってことね」

「また、私をお子様扱いする!」

「「そういうところだ(よ)」」

レイがソルト達にお子様扱いされて憤慨するが、エリスが勉強するんだから、さっさとテーブルに移りましょうと提案してくる。


ソルトとエリスがベッドルームから並んで出ていくのを見ながら、なぜか負けないと思うレイだった。


丸いテーブルにソルトを挟む形でエリス、ソルト、レイの並びで座るが、ソルトがこれはおかしいと、ソルト、エリス、レイの順で座り直す。

「別に座る位置なんて、どうだっていいじゃん」

「いや、教える人が真ん中にいないとおかしいだろ?」

「私はどうだっていいわよ」

「とにかく、この並びで進めるから。では、エリス先生。お願いします」

「……お願いします」

「ふふふ、いいわよ。で、どこから始めましょうか?」

「じゃあ、基礎の単語を構成する文字の種類からお願いします」

「そうね、じゃあいい?」

「「はい」」

「うん、いいわね。じゃ始めましょうか。まずは……」


エリスの指導の元で単語を構成するアルファベットのような『文字』について教わる。

こうやって、教わると文字と、それを組み合わせた単語、それを組み合わせた文章は英語に近いとソルトには感じられた。

だが、大学を卒業してから、長文を扱うことがなかったソルトには少し苦痛に感じられるが、レイなら現役だから、それほど難しくはないだろうと、チラッとレイを見ると……テーブルに突っ伏していた。


「おい! レイ!」

レイの頭を軽く叩いて、起こす。

「イッタ! なんで起こすのよ! 起こすのは今じゃないでしょ!」

「お前な~依頼書どころか、食堂のメニューも読めない今の状況をどうにかしたいとは思わないのか?」

「思ってるわよ。思ってるけど……ダメなのよ。食事も済ませたばかりだし、どうしても眠気が……」

『ソルト……さん、もう少しだけ、この言語の構成を知ることが出来れば、言語理解スキルが働いて長文も解読出来ますし、筆記も問題なく出来るようになりますよ。だから、もう少しだけ頑張りましょう!』

「分かった。ありがとう!」

「なにが分かったの?」

エリスがソルトのルーとの会話を独り言と思ったのか、なんのことだと聞いてくる。


「ああ、気にしない方がいいわよ。ソルトは時々、こんな風に独り言を言って、済ませることがあるから」

不思議がるエリスに少し勝ち誇った様子でレイが説明する。

「そうなのね。で、レイは分かったの?」

「え? いや、それは……」

「レイはもう少し頑張りましょうか」

「……はい」


ルーのアドバイス通りにエリスからある程度の単語と文章を教えられたソルトは、次第にその内容が読み取れるようになったことに驚くと同時に読める、書けることに嬉しくなる。

『レイ、そのまま聞くんだ。いいな? 分かったら、頷く』

突然、頭の中にソルトの声が響いたことに驚き、ソルトを見るが言われた通りに頷く。

『よし、いいか? ある程度の単語と文章を自力で読み書き出来るようになれば、後は言語理解スキルが仕事をしてくれるから、それまでは嫌でもやり通すんだ。いいな? 分かったら、返事!』

「はい!」

ソルトの強い調子に思わず声に出して返事をしてしまったレイにエリスが訝しげに言う。

「今度はレイなの? 大丈夫よね? 異世界人特有の病気とかじゃないわよね?」

「ごめん、気にしないでもらえると助かる」

「そう、それならいいけど……あら? ソルトはもうある程度は読み書き出来るようね」

「ああ、今ならメニューも読めると思うぞ」

「あら、そうなると私の先生はお役御免かしら?」

「いや、まだこの世界については教えてもらってないから、そっちを教えてもらってもいいかな」

「そうね。でも、それだとちゃんとした本が必要ね」

「そうか。なら、図書館とか、そういう場所?」

「図書館なんて行かなくても、ギルドにあるわよ。それほど詳細じゃないけど、ある程度は分かるわね」

「そうか。どうせ、訓練でギルドにも行くし、ならその時でいいか」

「分かったわ。それにギルマスにも相談しなきゃいけないしね」

「それもあったか……」

「そうよ、私の秘密の場所を覗いたんだもの。責任は取ってもらうからね」

「エリス、言い方!」

「あら、本当のことじゃない」

「あ~また二人でイチャつく!」

エリスの言うことは嘘ではない。嘘ではないが、聞く方に想像力が豊かな奴がいたのなら、鼻血を噴き出しているかもしれない。


その後、レイもなんとか言語理解スキルが仕事をしだしたようで、特に問題なく読み書きが出来る様になった。

「出来た~これで不自由さから、解放されるのね」

「お疲れ様。あとは、この世界の成り立ちや、いろんな国のことを勉強すればおしまいよ」

「あ~それがあったか~」

「それにアイツらの所に行くなら、間にどんな国で、どこの国に注意しなきゃとか色々知らないとダメだろ」

「そりゃ、そうだけどさ~飛行機があれば、すぐなのに~」

「飛行機? なにそれ?」

「え~とね、空をビュ~って飛んでいくの。どれだけ遠く離れていても、人の足だと行けないような海の向こうにもすぐに行けるんだから、凄いんだよ」

「へ~飛空艇とは違うの?」

「「飛空艇?」」

「ええ、そうよ。確か、どこかの国で使っているって聞いたことがあるわ。まあ、私達じゃどう頑張っても乗れそうにないわね」

「そんな~」

エリスの言葉にRPGだと後半で手に入るんだよなとソルトが見当違いの方向で考えているとルーが反応する。

『遺跡でも探してみますか?』

『遺跡って、もしかして先代文明とかそういった感じのヤツ?』

『そうですね、意外と近くにあるみたいですよ? まだ、手付かずのままで』

「マジ!」

「「きゃ!」」

「なによ、急に。どうしたの? ソルト」

「本当に病気じゃないのよね?」

「あ、ごめん。じゃ、昼まで時間があるけど、その間に買い物を済ませようか?」

「買い物! なにを買うの? 私は……」

「レイ! また、借金を増やすつもりか? まずは武具と防具、それに俺はバッグだな」

「ああ、女将から聞いてたわ。じゃ、行きましょうか」


ソルト達は宿を出て、まずはバッグを買おうとエリスの案内で、おすすめのお店へと向かう。


「ここが、私や女将がよく利用しているお店よ。主に女性向けだけど、男性用がないわけでもないから、探してみるといいわ」

「ありがとう、エリス」

「ねえ、私にもバッグが必要だと思わない?」

レイの言葉に目を細めてじっとレイを見るソルト。

「まあ、いいけど冒険に持っていく物だからな。余計な装飾はいらないからな。じゃ、エリスはレイの監視で。お金は持ってないだろうから、この間みたいなことにはならないと思うけど、一応よろしく」

「ひど~い」

「分かったわ」


ソルトはレイ達と別れ、肩掛けやリュックタイプと色んなバッグを確認しながら選んでいく。

「もう少しマチが欲しいかな。これは色が派手だし……」

「お客様、よろしければご希望に沿える物を探しますよ?」

店員らしきお姉さんに声を掛けられ振り向くと、そこには痩身でソルトより少し背が低いくらいの地味なワンピースを着た後ろで髪を結んでいる女性が立っていた。

「じゃ、お願いします」

「分かりました。では、ご希望をお伺いしますね」

「え~と、そうですね。大きさはこのバッグくらいが理想です。それとバッグの口を雨で濡れないよう広めのベロで覆うのが欲しいですね」

「もしかして、冒険用ですか?」

「そう、それです。あります?」

「そうですね。なら、こちらの方ですね」

店員さんに案内され着いていくと、いかにも冒険者用ですって感じのバッグが珍列されていた。

「もし、ここでお気に召されなければ、オーダーという形になりますが……」

「分かりました。ちょっと見させてもらいますね」

「はい、ではごゆっくり」

ソルトは陳列されているバッグの中から肩掛けタイプでベロが大きめのバッグを探し出し、あとは色を決めるだけの段階まで絞っていた。

「黒じゃないな、かと言ってカーキーでもないし、ならキャメルか。ん、決めた。これにしよう。っと、その前に金貨をバッグに移しとかないと」

ソルトはギルドからの借り物のバッグの中に無限倉庫から金貨の入った袋を取り出し、そのままバッグの中に入れておく。


「あれ? でも、ここが冒険者用のバッグだと言ってたな。なら、レイがここにいないのはおかしいよな。まさか……」

ソルトがレイの声がする方に向かうと、レイは赤いバッグを前に悩んでいた。

「なにやってんだよ。エリスはどこだ?」

監視を頼んだエリスを探せば、レイの隣で同じように色違いのバッグを並べて悩んでいる。

「おい!」

そんな二人の後ろから、ソルトは思わず強めに声を出す。

「「ソ、ソルト……もう選んだの?」」

「ああ、俺はな。で、レイはなにをしているんだ? まさか、その手に持っている赤いので冒険に出るとか言わないよな? エリスにはこうならないように監視を頼んだつもりだけど?」

ソルトの強めの詰問に顔を下に向けたまま、言い訳しようとするが、なにも思いつかないままでいると、ソルトがレイに早く冒険者用のバッグを決めて来いと、さっきまでいた場所へと向かわせる。

エリスにも、今度はしっかりと監視するように言い含めて後を追わせる。


レイ達の様子に思わず嘆息していると、お会計ですかとさっきの店員に声を掛けられたので、手に持っていたバッグを渡し、会計をお願いする。

「あの、お会計は一緒ではないんでしょうか?」

「ああ、アイツのは気にしないでいいから、先に済ませちゃって」

「分かりました。では、こちらの製品ですね。え~と、金貨一枚ですね」

お姉さんが提示した金額にあまり高くはないんだなと、ソルトは思いつつバッグから金貨を一枚取り出しお姉さんに渡す。

「はい、確かに」


「あ~なに先に会計を済ましているのよ! 私のはどうするのよ!」

「うるさいな。まずはいくらか確認したのか?」

「当たり前じゃない。私が選んだのはこれよ! どう!」

レイがソルトの前にぐっと突き出したバッグは冒険用と言うよりは、結婚式に持っていくような化粧ポーチくらいの大きさのバッグだった。

「お前、これになにを入れて、どこにいくつもりだ?」

「どこって、冒険でしょ? それに大半の荷物は、ソ「バカレイ!」」

エリスがレイの口を塞いでくれたので、ソルトの秘密は守れたが、当の本人のレイはなにがまずいのかがなにも分かっていないようだ。

『このバカ娘! なに、こんなところで俺のスキルを暴露しようとしてんだ!』

「あ!」

口を塞がれた意味が分かったレイがシュンとする。

「それと、エリス。お前、楽しんでないか?」

「さ、さあ? なんのことかしら?」

「これ以上、悪ふざけするなら、レイのバッグはエリスの奢りにしてもらうぞ?」

「な、なんでよ! それこそ理不尽じゃないの」

「だったら、こんなのを選んでくる前に止めろよ!」

「あの、お客様」

レイが持ってきたバッグを貶していると店員のお姉さんがソルトに話しかける。

「そちらの商品は、収納スキルが付与されていますので、見た目以上に収納力がありますよ?」

「へ~どれくらい?」

「そうですね、確か一立方メールくらいでしょうか」

「エリス、一メールってどれくらい?」

「そうね、こんなもんかしら?」

エリスが広げて見せた両手の間を確認すると、大体一メートルくらいだった。

「じゃあ、あまり入らないな。で、値段は?」

「そうですね。金貨で五十枚ですね」

「だそうだぞ、レイ。どうする?」

「どうするって、買ってもいいの?」

「ああ、そのままお前の借金に上乗せだけどね」

「え?」


「なにを驚く? 当たり前の話だろ」

「だから、なんでよ。バッグだよ? バッグは男が女の子にプレゼントするものでしょ?」

「そうなのか?」

「そうよ! 常識でしょ!」

「悪いが、俺はそんな常識を持ち合わせてないんで。じゃ、金貨五十枚を借金に追加でいいんだな?」

「ぐっ……ソルトの買った、そのバッグはいくらなのよ?」

「これか? これは金貨一枚だな」

「じゃあ、私もそれにするわ。ちょっと待っててよね」

店員がソルトとレイのやり取りを信じられないように見ていたが、気づくとソルトに話しかけていた。

「私もあんな常識は聞いたことがないですけど、あの女性はお貴族様か高位の方でしょうか? それにしては、お客様の扱いが雑なようにも思えましたが……」

「別にあの子は貴族でもなんでもない平民だけどね、少しばかりチヤホヤされる環境に慣れていたみたいで、あんな風になるんだ。ごめんね騒がしくて」

「いえ、それはいいんですが。大変ですね」

店員に同情されるソルトだった。

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