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旅路のなかのグレイコーデ  作者: 紅葉
第一章 大聖堂の聖女
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第三話 『神官の彼女』☆

『☆』付きは過去編メインのお話です。勇者グレイコーデがまだ未熟だった頃の最初の旅路をお楽しみください。

過去編では圧倒的なヒロイン力で無双するグレイコーデの過去の女(物理的)シルヴィアが見れます。

どんどん可愛く、尊くなっていくのでお楽しみに!

 懐かしい夢を見ていた。

 王に勇者の称号をもらって、旅を始めたばかりの頃のことだ。グレイコーデはまだ弱く、一緒に村を飛び出したシルヴィアも同様に弱かった。

 王都を颯爽と飛び出して、その先の森で二人は狼の群れに襲われたのだ。

 魔族に率いられているわけでもない、魔物と化しているわけでもない。ただ、狼の縄張りに侵入したというだけ。元々この森は狼の縄張りだった。付近の村で情報を得て、気をつければ避けられたはずの出来事だった。十四歳。まだ子どもと呼べる年齢のグレイコーデにそれを求めるのは、酷だったかもしれない。

 狼に襲われ、身体中を引き裂かれ、右腕は噛み千切られた。一緒に旅をしていたシルヴィアの機転によって狼の群れは引いていったが、グレイコーデは瀕死だった。


 ──冒険は、ここまでか。


 意識もはっきりとしないままグレイコーデは諦念に沈む。

 勇者になれなかった。消えゆく命よりも勇者になれずに倒れている自分が惨めで悔しくて。


「助けて、誰か、グレイコーデを、助けて──ッ!」


 だが、シルヴィアは諦めてはいなかった。

 噛み千切られた右腕を狼から取り返し、叫び続ける。大声で助けを呼び続け、やがて、近くの狩人が聞きつけ──。




「あら。目覚めましたか?」


 目覚めたのは、天蓋付きの白くて広いベッドの上だった。

 豪奢な作りの部屋に赤い絨毯。

 暗い森で血にまみれて倒れていたとは思えなかった。


「……あ」


 噛み千切られたはずの右腕がグレイコーデの身体についていた。傷の一つもなく、まるで狼に襲われていたことが夢であったかのように。

 その腕に絡まり、深く眠っているのは、グレイコーデの幼なじみにして妹分── シルヴィアだった。痛いほどにしがみつき、離れない。


「彼女が助けを求めていたんですよ。感謝しなければなりませんね」

「あなた、は?」


 ベッドの傍らに立っていたのは、目が腐るほどの美女だった。長い金髪。緑色に濡れた瞳。どこか艶めかしい流線型を描く太もも。……大きな胸。


「私の名前はアトリーナ。シンメリー・サリエル・アトリーナ。この教会の神官を務めているものです。あなたの傷を癒やさせてもらいました」

「治癒師……って、お、俺そんな金ねぇぞ!?」


 路銀は全くと言っていいほど持っていなかった。全て装備やポーションにつぎ込んでいた。しかし、その装備やらポーションやらも狼に襲われて落としてしまったのだ。

 グレイコーデは、無一文だった。

 慌てた様子のグレイコーデを見て、アトリーナは薄っすらと笑みを浮かべる。


「ふふっ。あなたは勇者様なのでしょう?」


 アトリーナは金板を取り出し、こちらに向ける。


  ──グレイコーデ 専任職【暗灰】


「国より、教会は勇者様には万全を持って尽くせと命じられているんです。お金は必要ありません。お気持ちだけで十分ですよ」

「……あ……ありがとう、ございます……」


 グレイコーデはもじもじと居心地悪そうに身体を揺らす。


「……ふゅ……なにゅ……」


 シルヴィアが身じろぎをし始めたタイミングで、アトリーナは頭を下げた。


「では、ごゆっくりおくつろぎください」


 ドギマギしながら見送るグレイコーデに一瞥をかけた後、部屋から出て行くアトリーナ。

 扉が閉まったその瞬間。


「うがあぁぁぁぁぁあああああああああああっ!!」


 グレイコーデの身体はシルヴィアに関節を固められ、ベッドに拘束された。

 顔を無理やり、鼻と鼻が触れ合うほどに近づけられる。黒髪を眉ほどに切り揃えた幼なじみ。少々幼さは拭え落ちない顔立ち。先ほどの戦闘で狼を追い払ったのもシルヴィアだった。


「何考えてんのよ、何考えてんのよ! 死ぬところだったじゃないの! わたしが助けを呼ばなきゃ終わってたわよ! ゲームオーバーよ、ゲームオーバー! 人生にコンティニューなんて無いのよ、ゲーム脳なの!? バカじゃないの、絶対バカよね! バカバーカ、バーカァっ!!」


 シルヴィアは時々、良く分からない罵倒を飛ばす。


「痛い、痛いって! ってかゲーム脳って何だよ、お前が早く街に行って美味しいモノが食べたいとかいうから近道を通ったんだろうが…… 痛い、だから痛てぇんだよ、いい加減にしろっ……!」


 ベッドの上で押し合い揉み合い、くんずほぐれつ。

 やがて、もみくちゃになったシーツの上で、荒い息を吐く二人。

 勝者はシルヴィア。決め手は関節技をかけてグレイコーデの首をへし折る寸前までいったこと。


「……はぁ、はぁ……仲間が、必要ねっ!」

「何の、仲間……だよ……」

「治癒師よ、回復術のエキスパート。ヒーラーが欲しいわ!」

「『ヒーラー』……? 何だよ、それ……」

「立ちなさい! 冒険者組合に直行よ、そのままパーティに入ってくれそうなヒーラーを探すのよ!」


 そう言って嵐のように立ち上がり、こちらの手を引く幼なじみ。引いている手は右手。先程まで身体から千切れていた部位だった。


「ちょっと待てよ……俺はもう少しこのふかふかベッドを堪能してからにするから……」


 グレイコーデは、うつ伏せに倒れ込む。もう一生このままでいいとさえ思っていた。

 ふかふかしている。良い匂いもする。楽園だ。


「なまけてんじゃ、ないわよッ!」

「グボ、アッ!?」


 尻にシルヴィアの全体重を乗せた肘鉄が叩き込まれた。……尻が八つぐらいに割れたような気がした。気がしただけだった。




 ……集まらなかった。


 シルヴィアの言う『ヒーラー』は集まらなかった。勇者の権威を振りかざせば、一人や二人振り向いてくれるかと思ったが、そんなことはなく、勇者だとしてもまだ子どもで、しかも仲間が二人だけの一行など誰も見向きもしなかった。

 勧誘の最中にこちらを笑い者にした冒険者と口喧嘩になり、シルヴィアの手が出る寸前でグレイコーデが頭を下げて引き返した。


「アイツら、絶対に後で後悔させてやるんだから……ひん剥いて、ラクガキして、表に飾ってやる……」


 ぶつぶつと恨み言を吐くシルヴィアをなだめながら、行き先を考える。


「……はぁ……今晩泊まる宿を探さないとな」


 収穫は何もなかった。ただ、一日を無駄に過ごしただけだった。

 財布を出そうとするが、革袋の感触がない。しかし、なんともまあ治安が悪い。勤勉な者を助けてくれるという神の御加護はいったいどこにご入用か。


「スられたな……まったく散々だ」

「スられたな、じゃないのよ! あの野蛮人どもに決まってるわ、ぶっ飛ばしてやる...... っ!」


 反転して駆け出そうとするシルヴィアを全力で止める。


「止めとけ! ぶっ飛ばされるのはお前だ、シルヴィア。……不幸か幸いか、あの財布はほとんど空だったしな。ほら、余計なことしないでさっさと行くぞ」

「お金も無しにどうやって宿とるのよ」


 むすっとした様子でシルヴィアは訊ねる。


「馬小屋程度探せばあるだろ」


 じっとり湿った目つきでシルヴィアはグレイコーデを見る。思わず目を逸らすと間髪入れずにため息が飛んでくる。


「……はぁ。あなたの逞しさがわたし時々欲しくなるわ……」

「本当に馬小屋で良いのか?」

「いいわよ。君と一緒なら」

「…………」


 本当は靴裏に銅貨を二枚だけ忍ばせていた。グレイコーデを除いてシルヴィアだけでも一人分の安宿は取れる算段だったが……二人分の宿代はない。

 無意識にぽつりと呟く。


「……あの人」

「え?」

「あのアトリーナっていう神官が、俺たちの治癒師になってくれればいいなぁって」


 照れ隠しのつもりだったのかもしれない。その証拠に、グレイコーデはこの言葉をしばらくの間、覚えていなかった。


「むぅむ〜ん……むぅ……」


 変な鳴き声が隣から聞こえる。見れば、シルヴィアがむんむんと唸っていた。百面相をして、何やら考えてこんでいる。


「……ま、無理だな。俺みたいな弱小勇者についてきてくれるはずもないし。それよりも、馬小屋探すぞ」


 思考を打ち切るように声を出し、それっきりグレイコーデはアトリーナのことを忘れた。


「……う〜ん。ま、いっか。優良物件の馬小屋期待してるわ!」

「何だよそれ。馬小屋の時点でそんなものねぇだろ」

「あるかもしれないじゃない」

「いや、ねぇって」

「ある」

「ねぇから」


 そんなやり取りをしながら、ぱたぱたと二人は街を駆けてゆく。

 魔王討伐の旅。

 初めてアトリーナに出会った時のことだった。


過去編の第一弾!

本編の重苦しい雰囲気とは違って、こちらは爽やかです。青春を感じます。

過去編は基本的にシルヴィアのヒロイン力で無双する話です。

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