プロローグ
この世界にはバカしかいないのか。
俺は小学校では神童と呼ばれ調子に乗っていた。しかしそれも小学生までなんてのはよくある話。中学に上がり周りについていけなくなるなんてのはありふれた話だ。しかし、俺は小学生のときから肥大させたくそみたいなプライドを捨てきれなかった。そうして腐ってふてくされ、ただの嫌な奴として認識されるようになった。
中学を卒業するときこのままではいけないという俺のほんの少しの良心が顔を出し、高校からは心機一転しようと地元から少し離れた高校への進学を決めた。
「あんた、ちゃんと勉強しなさいよ」
入学に合わせて学校の近くに借りた家へ引っ越す日に母親が俺に注意するように言う。俺はそれに舌打ちをしながら返事をする。
「わかってるよ。うるせえな」
「ったく、可愛くないタコだね」
我が家では平常運転の会話だ。俺の家族は大体口が悪い。そんなやり取りをしていると一つ年下の妹の優が顔を出した。
「兄貴もう行くの?」
「さっさとこのやかましい家から出ていきたくてな」
「もう、すぐそういう悪態つくのやめないと彼女とかできないよ?」
「膜張娘が何言ってんだ。てめえも人の心配より自分のことを考えてろよ」
そういうと優は顔を真っ赤にして悪態をつきながら家の中へ戻っていった。そして玄関には少しまじめな顔をした母親と俺の二人になった。
「陽。あんた高校ではちゃんとしなさいよ」
「わーってるよ」
俺の中学生活のことを言っているのだろう。うるせえよ。最初こそ腐っちゃいたが、それ以降は俺なりに頑張ろうとしていたんだよ。
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電車を乗り継ぎ高校のある街で降りる。家にはすでに生活に必要なものは運び込んである。適当に町の散策でもしておくか。入学式まではまだ5日ある。ある程度何がどこにあるのかを確認しておこう。その前にまずは一服するか。適当なコンビニへ入りいつものブラックの缶コーヒーと煙草を手に取りレジに出す。店員の女は俺と同世代くらいで見た感じ大人しそうな雰囲気だ。
「君、とても若く見えるけど成人してる?」
俺は舌打ちをしないように表情筋をむりやり動かし印象の好さそうな顔で答える。
「童顔だからよく言われるんだよね。お姉さんもずいぶん若いけど高校生かな?」
「ええ、そうですけど」
「そうか。バイト頑張って偉いね。これは休憩中にでも飲んでよ」
そう言って俺は微糖の缶コーヒーを追加でレジに差し出す。
「あ…ありがとうございます」
女の気を逸らして煙草とコーヒーの会計を済ませる。親切を受けた手前年齢の疑いをかけるのをためらっているのがわかる。さらに畳みかける。
「俺は一戸っていうんだけどお姉さんの名前はなんていうの?」
「大場澪です…」
「澪ちゃんね。また来ることもあると思うからこれからよろしくね」
俺は年上ムーブをかまし返答を待たずにコンビニを出た。女はそれ以上は何も言わずに俺を見送る。
ちっ。変な女のせいで無駄に金を使っちまった。面倒くせえ女だ。次からは深夜にカートンで買うしかないな。俺は130円の恨みを独り言ちて家に帰った。その日は家でネットサーフィンをして日付が変わって数時間してから寝た。
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翌日、昼前に空腹で目を覚ましてポットのお湯が沸くまでの間、ベランダで煙草をくわえていると隣のベランダの住人が出てきた。キャミソールと下はジャージという恰好の若い女だ。少し年上だろうか。胸はでかい。顔もまあまあだ。どうやらこの女も煙草を吸いにベランダに出てきたみたいだ。目が合ってしまったので胸を見るのを断念し爽やか好青年風を装って声をかける。
「どうも。昨日ここに越してきた一戸といいます。よろしくお願いします」
「どうもー。私は大場理央といいます。こちらこそよろしくお願いしますね」
苗字を聞いて昨日の130円を思い出し、鬱になりかけたが向こうも良い感じで返してくれたのでよしとする。まあこんないい女と知り合えたし眼福だしいいか。それ以降は特に会話はなく俺が先に煙草を吸い終え部屋に戻る。
家から持ってきた妹のプレステを起動し、動画配信サイトで適当なアニメを再生する。スポーツを通して成長していく彼らを見ながらこんな切磋琢磨しながら青春を謳歌出来たら楽しそうだなと他人事のように考えながら1シーズンを見終える。少し伸びをしてベランダでへ向かう。もうこんな時間か。ぶっ続けでアニメを見ていたから気づかなかったがすでに外は暗くなりかけていた。一日なんて一瞬だなと考えながら煙草に火をつける。するとまた隣から理央が出てきた。向こうもこちらに気づいたようだ。恰好はお互いに朝?というか昼前と同じだ。
「どうも。気が合いますね」
「そうだねー」
気の抜けるような返事を理央はして煙草に火をつけようとライターを近づけるがオイルが切れているのか火は点かない。俺は無言で自分のライターを差し出す。ありがとうと少し笑って理央は火を点ける。
「それはあげますよ。引っ越しのあいさつの代わりってことで」
「ありがとう。嬉しいわ。休みが長いと外に出るのも億劫なのよね」
「春休みですか?」
「そうなの。大学の春休みって長いのよねー。私は長期休み好きだからバイトは入れないで春休みと夏休みはしっかり休むようにしてるの。だからほとんど家で寝て過ごすの。贅沢でしょ?」
「確かに贅沢ですね。休みってなんかしなきゃって気になるけど理央さんはそういうのないですか?」
んー。休みは休みたい!と元気よく答える理央。
俺は彼女の考えを気に入っていた。無駄なことに時間や金を使うくらいなら極力何もしないのには賛成だ。疲れるからな。
「一戸君は学生さん?」
「ええ、今度そこの高校に入学するんです」
「え!?高校生なの?煙草なんてダメじゃない」
理央はメッと可愛らしく怒りながら俺に年上っぽく注意してくる。それを俺は笑ってごまかす。
「ごまかさないの。ったく君は可愛い顔してやってることは不良と変わんないんだね」
「俺は不良じゃないよ」
「学校じゃやめなさいよね。私の妹はあの高校の風紀委員だから見つかったら大変よー」
「もちろん学校じゃばれないようにやりますよ」
やっぱりコンビニの大場澪は理央の妹か。
「もしかしてあそこのコンビニでバイトしてる澪さんて理央さんの妹ですか?」
あら知ってたの?と理央はそこからは妹のことばかり話し出した。よっぽど仲のいい姉妹らしい。俺は澪には興味がなかったので適当に相槌を打って理央が満足するまで話に付き合った。
結局そこから30分ほど澪の話を聞かされ無駄に澪のことに詳しくなってしまった。どうやら理央と澪は二人で暮らしているらしい。こっちの大学へ理央が行くことが決まり、澪もそれを追うようにこっちの高校に来たらしい。やれやれ澪ちゃんと同じ高校かよ。コンビニの件もあるし会わないようにしないとな。
それから入学までは大体同じように過ごしていた。ベランダで理央と会えば少し話して部屋に戻れば適当なアニメや映画をみて過ごす。俺の半生で一番穏やかな時間だったと思う。
そしてとうとう入学式の朝がきた。
主人公は単純な悪人でも善人でもありません。基本的には笑えるような話にしたいと思っています。