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旅路のなかのグレイコーデ  作者: 紅葉
第二章 親子の片割れ
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第二話 『ヒストリア』

 グレイコーデとユーリは二人で天幕の間を歩く。


「どうして?」


 ユーリは恨みがましく先ほど追い出されてきた宿の方向を見つめて──いや、睨みつけている。フードを被って表情は見えないが、怒りがふつふつとグレイコーデに伝わってきた。ユーリは怒らせると怖いタイプかもしれない。


「恐らくは、『ヒストリア』とかいうものが関係しているのだろう。俺の探す銀髪エルフとも関係のある物、人間──あるいは組織か」

「何で追い出されたの? わたしと勇者様はヒストリアのことを何も知らないのに……」


 グレイコーデはユーリの呟きを聞いて、考える。


「あの店主の言葉からすると、まるでシアの街の水源に毒を吐かせるように細工をしたものが、ヒストリアと言っているように思えた」

「街が滅ぶ原因?」

「ああ、それならあれほどまで恨みを買っていることに納得出来る」


 グレイコーデはあごをつまんで思案する。ユーリはぼそっと吐き捨てた。


「……やっぱり、人間は野蛮」

「ふむ。お前の目にはそう映ったか」

「え……?」


 今の言葉は無意識に出たものなのか、ユーリは困惑して口を抑えた。


「判断するのはお前だ、ユーリ。これからも旅を続けていけば、お前の目には嫌でも人間の姿が映るだろう。交流して、敵対して──アトリーナはお前に視野を広く持って欲しかったんだ。頭ごなしに否定はするな。今のも人間の一面だが、一面に過ぎないんだ」


 ユーリが疑問げにこちらを上目遣いに見上げてくる。紫色の瞳が冷たく光っていた。


「人間は骰子じゃないんだ」


 グレイコーデはフード越しに頭を乱暴に撫でる。

 ユーリが少し嫌そうに顔をしかめた。


「ヒストリアを調べるぞ。街ぐるみで反応があれば、いつ追い出されるか分からない。おちおち話もしていられないからな」

「分かった」「分かった」


 そのまま再び歩き出そうとして、ふと身体が止まる。今、グレイコーデの耳に届いた声は二つあった。

 片方はユーリの声。中性的で変声期前特有の澄んだ声。そして、もう一つはどこかで聞き覚えのある声。粗暴な響きと甘い響きが混同した少女の声。

 ユーリのフード姿の隣にしれっといた長い金髪を巻いた少女は、白い歯を見せていた。

 前に往来で大人と喧嘩を繰り広げていた『あの』金髪少女だ。


「お前は誰だ」


 その質問には答えずに、少女はにへらと笑う。


「あたしは真正の『ヒストリアのもん』よ。ヒストリアに興味があるんでしょ? ならつべこべ言わずについて来なさい」


 その言い回しに違和感を覚えてグレイコーデは訊ねる。


「……宿屋で起きたことを知っているのか」

「全部聞こえてたわよ。あの人、大声で怒鳴っちゃって近所迷惑とか知らないのかしら」

「ふむ……」

「ちなみにあんたたちもね。あんたたちがヒストリアに関わってるって知られたんだし、もう街の宿屋には泊まれないわ。さっきと同じ扱いを受けるだけよ。残念ね」


 シアの街は天幕の街。これが思った以上に悪い方向に働いているようだ。天幕の中の怒鳴り声など全て筒抜けだろう。


「ヒストリア……学者団体か?」

「ええ。随分と昔に街から追放された学者団体『グリモティア』──その一部が街に隠れて作ったのが『ヒストリア』よ。あの頃の力なんてない、弱小の団体だけどね」


 金髪少女は自虐的に笑うと、ぴょんと一つ下の木板に飛び降りた。そのまま歩き出す。グレイコーデたちも顔を見合わせ、肩をすくめてそれに続いた。

 金色の影を追いかけていく。


「お前はヒストリアに所属しているのか」

「そうよ、あたしは副団長なんだから! あたしを敵になんて回したら怖いわよ!」

「ああ、なるほど」

「……何がなるほどなのよ、今思ったこと説明しなさい。怒らないから」


 完全に理解した。十を越えたばかりの少女を副団長にそえる組織──それがヒストリアだ。弱小も弱小だろう。大の大人にずけずけと言う精神力は目をみはるものがあるが、少女は少女だ。力もコネも、権力さえ持っていない。

 少女はちらちらと背後を見て、グレイコーデたちが着いてきているのを確認して安心したように顔を緩ませる。先程の野蛮な少女とは似つかわしくない年相応の表情だった。

 手を振り返してやると、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。……足取りが少し早足になる。

 ユーリがじっとり湿った目線でグレイコーデを見上げた。


「……何してるの」

「気にするな。ただの遊びだ」

「ちょっと、聞こえてるわよ!」


 シアの街は歪な円形の城壁に囲われている。その城壁の内側に木材やら足場やらが組み立てられて、街全体が立体的な層になっている。円の中央には地下遺跡に通じる階段があり、それを取り囲むように学者団体の管理施設、居住施設、飲食店や宿屋と続く。

 グレイコーデたちは、少女に着いていくうちに街の外縁までたどり着いていた。ちょうど入ってきた入口とは真反対に位置する所だ。この辺りは木板などの木材ではなく、さびの入った銅板や鉄柱などで組み上げられている。

 街の最下層、半分地下に埋まった地区まで下ったところで、少女はくるりと振り返った。


「ヒストリアってね、すっごい組織なのよ。あんたたちは『勇者パーティ』って知ってるかしら?」


 聞いてくる少女に、グレイコーデは肩をすくめた。自分がその一員、ましてや勇者その人だと言っても信じてもらえないだろう。


「昔に魔王っていうやばいのを倒したのがその勇者パーティなんだけど、そのパーティの魔法使い『名乗らぬエルフ』の弟子がヒストリアの団長ユリアーカ様なのよ? どう、すごいでしょう?」

「あいつが弟子を……?」


 アトリーナに続いて銀髪エルフまでもが弟子を取るなど、六十年前ならば信じられないことの連続にグレイコーデは驚いた。銀髪エルフはもう二度と弟子を取らないと皆に言いふらしていたはずだ。面倒事を生むだけだと。

 気が変わったのか。それとも……。


「失礼よ。『名乗らぬエルフ』様とか『白亜の妖精姫』様と呼びなさい」


 少女は肩を怒らせて、手を腰に当てて指摘する。


「……白亜の妖精姫……何だそれは」


 銀髪エルフはただのエルフではない。ハイエルフはエルフに似ているが根本的に違う種族──いや、存在だ。

 無尽蔵の魔力量。寝食は取る必要はなく、不老不死そして不滅。生殖機能もないため、性別もない。生物の範疇には収まらない、神に造られた被造物。それがあいつだ。

 透けるような銀髪と線の細い顔立ちは姫と呼ぶのも頷けるが。


「……まあいい」


 銀髪エルフは『姫』という柄では断じてない。どちらかと言えば、『生意気な子ども』と呼ぶのが相応しいだろう。


「それで、『白亜の妖精姫』様の学者団体がどうして街に嫌われている? 何か理由があるのではないか?」

「それは入ってみてからのお楽しみよ」


 そう言って、少女は足元の銅板を蹴り抜いた。あっさり銅板が抜けたところをみると、固定が甘いところをわざと踏み抜いたのだろう。

 そのまま少女は地下へ飛び降りてしまう。

 地下からさび臭い乾いた空気流れ出ている。中はほとんど見えない。


「名乗らぬエルフ様の情報が欲しいんでしょう? ここ以上に情報が手に入る場所はないわ。安全策とやらに逃げるより、あたしに協力してくれるかしら? 悪い気分にさせないと保証するわ」


 甘い声が闇にグレイコーデたちを誘う。大人と喧嘩をしていた粗暴さはなりをひそめて、落ち着いた声色だった。

 二人は顔を見合わせると先にグレイコーデが、後からユーリが飛び降りた。




 中は暗く、ほとんど前が見えない。

 少女は壁にかけていたランプをひねって灯りをつけた。

 薄ぼんやりと少女の顔が暗闇の中に浮かび上がる。

 どうやらここは地下遺跡と地表部分の隙間らしい。雨水を排出するための空間、といったところか。


「歩くわよ。たまに下から音が聞こえても無視しなさい。身勝手な連中の下卑た戯言だから。あんま長く聞くと耳が腐るわ」

「……ふむ」


 少女の口が想像以上に悪い。恐らく下は地下遺跡の発掘隊の居住施設なのだろう。地下遺跡に寝泊まりしている人間、ユーリに言わせると『変人』というやつだ。


「あいつらマジでムカつくのよ。発掘隊に参加したいって言ってもあたしがヒストリア──」少女は白い学者服を広げる「──って分かった途端に追い出されるし、もう最悪! あたしはこんな薄汚いところを這い回る鼠じゃないのよっ!」


 ガンッ、と少女は腹立たしげに銅板を踏んだ。鈍い音が通路内を響かせる。


「下は居住施設ではないのか?」

「だからよ。迷惑かけてやってんのよ。朝でも昼間でも深夜寝ている時でもがんがん足音を鳴らしてやってるのよ。何か文句でもあるのかしら?」


 悪びれる様子も無く、腰に手を当てて二人を見る。


「いいや、特に何も」

「……うわぁ」


 グレイコーデは無難な反応を、ユーリは素直な反応を漏らした。

 ──ヒストリアが嫌われている理由は、この女のせいなのではないのか。

 そう考えが巡るが口には出さない。ユーリも我慢してしている。聖女の教育の賜物だ。


「魔石灯を三回曲がって、三叉路をまっすぐ。ここで階段を降りて……この辺りね」


 座り込んだ少女は鋼板に指を当ててしばらくしてから頷くと、立ち上がったと思うといきなり床板を強く蹴った。ガンと鈍い音が響く。


「いるんでしょ? さっさと開けなさい、ルドヴェル」


 ガンガンガン。


「あたしを待たせる気? 発掘に着いていくのを断った挙げ句、待たせるとはいい度胸ね」


 ひとしきり床板を蹴った後、少女は急に蹴るのを止める。若干後ずさった二人に向けて唇の前に人差し指を立てる。

 静かにしろとの合図。そして、息を吸い込み、深呼吸すると。


「え、ルドヴェル……ここでするの? こんな、音が皆に聞こえる場所で……?」


 先ほどとは打って変わった甘くか細く、しかしはっきりと響く声で叫んだ。


「ルドヴェルが、ルドヴェルが獣のような目をして迫ってっ……止めて、ルドヴェル! や、服を返して──」

「がぁぁあああああ! いい加減にしろよ、クソガキがぁっ!!」


 床板が跳ね上げられた。その下から禿頭の大男が怒鳴りながら顔を覗かせる。昼間に見た金髪少女と喧嘩していたあの男だ。


「遅い。一回目に叩いた時点で開けるべきだったわね」

「お前頭おかしいんじゃねぇのか!? 最近お前のせいでありもしない噂が発掘隊に広まってんだ!」

「ふん。当然の報いよ」

「『屋根裏に少女を連れ込んで色々やってるやべぇやつ』──これが『子どもに手を出した犯罪者』に変わったらどう責任とるつもりだ!?」

「人生に刺激を与えてあげてるんだから感謝しなさい」

「意味分かんねぇよ!」


 悲鳴を上げる男にグレイコーデたちは顔を見合わせる。


「入るわよ。工房を使わせてもらうわ。今回はあたしのお客さんがいるから粗相のないようにね」

「……は? お客さん?」


 男の目線がようやくこちらに向けられ、その瞳が驚愕にむいた。




 木卓にグレイコーデとユーリは座っていた。その向かいに額を押さえた男が苦々しげに眉をしかめて座っている。


「──へぇ、最新型の方位磁針ね。いい物持ってるじゃない」


 少女は男の部屋の食料箱や物置にしまってある発掘用の道具などを散らかしながら物色していた。


「それで? この『お客さん』とやらはお前の知り合いなのか?」

「違うわ。会ったばかりよ」


 少女は目線すら寄越さずに男の問いに答える。


「何でここに連れてきたんだ。またいつもの気まぐれか? それとも俺への嫌がらせだってのか?」

「そんなわけないじゃない。自意識過剰でちょっとキモいわよ」


 男のこめかみに青筋が浮かび、ぶるぶると拳が握り締められる。だが、目の前にグレイコーデの涼しい顔があったのでその怒りは行き場をなくし、うやむやとなる。


「この人たちはヒストリアに興味あるみたいなのよね。だからここに連れてきたってわけ」

「本部に連れていけばいいだろうが」

「だめ。あたしの役に立たってもらわなきゃいけないから」


 男は口笛を吹いて、椅子の背もたれにもたれかかった。


「ああ。お前は追放されたんだよなぁ、そのヒストリアに。そりゃのこのこと戻っていけねぇよなぁ」

「うるさい死ね」


 食料箱から取り出された携帯食料が宙を舞って男の頭に当たる。


「あんたたち。名前は?」

「グレイコーデ」

「ユーリ、です」


 男は深くため息をついた。


「こんなもんに捕まっちまうとは、つくづく運がねぇなぁ。同情するぜ」

「それってどういうこと?」


 再び少女から投げつけられた物が男の頭に降ってくる。男が慌てて受け止めると、それは最新式の方位磁針だった。


「これ高えんだぞ!」

「なら言葉に気をつけなさい」

「ちっ……。俺はルドヴェル。この街で独立発掘をしている。こっちの金ピカはレイツェルだ」

「よろしく。レイツェルよ」


 金髪少女──レイツェルがじろりとこちらを見る。まるで凶暴な猫だ。


「ルドヴェルはここに住んでいるのか?」

「ああ、太陽が届かない地下でも住めば都ってな。ちょっと外出てみな。分かるはずだ」

「……ふむ」


 ルドヴェルが立ち上がり、手招きする。グレイコーデはユーリをちらりと見て、立ち上がった。


「じゃあ、わたしも……」

「ユーリ、だっけ? ちょっと付き合いなさい」

「え、ちょ……」


 レイツェルはユーリのフードを引っ張る。フードが脱げないように慌てるうちに、グレイコーデの姿は見えなくなっていた。


「あなたは、わたしたちに何の用なんですか? こんな所に連れてこられて、不安です」

「急に喋るようになったわね。グレイコーデの前だとあんなに黙っていたのに」


 レイツェルが驚いたように目を丸くする。


「……あの人は、勇者様ですから。恐れ多いです」

「勇者様……? あのおじさんが怖いの?」

「恐れ多いです。怖いわけではありません」

「……それを怖いっていうんだけど。あんたたちって、最初親子だと思ってたんだけど分かんないわね」


 レイツェルの言葉に、ユーリは首を傾げた。


「親子、ですか」

「違う?」

「グレイコーデ様はわたしの師匠で、勇者様です。父ではありません」

「ますます分からなくなってきたわ。ま、そんなことはどうだっていいのよ」

「え」

「ずっと気になっていたことがあったのよね」


 レイツェルがじりじりとユーリとの距離を詰めてくる。彼女の目つきに危機感を覚えて、ユーリは後ずさった。


「そのフード、暑いわよね」

「いいえ」


 即答するが、聞き入れてもらえない。


「街に入る時、宿に入る時、宿から出た時……ずっと被りっぱなしよね?」

「……そんなことはありません」


 ユーリは壁まで追い詰められた。目の前には手をわきわきと動かすレイツェルの姿がある。


「あたし、同年代の子と話すのは初めてなの」

「そうなんですか、その手の動き止めてください」

「人と話すときは顔と顔を向き合わせて話さないといけないって、ルドヴェルが言っていたわ」

「……」


 そして、レイツェルが一言。


「あんた、人じゃないわよね?」

「っ」


 その瞬間、レイツェルの手が伸びてユーリのフードをめくり上げた。


「あ……」


 それは、どちらの声だったのだろう。

 ふわりとめくれ上がるフード。フードの下に隠されていた捻れた角と顔の紋様がレイツェルの前にさらけ出された。

 ユーリの顔が泣きそうに歪められた。


暴虐姫レイツェル☆5

特技:跡がつかないように加減して殴ること。

ちなみに好きな食べ物はお茶漬けです。

おいしいもんね。

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