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旅路のなかのグレイコーデ  作者: 紅葉
第二章 親子の片割れ
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第六話 『大人の話』

 点と点が繋がったような気がした。

 六十年前にシアの街で見かけた古い本のような香りのする女と昨日街に入るときにすれ違った女が、グレイコーデの頭の中で合致する。

 あの女は銀髪エルフの弟子だ。

 あの女はグリモティアに所属していた。

 あの女はヒストリアに所属していた。

 何よりも、外見が全く同じだった。六十年以上経っているにも関わらず老いていなかったのだ。

 寂しそうな無表情を端正な顔に貼り付けた女が思い出される。


 ──あの女がユリアーカなのか……?


「ぼーっとして、どうしたのよ? グレイコーデ」


 目の前で金髪のしっぽが垂れる。レイツェルが小首を傾げてグレイコーデを覗き込んでいた。

 逃した獲物は大きいが、今は別にやることがある。街の人々を人に戻し、聖堂騎士団から救うという目的があるのだ。

 気を取られてはいられない。


「……ああ、すまない」


 ヒストリアの活動拠点施設は、地下遺跡の一番奥に存在する。何でもグリモティアから分化したヒストリアは他の学者団体の煽りを受けやすく、それで目立たない他の人はまず利用しないような不便な立地に建てたという。

 グレイコーデたちの地下遺跡に入る道は正規の道ではなく、盗掘用の不正に開けられた洞穴だ。

 そこを進めば、通路にばら撒かれている魔物などを大部分無視して進むことができる。

 ユーリの魔力視とルドヴェルの体術のお陰でグレイコーデは魔物と戦う機会のないままヒストリアの施設についた。

 扉を蹴り開けて中を警戒するルドヴェルが一つ頷く。


「誰もいない」

「油断はするな」

「当たり前だ。この中は、あのクソッタレ女の巣なんだからよ」

「……一応、ここはあたしの家でもあるんだから扉は乱暴に開けないで」


 レイツェルが小さな声で抗議してくる中、先に進む。

 ヒストリアの施設は地中に大半が埋まっている上の居住施設と構造はほとんど変わらないものだった。気になるところといえば、妙に部屋が荒れていることと誰もいないことだ。

 石卓は粉々に打ち砕かれ、本はページがバラバラに破り捨てられている。壁や床には巨大な刃物のようなもので引き裂かれた跡が見て取れた。

 このような痕跡を残す荒らし方には見覚えがあった。


「……魔族の襲撃を受けたのか?」

「分かるの?」

「ああ。床のへこみ傷や巨大な切り傷……それに本を破り捨てる知性。大きな力と確かな知性を持たなければ出来ない所業だ」

「……先へ行かないと」


 レイツェルが何やら切羽詰まったように駆け出した。


「どこへ行くつもりだ!」

「『人の聖杯』が無事かどうか確かめに行くのよ! ヒストリアの、あたしのお父さんお母さんが完成させたのよ!」

「っ」


 ルドヴェルが衝撃を受けたかのように立ちすくんだ。それに気がつかずにレイツェルは先に進む。グレイコーデがレイツェル追いかけようとするルドヴェルの肩を掴んだ。


「行くな。この街を救うためにはユリアーカの研究を見つける必要がある。探さなければ出て来ないぞ」

「……でもよ、レイツェルが」

「ルドヴェル。成すべきを見誤るな」


 言い聞かせると大きな身体が脱力した。


「ユーリ。着いて行ってやれ」

「……うん。分かった」


「施設内にも魔物の気配がある。レイツェルを守れ」


 こくりと頷くとユーリは身を縮め、次の瞬間に矢のように走り始める。鍛錬の最中に身につけさせた魔族の体力を存分に生かした走り方だ。レイツェルの方はユーリに任せても安心だろう。


「……さて」


 グレイコーデは引き裂かれて壊れた本棚に散らばった紙切れを手に取る。

 ヒストリアの活動は主にグリモティアの遺した『人の聖杯』に関する研究を主軸としている。外聞には小規模な発掘隊を組織して地上の街に貢献していたらしい。

 そこまでが表の顔だ。ユリアーカが団長と据えられてからのヒストリアは裏で魔物と魔族の研究をしていた。

 しかし、今のところそれらしきものは出てきていない。

 眼球に魔力を流して、魔力視の力を得る。眼球の裏──網膜が魔力に焼かれて痛みが奔る。『強制魔力視』と呼ばれる絶技。魔力視を持たない人間が魔力を見るために編み出した技だ。

 探す合間に、グレイコーデは昨晩考えたことの答え合わせを始める。


「ルドヴェル」

「……何だ?」

「レイツェルとはいつからの付き合いだ?」

「急にどうした」

「良いから答えろ」


 世界が拡張される。魔力の揺らぎが色彩として広がり、視界が波紋に満たされる。

 大気中の魔力がゆらりと流れ、揺蕩う中。


 ──見つけた。


 普段と視界と魔力視の視界を重ね合わせて不自然な所を見つける。何の変哲もない壁。そう見える。じくりと瞳がうずき、グレイコーデは魔力を眼球に流すのを止めた。網膜から出血し、視界が赤い。


「赤ん坊の頃から面倒を見ているぞ」

「……つまり、レイツェルの両親とはある程度交流があったというわけだ」

「何が言いたいんだ?」

「ルドヴェルはなぜ両親からレイツェルを託されたんだ? 独立発掘をしているお前がなぜヒストリアの元団長の娘であるレイツェルを託されたかという話だ」

「……それは」


 異常があった壁を調べる。コツコツと叩いて、中に空洞を確認する。蹴り破ってもいいが、あまり賢くないと壁の周りを確認。魔力に反応する晶石の飾りが壁の傍にあった。


「話を変えようか。──ユリアーカが団長になってからヒストリアは変わったとお前は言う。では、なぜユリアーカはヒストリアに目をつけたんだ? 街を滅ぼすために宿主とするならば他の学者団体など山ほどある」


 ここから先は、大人同士の話だ。子どもに聞かせても理解できない損得の世界の話。そのため、グレイコーデはルドヴェルと二人になった。


「ルドヴェル。お前がユリアーカを誘ったんだろう? 恐らく、多額の金か何かと引き換えに研究拠点をユリアーカに与えた。仲の良かった人物が団長を務めるヒストリアに」

「っ、」


 グレイコーデは晶石に魔力を注ぎ込む。すると壁は重々しい音を立てて回転した。


「別段と責めていない。金は大事だからな。飯を買うためにも、街に住むにも金がいる。独立発掘で十分な額を稼げるわけないからな。……進むぞ」


 扉をくぐり抜け、階段を下った先に待ち受けていたのは培養液に浸された様々な種類の魔物だった。全て死体なのか目を閉じて安置されている。魔法刻印が施された柱が幾重にも立ち並び、異様な雰囲気を発している。


「銀髪エルフの弟子は必ず堕落する、か。これを見てしまえば何とも言えないな……」


 グレイコーデは深いため息を吐いた。

 振り返ると、ルドヴェルが忌々しげに、培養液に浸かった魔物を睨みつけている。


「グレイコーデはどこまで知っているんだ? 俺の罪をよ……?」

「何も知らない。俺はただ予想したに過ぎない。ルドヴェルが話してくれるまでは」

「……カマかけかよ」

「そうとも言うな」


 それを聞いて、ルドヴェルは細く息を吐いた。若干の恨むような目つきでこちらを見る。ルドヴェルのような大男がそんな表情をするのは、正直慣れなかった。

 やがて、観念したのかぽつぽつと語り始めた。


「半分正解でもう半分は不正解だ。確かにヒストリアをユリアーカに勧めたのは俺だ。だが、金は断じてもらってねぇ」

「なら、なぜユリアーカに拠点を与えたんだ? 金のためでないとするならば……」

「魔族の身体をもらうためさ。そのために俺はあの女の口車に乗ったんだ」

「……何?」


 確かに魔族の力に魅せられる者は多い。だが、ルドヴェルのような男が堕ちるとは考えにくかった。


「俺はな。この魔族の身体を得る前は、走ることも歩くことも出来ねぇひょろひょろの身体だったんだ。昔の事故で四肢に火傷を負ってな。……レイツェルの親父は良くしてくれたが、誰も見向きもしてくれなかったんだ。治療費のバカでけぇ借金と動けねぇ身体が俺の全てだった」


 ルドヴェルの身体を思い出す。白い獣毛に魔族の身体。その身体はどこか焼け焦げたように縮れていた。


「そんなときだ。あのクソッタレ女がやって来たのは。あいつは俺に拠点を提供する代わりに身体を治してやると言ったんだ。……確かに身体は動くようになった。力だって昔よりよっぽど出る」

「……ユリアーカは工房を得たのか」


 それからは昨日話してくれた通りだった。

 ユリアーカはレイツェルの両親を殺し、ヒストリアを殺した。

 そして、全ての歯車が狂い、街は滅びに直行している。


「全部、俺のせいだ……俺がユリアーカの提案を蹴っていれば、あいつらは死なずにすんだ! 残ったヒストリアでさえ評判は地に落ちて……あいつらの好きだったこの街は、俺のせいで終わったんだ!」

「なるほどな。その時にレイツェルを引き取ったのか」

「……ああ。せめてもの罪滅ぼしなんだよ。俺が殺したあいつらの代わりに、育てたんだ。……畜生……何でなんだよ……!」


 ルドヴェルが膝から崩れ落ちて、拳を床に叩きつける。魔族の力で叩かれた床は石畳が砕け散り、培養液の溜まった水槽に衝撃でひびを入れた。


「……言わないでくれ」


 ルドヴェルが呟く。


「レイツェルには、言わないでくれ……頼む……」

「言わなければ後悔は重いぞ」

「俺は、耐えきれねぇんだ。レイツェルにまで恨まれるのが……あいつの最初に恨む相手が俺になることに耐えきれねぇんだ……!」

「……ああ、分かった」


 震える頼みを了承する。

 グレイコーデには、この町で起きた事件に関わる権利などない。ましてやルドヴェルとレイツェルの関係に割り入ることなど出来やしない。

 グレイコーデが解決しても何も進展しない。

 彼ら自身で解決するしかないのだ。


「……?」


 ルドヴェルが叩き割った石畳の奥にキラリと何かが光った。呼応するように工房中の柱に刻まれた刻印魔法が薄暗い光を帯びる。


「下がれ、ルドヴェルッ!」


 光が図形を描き出す。その図形が集合し、帯となり、その帯がまた図形となり、巨大な幾何学模様を描き出す。

 展開していくそれは、銀髪エルフが得意としている『自律展開術式』。

 銀髪エルフの描くよりも僅かに荒いそれは、ハイエルフの技術を受け継いだ弟子の技術であることを示している。

 声が響き出す。


『ごきげんよう、勇者様。まずはこの工房を見つけ出したことを称え、プレゼントを進呈いたします』


 空間に光が編まれ、手に収まる大きさの植物の枝のような物が現れる。


『竜の心筋。これに魔力を込めて心臓を穿けば、魔力が続く間、魔族から人間へと戻すことができます。……効能のほどは、勇者の聖剣にも使用されていると言えば分かるでしょうか。穿てば魂の奥底にわかだまる魔王の欠片を封じ、人の枷を復元するでしょう』


 幾何学模様は更に広がり、部屋の隅々まで広がる。それが描き出すのは魔法陣だとグレイコーデは銀髪エルフから習った知恵でいち早く導き出す。

 魔法陣を破壊するため、術脈の元である晶石を叩き割ろうと手刀を振り上げた瞬間。


『私の名前はユリアーカ。あのハイエルフを師として尊敬する一人の女です。ようやくあの『シルヴィア』から解き放たれたのですね。──おめでとうございます』


 手刀がぴたりと止まった。


「お前は……」

『このシアの街は六十年の間にどう変わったのかはお分かりいただけましたか? さらなる成長と出会いを通して『シアの街』は私たちの紡ぐ物語の一ページになるでしょう。存分に感涙し、刺激を与え、楽しませる。六十年前は神の役目だったそれを、私たちが受け継ぎ、再現いたしましょう』


 六十年前──それは、勇者の旅のことだろうか。苦しくも楽しくもあったあの旅の日々。神に操られていると薄々気づきながらも仲間と笑いあった、あの日々。


「あの旅をお前が?」

「おい、グレイコーデ……?」


 それを再現するとユリアーカは謳い上げた。

 シルヴィアとの、アトリーナとの、銀髪エルフとの、ライゼンタークとの出会いと旅。

 魔王を討伐したこと全てが、手駒として動かされていた結果だとこの女は言ったのだ。

 例えそれが真実でも、グレイコーデは──


「お前ごときが?」


 音を越えて振るわれた手刀が晶石を真っ二つに叩き割った。

「笑わせるな、痴れ者。俺たちは確かに神に踊らされていた手駒に過ぎなかったかもしれない。だがな──何時だって、決めてきたのは俺たちだ。俺たちが心のままに決めてきたんだ。俺は俺だ。シルヴィアはシルヴィアだ。アトリーナはアトリーナだ。銀髪エルフは銀髪エルフだ。ライゼンタークはライゼンタークだ。──俺たちは、俺たちだ!」

 光は止まらない。記録された声は晶石が割れても、流れていた。


『勇者様が工房を見つけたということは、この街の物語は終幕です。どうか最後まで、私たちの物語に彩りを』


 光が一斉に赤黒い色に染まった。部屋中に張り巡らせた魔法陣が魔法を発動させる。


『私たちはグリモティア。世界の物語を再編する者たち。人間の可能性の求道者』

「ガッ、アァッ!」


 ルドヴェルが崩れ落ち、膝をついた。自分の肩を抱いて歯をカチカチと震わせている。


『──街に蔓延る魔族を勇者様は討伐する。私たちにどうか、物語を見せてください』


 晶石が割れたことによって濁った声が沈黙した。

 ルドヴェルに駆け寄ると、彼はグレイコーデを手で制した。

 身体は痙攣を繰り返し、頭頂部には二本の捻れた角が生えてきている。

 角──魔族の本能と繋がる導線。


「ルドヴェル! おい、気をしっかり保て!」

「あ……あ……」


 殺気を感じて、後ろに飛び退く。

 ルドヴェルが振るった腕は近くの培養液のガラスを木っ端微塵に破壊して、壁にめり込んで止まった。


「ルドヴェル……!」


 ゆらりと幽鬼のように立ち上がる。

 目は血走り、息は荒く、口の端からはよだれが垂れていた。


「まさか……!」


 魔族の本能を解放したというのか。そのような魔法が実在するなど。

 何という悪趣味な幕引き。

 これがユリアーカの決めたルドヴィルの最後。この瞬間を持ってユリアーカの物語には不要となったのだ。


「……!」


 手の中にあるものが握られていたことを意識する。植物の枝のようなもの。

 ユリアーカのいう魔族の人に戻すための手段。

 竜の心筋。

 これを心臓に突き刺せば、ルドヴェルは魔族から人に戻るという。

 瞬間、理解する。

 グレイコーデがヒストリアの施設に同行したのは、ユーリを魔族から人に戻すためなのだ。今、グレイコーデはルドヴェルを魔族から人に戻せる。……だが、ユーリはどうなる?

 心筋をここでルドヴェルに使って、それで。


「……なるほどな」


 吐き気がしてくる。


 ──今ここでルドヴェルを助けるのか。

 ──本来の目的であるユーリを助けるのか。


 街の人々全てを見殺しにして、一人を助ける選択肢をユリアーカは勇者に与えたのだ。

 ここまでなら、迷う余地はなかった。グレイコーデは己の信念に従って守るべきものを守る。

 つまり、ユーリを選んでいたはずだった。


「グレイコーデ!」

「勇者様っ!」


 扉から若い二人が転がり込んでくるまでは。

 決断が鈍る。


「ガアァァァァアアアアアアアアアッ!!」


 魔族として覚醒したルドヴェルは遠吠えのような、悲鳴のような響きを伴った大声で吠える。

 繊細な表情を持つ大男は、涙をにじませてグレイコーデに飛びかかった。


ユリアーアは銀髪エルフに心酔しているようです。魔王を共に倒した仲間の名前が、ここで出てきました。

これの意味することとはいったい……?


次の話と時間が絡み合っています。

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