第一話 『シアの街にて』
第二章開幕です。
ヒュンッ、と風を切る音がした。
加速された木の棒は、向けられた先のやかんに当たって甲高い音を鳴らす。
「足を使え。足全体を地につけて、わずかな力の変化と体幹の傾きを感じるんだ」
浮いたやかんに横、斜め、上、下──均等に叩かれたやかんがくるりと宙を舞う。
「息は足を動かすのと交互に吐け。初めに深く、戦闘中は足に合わせて浅く、早く──」
力が均等にかかることによって、なみなみと入れられた水をこぼすことなく、やかんはすとんと着地する。
「──戦いの流れを掴むんだ」
グレイコーデは細く息を吐いた。手に持った木の棒を、傍の焚き火へ投げ入れる。
パチリと火の粉がはねて、グレイコーデの顔を照らした。
旅にユーリを連れてから一月と半月が過ぎた。
ユーリには自衛として剣と魔力の繰り方を教えている。ユーリは筋がいい。あのアトリーナが弟子に取るのも納得だ。鍛えれば、最高の戦士となるだろう。
しかし、それ以上は教えない。
人殺しの技など、この小さな魔族には必要ないのだから。
グレイコーデはユーリが持ってきた水袋の水を飲む。
「やかん、大丈夫?」
「あのやかんは特別だ。西の砂漠の国からもらった白剛鉄製。火の中水の中、俺の身長の二倍ある大岩に潰されても形を変えなかった。気にするな」
「結構へこんでるけど」
「これはシルヴィア、あいつの剣がつけた傷だ。仲間内でこれに傷を入れたのは、シルヴィアと銀髪エルフだけだ。……人間を止めた化け物だな」
グレイコーデは焚き火の上に備えられたつぼ鍋の蓋を開ける。
熱したつぼ鍋に先日村で買った牛乳を目一杯流し込む。そこに今朝狩ったうさぎの肉を入れて、しばらく煮込む。ほろほろと肉が崩れる程度になってきたら、塩漬けの野菜を入れて、香辛料を振って出来上がりだ。
辛油とうさぎの脂、牛乳の白が混ざり合い、芳しいまだら模様を描いている。
それを皿に取り分けてやると、たちまちユーリの目が輝いてスプーンに手が伸びた。
「ほら、熱いから冷ましてから食べろ」
「……むぐ、はぐ」
はふはふと湯気を口から漏らしながら、まるでスープが逃げるかのような勢いで食べていく。そんな様子を見ながら、グレイコーデも一口頬張る。
「む、少し塩辛いな」
保存の効くため買い込んだ黒麦パンをちぎり、スープにつけて食べる。
「うむ」
うまい。
ユーリを見ると、息をふぅふぅと吐きかけて、食べて、もだえて、黒麦パンを口に放り込み、またもだえている。何とも豊かな食事だ。
普段は言葉数が少なく、年の割には成熟している印象のユーリだが、食事のときに限ってこのような年相応の表情を見せてくれる。
「グレイコーデ様は料理が上手」
「旅の間、ずっとやってきたからな」
「勇者様の仲間は、料理ができなかった?」
質問の合間にも、手が止まる気配はない。口に物を入れて喋るのはいただけないが、グレイコーデは特に指摘しなかった。
「ライゼンタークがなんとか食える程度で、他は皆からっきし駄目だったな。俺が主に旅道中の飯を作っていた」
「……わたしにも、作れる?」
「……ふむ」
皿に注がれたスープを見て真剣な顔をするユーリに、グレイコーデは頷いた。
「良いだろう。機会があれば作ってみるといい。基本は教えよう」
「ほんと!? やったっ!!」
ユーリは、そのまま跳ね回る勢いで喜ぶ。やがてグレイコーデが見ていることに気づくと顔を赤らめて、服の裾をぎゅうと握った。
「ほら、さっさと食え。スープは今晩中に食わないと明日には虫が寄ってくる」
「うん、食べる!」
真剣な表情で食べ始めたユーリを見て、グレイコーデは思う。
──この子が魔族じゃなければ、どれほど良かったことか。
頭頂部に二本生えた捻れた角。服からはみ出している黒い獣毛。服の下には歪んだ筋骨がむき出しているのだ。
ユーリが笑顔を浮かべるたびに、グレイコーデは複雑な思いに捕らわれる。
グレイコーデの兄は、グレイコーデが勇者として旅に出た数年後に亡くなった。原因は戦死。魔族侵攻戦線の戦役に自ら進んで入り、そして、死んだ。
死体は無惨なものだったという。人を喰う魔族だからこその殺し方。兄の死の知らせを聞いたその日、グレイコーデは魔族への復讐と殺戮を心に固く誓ったのだ。
アトリーナの言う通り、目の前のスープに夢中になっている幼い魔族と兄を殺した魔族は違う。だが、割り切れない。魔族は皆殺せと心の奥にわかだまるどす黒く染まった自分が叫んでいる。
「おかわり」
「ああ、良いぞ」
いつか、ユーリはグレイコーデを裏切る時が来るのだろうか。その時、グレイコーデはためらいなくユーリを殺せるのだろうか。
それとも──。
「あまり食い過ぎるな、身体を壊すぞ」
「う……気をつける……」
森の中、旅の道中にて、老境の勇者は静かに思い悩んでいた。
森の中を二日ほど進むと、石畳の道が見え始めた。
この道に沿ってもう少し進めば、地下に遺跡が広がる考古学の街──『シアの街』だ。
昔に来た時よりも、石畳は新しい物に張り替えられており、街がまだあることを示している。だが、グレイコーデの意識を奪ったのはそんなことではない。
「前は緑豊かだったんだが、今は酷い光景だな……」
緑豊かな森の木々は枯れ果て、清涼な水の流していた小川は、白く濁った水を流していた。そして、所々に横たわるのは、小動物たちの死体。
「……くさい」
「ああ。酷い臭いだ。肉の腐った臭いだな。口を覆え。毒気が滲み出ているかもしれない」
ユーリがコホコホと咳をする。
水源が汚染されたのか、森はほとんど死んでいた。この小川は、源泉であるシアの街の地下遺跡から放射状に流れ出ている。
順当にいけば、森の死はシアの街が原因だということになるだろうが……。
「街へ急ごう」
「うん」
この森の綺麗な景色が好きだった、あの銀髪エルフがこの光景を見れば何と言うだろうか。
銀髪エルフはまだ存命のはずだ。あのハイエルフとかいう種族は神の眷属などと云われ、世界が生まれた時からこの星に在ったという。つまり、そういう伝承が残っているということは、簡単には死なないだろう。
グレイコーデがシアの街に来た理由は、魔王の呪いを解いてもらうために銀髪エルフの手が必要だからだ。例えいなくとも、手がかりはあるはずと踏んでここまで来た。
だが、来てみればこの始末だ。森は死に、腐臭が漂っている。あまり長居はしたくない。
「……む?」
ふと、前方から足音と荷車を引く音が聞こえる。
振り返ると、荷車を引く馬とそれを先導する白く染め抜いた学者服を身にまとう女が向かって来ていた。
グレイコーデたちが一歩道端に避けると、女は裾が広がった女物の学者服を引いて礼をする。端正な顔立ちだった。寂しそうな無表情だが、その瞳はどこか人を惹き付ける魔力を放っているように思える。
グレイコーデは妙な既視感に捕らわれた。
傍を通り抜ける際に、女はちらりとグレイコーデを見て、そしてその隣にいるユーリに視線を向けた。
ふわりと古い本のような匂いがした。
彼女は会釈をした後、そのまま歩き去った。
「この辺りでは見ない学者服だな……。どこかの学者団体でも寄っているのか」
「学者団体?」
「ああ。学院所属の集まりもあれば、国から補助金をもらう正式な団体もある。この街に訪れるのは考古学の学者団体が通例だな」
「今のは違うの?」
「分からない。少なくとも、六十年前にあのような白一色の学者服など見た覚えはない」
学者服もそうだが、先程通りかがった女が気になる。いかにも貴族然とした仕草を持つ者が、考古学の学者団体にいることが信じられない。
考古学者とは、土いじりと本の山に埋もれた連中だ。あの女に縁があるようには思えない。
グレイコーデの警戒など知らずに、ユーリは無邪気な声で言った。
「なら、新しくできたんだ」
「そうかもな」
そうして、歩くと魔物と魔族の侵入を防ぐ城塞が見えてきた。
街は大概があのような城壁に囲われている。城塞都市でないのは、聖堂街などの一部の例外だけだ。教会の信条──『救いを求める万人に道は開かれている』を反映した結果、壁が取り払われたという。
シアの街は例にもれず城壁に囲われていた。
「これから街に入る。ユーリ。宿以外の所でそのフードを脱ぐことを禁ずる。分かったか?」
「【勇者様の言うことは絶対】……うん。分かった」
「良し。今は戦争中ではないから、あまり深くまで調べられないはずだ。だが、衛兵には気をつけろ」
頷くと、グレイコーデは満足そうに頬を緩めた。
グレイコーデと話している間、衛兵は傍にいる黒いフード姿を見たが、何も言わなかった。
「ようこそ、シアの街へ」
良く通る衛兵の声が聞こえる中、グレイコーデとユーリはシアの街へ足を踏み入れた。
♰
砂に汚れた茶色い布がはためいている。
「……ふむ。前に来たときよりも人が少ないな」
シアの街は街ではない。
外から初めて来た人々が口を揃えて言う言葉だ。
「うわぁ……」
ユーリが声を漏らす。
実際のところは半分正解でもう半分は間違いだ。
シアの街は、天幕の街である。
大きな支柱の周りに無数の布が重なっており、その布地一枚一枚が全て一つ屋根程度の大きさの天幕だ。それが無数に連なり、何層もの構造を作っている。
なんでも、シアの街は元々どこかの国が戦火から逃れるために開いた野営地だったらしい。そこに偶然見つけた地下遺跡。それも歴史的に価値があるいにしえの時代のもので、実用性に足る高度な遺物までもが見つかったから大変だ。またたく間に考古学の学者団体が押し寄せて、野営地を国から買い取ってしまったという。
「この街どうなってるの?」
ユーリが漏らす声も分からなくもない。滅茶苦茶に重ねられた天幕は、天幕の上にも天幕があり、その間を細い木板で繋いだ道がそこら中に張り巡らされている。街がこのような乱雑な構造でまだ崩れていないのには、シアの街の支柱に遺物が組み込まれていることが関係しているそうだ。
そんな事は街に住む人間には興味ないことで、本命は地下の遺跡。地上の街など行商人の宿舎程度の扱いで、根っからの住人は地下遺跡で寝泊まりしているらしい。
「つまり、変人の街?」
「俺もそう思うが言ってやるな」
しれっと毒を吐くユーリをなだめる。露店を冷やかしながら宿を探していると。
往来の中で怒鳴り声が聞こえてきた。
見ると片方は白一色の学者服に長い金髪を巻いた十を少し越えた少女。もう片方は発掘調査の作業着を着た禿頭の大男だ。
一見すると危ない現場に見えなくもないが、どうやら食ってかかっているのは金髪少女のほうらしい。
「もうちょっと深くまで潜らせてくれたっていいじゃない! 何よ、少し図体がデカくなったからって、態度まで大きくなるの?」
「レイツェル。地下調査は大人のする仕事だ。こんな毛も生えてねぇようなガキに取られる仕事じゃねぇんだよ。分かったらとっとと失せろ」
「何よ、やろうっての? あたしを舐めた代償は高くつくわよ! ヒストリアを敵に回しても平気だっていうのかしら?」
「ヒストリアぁ? あんの陰気臭ぇナヨナヨした連中なんていくらでも敵に回してやるよ。それよりもさっさと失せやがれ。こちとら商売上がったりなんだよ」
ひらひらと手を振って顔を背ける男に、少女の怒りは爆発した。
「〜〜〜っ、死ねっ、この短小男!」
「っ、痛ってぇ! この、クソガキが!」
男のすねを勢い良く蹴りあげると、肩を怒らせてグレイコーデたちとすれ違って行ってしまう。目線が合った人に睨みを飛ばして「見てんじゃないわよ!」といった様子だ。やがて金髪のしっぽが見えなくなると、往来の雰囲気が和らいだ。
禿頭の男は舌打ちを一つ。息を吐き出して少女と反対方向の路地に消える。
「……変人の街」
「否定する材料がないことは事実だ」
「元気な子だった」
「あれを元気と捉えるか野蛮だと捉えるかによって見方はだいぶ変わってくるが」
「外の街はみんなあんななの?」
『あんな』呼ばわりされた少女には悪いが、ここは否定しておく。ユーリの教育に悪い。
「……そう」
聖堂街は教会傘下の街だ。治安も良く、またアトリーナの庇護下で育てられたユーリには見慣れない光景だろう。グレイコーデも流石に『あんな』のを見慣れたくはない。
「はい、一部屋でよろしいですか?」
「ああ、ありがとう」
「あんまり緩みなさんな。ここは色々他とは違うんでね」
「肝に銘じておく」
宿の人間から部屋の番号札を受け取ると、一旦すべての荷物をベッドの脇に置く。
宿と書かれている看板が貼り付けられた天幕たちの一つを借りる。この街では一つの天幕が一部屋であり、そもそもしっかりとした部屋がない。一応鍵はかけられるものの天幕は部屋とは違い、簡単に布を切り裂いて侵入出来る。
つまり、先ほどの店主が言っていたのはそういう事だ。ここでは宿をとったとしても落ち着けない。常に気を張っているようにと注意してくれたのだ。
「……うぅ」
ベッドに座りながらもどこか落ち着かない様子で天幕の中を見渡していた。布から光が透けて外の影が薄っすらと見える。夜は逆も然りだ。
「落ち着かないか?」
「うん」
「これがここでの暮らしだ。俺たちは旅人だからな。せめて街の風土と暮らしぶりを身体に取り込む努力をしなくてはならない」
「旅をしているのに?」
数日で発つ街の暮らしぶりをいちいち覚える暇はないと言いたいのだろう。昔グレイコーデも同じだった。
「旅をしているからこそだ。旅人には旅人なりの掟がある。街に敬意を持つことが一歩目だ。若いうちはまだ大丈夫だが、これが長い年月続くと旅人は定住している人を軽視し始める。こうなればもう終わりだ。盗賊となんら変わりない。だから街を──」
ぶつぶつぶつ。グレイコーデが語っていると。
「……分かってる」
ユーリがフードを脱ぎながら何やらふてくされた顔をしている。グレイコーデから顔を逸らして、小声で一言。
「おじいちゃんみたい」
退屈そうに足をぱたぱたさせながら言われると妙に堪える。
「む、う……」
──まさか自分が老人扱いされるとは。
グレイコーデの見た目はまだ三十代の壮年だが、生きてきた歳月によって、見た目は変わらずとも精神は老熟していく。
それをグレイコーデはユーリの反応で思い知った。
「へへっ。難儀しているようで」
天幕の布越しから灯りが何度か点灯した。天幕に入る合図だ。グレイコーデが手信号を送るとユーリは慌ててフードを被り直した。その後、宿の店主が菓子を持って入ってくる。
「何だ」
「街に泊まる子どもは貴重でして、しかも旅人という。ぜひともうちの街の印象を良くしてもらおうとね。挨拶にうかがった次第ですわ。潤ってきますのでね」
そこで一つグレイコーデは店主に問う。
「潤う、か。そのわりに街の外が酷いが、何かあったのか? これでは旅人は寄りつかないぞ」
「あぁ、やはりですか……」
笑っていた店主が笑顔をくもらせる。
「街の周りの森がこうなってしまったのには、地下遺跡に原因がありまして……旅人さん。あなたは街をどの程度まで?」
「そこそこ知っている。森の水源は地下遺跡から流れていることや、その水源はとある遺物から永久に湧き出ていること。その遺物を巡って街──大規模な学者団体が二つに割れる争いが起こり、一つの学者団体が追放され、残りの学者団体は統合し、街と地下遺跡を管理し始めた……」
店主が驚きに目をむいた。
「すごいですね。そんな昔のことまで……それに追放された学者団体がいたなんて、私も知りませんでしたよ。あなた、一体何者なんです?」
シアの街の学者団体同士の争いに巻き込まれた記憶が刺激され、思わず口をついて出てきしまった。グレイコーデたち勇者パーティはこの争いの片棒を担っていた。追放された学者団体のことは、今でも苦々しい後悔と共に記憶にこびりついている。
旅の間、人の醜さを直接に目の当たりしたのは、あれが初めてだったかもしれない。
「街に寄った旅人だ。気にするな」
「へへっ、うちは宿屋ですからね。詮索なんて野暮なことはしませんよ」
「助かる」
店主の人の良さが見える笑みに安心する。
「それでですね、その水を生み出す遺物──『神の聖杯』って名前ですが、それが変質して毒を吐くようになったんですわ」
森の小川に白く濁った水が流れていたことを思い出す。
「それであの白く濁った水か」
「ああ、それは管理してる学者団体が行った処置でね。その変質した水の毒性を弱めるために解毒作用のある竜骨花の粉末を混ぜてるんです。それでも毒性は消えませんし、毒に浸かった森もこの有様ですからねぇ……うちの街はもう終わりなんですわ」
宿屋の店主は温かな眼差しをユーリに向ける。ぼんやりと話を聞いていたユーリは視線を向けられてぴくりと反応した。
その様子に店主は笑う。
「せめて、子どもにでもこの街があったことを、こんな天幕の景色があったことを語り継いでもらいたいなぁ、とね。私のわがままみてぇなもんですわ」
「……ふむ」
シアの街はどうやらもうすぐ滅びるという。水が湧く遺物が壊れ、毒を吐くようになってしまったことによって。元々シアの街には井戸がない。地下水脈もないとのことで、水は全て遺物に任せていると聞いた。
シアの街の外に広がる森も、街が出来てから広がった森だ。遺物の水に頼ってきた植生なのだ。六十年前あれほど活気づいていた街も、今見れば寂しく思える。
時の流れは、街の様子さえも変えていく。
「おっと。話し過ぎました。そろそろお暇しますわ」
店主が立ち上がりかけたところを、グレイコーデは呼び止めた。
「一つ聞きたいことがある」
「ええ、何でしょう?」
街が滅ぶという思わぬ話に忘れかけていた。場も温まってきたはずだ。そろそろ本題を切り出し始めることにする。
「『名乗らぬエルフ』を知っているか? 子どもの背丈で銀髪のハイエルフだ。この街に来ていたと聞いたのだが」
店主の顔がその名前を聞いた瞬間、一瞬で固まった。笑みが険しい表情に上塗りされる。
「……あんた、ヒストリアのもんですか?」
「ヒストリア……?」
『ヒストリア』という単語をユーリが復唱すると、忌々しげに吐き捨てた。
「……出て行ってください。金は返すからさっさとこの宿から出て行けっ! ヒストリアッ!」
穏やかに笑っていた店主とは別人のような豹変ぶりにユーリは驚き、グレイコーデの背後に隠れる。
怒気を滲ませた言葉と共に様々なものが投げつけられる。
薪に筆に、インク瓶。紙束に時計、枕まで。
「おい、ユーリ。逃げるぞ」
「う、うん……!」
店主がついに椅子を担いたところで、グレイコーデはユーリと荷物を連れて天幕から逃げ出した。
「旅人に化けて取り入ろうだなんて、しょうもねえこと……二度と顔を見せんな、街をこんなにした張本人が!」
見に覚えのない罵声を背に受けながら、グレイコーデたちは宿無しになった。
いきなりの宿無し展開……!
世間は理不尽の権化です。