見るんじゃなかった
宿に帰ると、女将からレイ達に今なら女湯だから、風呂に入るなら今の内だよと言われると、レイとエリスはゴメンとソルトに告げると急いで自室に戻り着替えを用意して風呂へと駆け込む。
「盛況みたいですね、女将さん」
「ああ、お陰様でね。実はちゃんとした風呂を作ろうかと組合で話が進んでいるんだけど、興味はあるかい?」
「興味ですか? ないですね。俺はあの大きさで十分ですし」
「そうかい。でもアドバイザーとして、意見は聞かせてもらえるかい?」
「そうですね、それくらいなら構いませんよ」
「それだけでもありがたいよ。じゃあ、諸々決まったら声を掛けるよ。それでいいかい?」
「ええ、分かりました。あ、それとバッグを売っている店ってどこか紹介してもらえませんか」
「バッグなら、下げてるじゃないか? それじゃダメなのかい?」
女将がソルトが肩から下げている肩掛けバッグを指して尋ねる。
「これ、ギルドからの借り物なんです。なので、自分のバッグが欲しくてですね」
「ああ、そういうことかい。なら、紹介してやろうじゃないか」
「お願いしますね。ちなみにお店の名前は?」
「そうだね、幾つかあるから、後でエリスに言っとくよ。それでいいかい?」
「ええ、分かりました。お願いします」
「いいってことさ。ほら、風呂が空くまで飯でも食ってなよ」
「そうですね、そうします」
ソルトは一度、部屋に戻ると肩掛けバッグの中から革袋を取り出し、無限倉庫に収納すると食堂へ向かう。
ソルトはウェイトレスに席に案内されメニューを開くが、まだ読めない。
「やっぱり、ちゃんと教えてもらうしかないよね」
「お決まりですか?」
「えっと、なにかガッツリ食べられる物でお願い」
「分かりました。少々お待ち下さいね」
今日は色々動いたから、いいよねとソルトは自分に言い訳をしつつ、頼んだ食事が来るのを待つ。
「はい、お待たせしました。オークのステーキとパンにスープです。では、ごゆっくり」
「ありがとう。では、いただきます。ん~美味しい」
食事を済ませたソルトが、部屋のドアに鍵を差し込み回すと軽いと感じる。
「あれ? 鍵は掛けたはずなのに……」
不思議に感じながら、ドアを開けると下着姿のレイと目が合う。
「キ……」
「キ?」
「キャ~~~」
レイが手当たり次第に近くにある物をソルトに向かって物を投げてくる。
「ちょ、ちょっと待てって」
「なによ! 私が着替えているのを知ってて、ドアを開けたんでしょ! このスケベ! 変態!」
「あのな、鍵を開けっ放しだったのはお前だぞ? それに見られたくないなら、隠れるところはトイレの中なり、どこでもあるだろうが。なのに、ドアの前で下着姿でいるなんて、見せたがりの痴女としか思えないね」
「痴女ですって! この私に向かって痴女って言うの!」
「言うさ、現に今も下着姿のままじゃないか。もしかして露出狂なのかもな」
「あ……」
レイが自分の姿に気付き赤面するが、どうしたらいいか分からずに固まってしまう。
そんなレイにソルトはベッドの上の毛布を投げる。
「ほら、とりあえずこれで隠せ。じゃ、俺は風呂に行ってくるから、その間に済ませとけよ。いいな!」
「分かった……」
部屋から出て、風呂に向かうソルトにルーが話しかけて来る。
『私、あの人。苦手です』
『まあ、若いんだし、そこは大らかに行こうよ』
『ソルト……さんがそういうなら』
『ふふふ、まだ『さん』付けなんだね』
『すみません。まだ、慣れません。ダメ……ですか?』
『いいよ。でも、いつかはお願いね』
『はい! 頑張ります!』
『頼むね』
「ソルト、ニヤけているけど、なにかいいことでもあったのかい? もしかして、さっきの悲鳴と関係あるのかい?」
「女将さん、濡れ衣です」
ルーとの会話をソルトが楽しんでいたら、女将に話しかけられる。
「まあ、いいさ。風呂は男湯になったから、入ってもいいよ」
「はい、そのつもりです」
女将の言葉に抱えている替えの下着類を持っている方の手を上げて見せる。
「ああ、分かったよ。別に見せなくてもいいから。さっさと済ませてきな。今は、男でごった煮になっていると思うけどね」
「そうなんですか?」
「あのね、女湯の後だよ。そういうのが好きな連中もいるのさ。お湯は張り替えているのにね。不思議だよ」
「あ~若いとね」
「なに言ってんだい。あんただって、十分若いじゃないか」
「まあ、そうですけどね」
「引き止めて悪かったね。じゃ、綺麗に洗うんだよ」
「はい」
女将と別れたソルトが風呂に向かうとなにやら、若い男連中が興奮した様子で風呂から出てくる。
中には鼻血の跡を付けたままの男もいた。
「若いね~」
ソルトがブーツを脱ぐのに手間取り、少しだけイラつくが明日にはサンダルが出来る筈だと思い、今だけ今だけとぐっとイラつきを抑え込む。
衣服を脱ぎ、全裸のまま、浴場に入ると湯船に浸かろうと思えないくらいに男同士が肌を密着させて入っている。
「これって、女湯の残り香を狙っているのか、それとも男との密着を狙っているのか、どっちか判断に悩むな。キャサリンがいたら、間違いなく密着狙いなんだろうけど」
ソルトは湯船に浸かる気も失せ、さっさと体と頭を洗うと、さっと流して風呂場から退出する。
「こうなると家が欲しくなるな。アパートとか貸家でもいいんだろうけど、そうなると風呂はないよな。う~ん」
「お風呂は済んだみたいね。ゆっくり出来た?」
「エリス。とてもじゃないけど、ゆっくりなんて無理だよ。あの狭い湯船の中で野郎同士で密着して入ってるんだよ。そっちの趣味でもない限りは無理だよ」
「あら、そうなのね。それで、私の鑑定のことなんだけど。私の食事が終わってからでいい?」
「ああ、構わないよ」
「じゃあ、食事が済んだら部屋に行くね」
「はい」
エリスと別れ、ソルトが部屋に戻るとレイは不在のようだ。
「食事に行ったんだろうな」
そう思い、ソルトは持っていた着替えの下着類を無限倉庫にしまうと、『リペア』で新品状態に戻す。
「本当に魔法って便利だよな。っと、忘れない内にエリスのステータスをメモしとかないと」
エリスのステータスを思い出しながら、ソルトはメモ紙にその内容を書き留める。
~~~~~
名前;エリス 二二三歳(リリス・フィル・グランディア 二二三歳)
性別:女(処女)
職業:魔法剣士
体力:B
魔力:A
知力:A
筋力:C
俊敏:A
幸運:C
スキル:
水魔法:lv4
火魔法:lv2
風魔法:lv3
剣術:lv4
体術:lv3
投擲:lv3
状態:
記憶封鎖(呪)
~~~~~
「うわぁ、こりゃヤバいもの見ちゃったな。どうする? 正直に言うべきかな? ねえ、ルー。これって、解呪出来るのかな?」
『そうですね、聖魔法で解呪出来ると思いますよ。取得しますか?』
「そうだね、お願い出来る?」
『分かりました。聖魔法スキルを取得しました』
「ありがとう」
「なにを一人でブツブツ言ってるの?」
「うわぁレイ。いつの間に?」
ルーと会話をしているといつの間にかレイがソルトの手元を覗きこむ様に立っていた。
「それは、いいから。迎えが来てるわよ。ほら」
「ソルト、遅くなったかな?」
「いや、別にそんなことはいいけど。じゃ、行こうか」
「どこに行くのよ。ここじゃダメなの?」
エリスの部屋に行こうとすると、レイがこの部屋じゃダメなのかと聞いてくる。
「個人的なことだからね」
「そうね、出来ればね。もし、なにかあったら、その時はパーティメンバーとしてちゃんと報告するから。それにソルトにはまだ手は出さないから、安心して」
「な、誰もそんなことは心配してないでしょ!」
「そうかな? どうもレイはソルトに近付く女性が気になるようだけど?」
「そんなことはないわよ。いいから、早く連れていきなさいよ!」
レイがソルトの背中を押す形で、エリスと一緒に部屋の外へと押し出す。
「レイに悪いことしちゃったかな?」
「そんなことはないでしょ。じゃ行きますか」
「やっぱり、女の子にはモテそうにないわね」
「エリスまで……」
「気にしないの。そのうち、ちゃんと彼女も出来るからさ。世界は広いんだからね」
エリスの慰めともなんとも言えない励ましの言葉に二つの世界でモテないなんてとソルトがへこんでしまう。
「ほら、遠慮なく入って」
「はい」
エリスの部屋はソルト達と同じ階の部屋で、作りはシングルな分、少しだけ狭く感じる程度だ。
「そこの椅子に座ってくれる。今、お茶でも……」
「あ、いいです。それより、さっさと済ませてしまいたいんだけど」
「え~なんで。もうちょっとしてからでもいいじゃない」
「いえ、その鑑定した内容が、ちょっとというか、なんていうか……」
「な~に、はっきりしないわね」
「もし、鑑定した結果が思っていたものと違うからと言って怒ったりとかしないよね?」
「そうね、内容によると言いたいけど、それじゃダメよね。いいわ、約束する。これでいい?」
「じゃあ、言いますが全部受け止める覚悟はありますね?」
「なによ。急に畏まって。そんなに変な内容なの?」
「え~と、念の為です。エリスがショックを受けないようにするための前準備です」
「分かったわ。全て受け止めるわ。だから、教えて」
「では……」
ソルトは鑑定した結果を書いたメモを見ながら、エリスに隠すことなく話す。
記憶封鎖に関しても聖魔法で解呪出来ることも話す。
ソルトから話を聞き終えたエリスはなぜか放心状態になっているようで、ソルトが目の前で手を振っても気付いて貰えず、肩を掴んで揺さぶるとやっと、正気を取り戻す。
「ねえ、今のは本当なの?」
「ええ、エリスも自分のステータスで見られるんじゃないの?」
「私のステータスには、そこまで詳細には見えないわ。ねえ、解呪出来るって言ったわよね?」
「ええ、言いましたけど……」
「お願い出来る?」
「え? ここで?」
「そう、ダメ?」
「いや、でも呪いをかけられているんだよ。それにその名前に思い当たりがないか、ギルマスとかどっかで文献を調べたりとかした後の方がいいんじゃないかな? いきなり、記憶が戻っても混乱するだろうし、今の記憶が残ったままかどうかも分からないしね」
「今の記憶ね。それって、ソルトやゴルド達のことを忘れるかも知れないってことよね」
「そうだね。解呪したことで、どんな弊害があるかも分からないし。急ぐのは止めない?」
「そうね、ありがとう。ちょっと考えてみるわ」
「はい、その方がいいと思う。じゃ、俺は戻るね。おやすみなさい」
「ええ、おやすみ」
エリスの部屋を出て、自分の部屋へと戻ったソルトが部屋の中央で仁王立ちしているレイと目が合う。
「随分とごゆっくりなのね。エリスとの逢瀬は楽しかった?」
レイが詰問口調でソルトに向かって話す。
「別にいいだろ。じゃ、俺は寝るから。もう、俺のベッドに入ってくるなよ。おやすみ」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「もう、明日聞くから。寝かせてくれよ、じゃあな」
「聞いてほしいんじゃなくて、話してほしいんだってば!」
「くぅ~すぅ~」
「もう、ソルトのバカ!」
レイがなにを言っても寝息しか聞こえないソルトに腹が立つが、相手が寝てしまったのでは会話も出来ないので、レイも寝るしかないので、自分のベッドに入り目を瞑るが、一向に眠くならない。
「いいわよね、もう寝てるんだし」
そう言って、レイが自分のベッドから抜け出し、ソルトのベッドに入るとソルトの頭を自分の胸元に隠すように抱え込む。
「ああ、やっぱり落ち着く。なんでかな、男なのに男って感じがしないのよね。それに抱き枕にしていたショコラを思い出すんだよね~ふぁ~あ、眠い……」
いつの間にか、飼い犬としての抱き枕というポジションを与えられていたソルトだった。




