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夜桜物語  作者: 夕波 未晴
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夢に立つ話。(二)


重たい空気が三人に流れている中、土蜘蛛(つちぐも)とそよぎの間からひょっこりと顔を出す神気が二つ。

蒼夢(そうむ)と同じく、『四神(しじん)』の二つの柱を担う玄武と朱雀。名を蛇殻(じゃがら)凰牙(おうが)と言う。


「なんだ、二人とも来ていたのか」

「嗚呼。顔出さねえとお前ら寂しがんだろ?」

「まあな」

「否定くらいしろよ…」


蛇殻の白い肌が彼女の言葉で色づき、照れた顔を隠すように薄黄緑色の蓬髪を掻きながら顔を逸らす。

その様子にやっと美琴の表情に笑みが浮かぶ。

二人の様子を蛇殻の隣で見ていた凰牙は軽く咳払いをし、美琴と土蜘蛛に目をやる。


「…それで、神だのなんだの聞こえたが」

「嗚呼…少し土蜘蛛の側近がな」

「側近?その狐か」


凰牙の金色が今度はそよぎに向けられる。

初めて見る神に、そよぎの体が更に強ばるのを見て、美琴が「大丈夫だ」と優しく声をかける。


「なあ凰牙。話聞いてやろうぜ」

「……そうだな。神の事なら俺たちがこの組で一番詳しい」

「なんせ神だからな」

「ふ、嗚呼。話、聞かせてくれ美琴」


土蜘蛛とそよぎの後ろに胡座をかき、何があったのかを美琴の口から聞く二人の表情は、飄々としているものの何処か精悍な眼差しで、神の名に相応しいほどの面持ちだった。

話を聞きながら時折、蛇殻と凰牙は目を見合せ、何かを互いに伝え合い、再度美琴に目を向けた。


「―――と、言うことなんだ。」

「あんたら神になら何かわかるんじゃねぇのか?」

「神とて万能ではねぇんだ。手掛かりがなければ分かるものも分からんよ。」

「凰牙、そんな意地の悪いこと言ってやるな。」


冷めた言葉を土蜘蛛に投げかける凰牙を窘めるように、蛇殻は凰牙の肩を数回軽く叩く。

すると蛇殻は凰牙に向けていた金色をそよぎに移し、軽く笑みを浮かべる。


「そよぎ…だっけ」

「は、はい」

「お前さ、家に古臭い家具置いてないか?何年もずっと使い込んでるとかそんな」


彼の言葉に凰牙と美琴は何かを察したのか、問いかけられたそよぎではなく、蛇殻を見る。

そよぎは蛇殻の質問に少し首を傾げるも自分の住んでいる家――基、土蜘蛛の屋敷の自室を思い浮かべた。

質素な部屋だが、側近という肩書きのお陰か、霊力が無いと除け者にされかけていた自分への土蜘蛛の優しさか、他の者たちよりも少しの待遇で、部屋には物が多い。

その中でも古い物。


「…………年代までは分かりませんが、古い掛け時計があります。」


そよぎの脳裏には部屋にあるひとつの古い時計が浮かんだ。

木彫りで椿が彫られた簡素ではあるものの、何処か華やかさのあるそれは、母方の祖父母が昔から使っていた時計を、側近になった祝いにとそよぎにあげたものだった。

祖父母曰く彼ら一族と共に長い時を刻んだ、そよぎにとっても大切な時計。

それを思い出しながら言葉にすると、蛇殻は成程な、と納得したように頷いた。


「なんだ。簡単な話じゃないか」

「どういう事だよ玄武」

「蛇殻だっての」


怪訝そうに眉を寄せる土蜘蛛に蛇殻は血の気の多い男だと溜息を零す。

夜桜にも血の気の多い者は多くいるが、土蜘蛛はその中でも血の気の多い方だろう。


「話の通りだ。その時計が原因だろう」

「言ってる意味が分からねぇんだが」

「その時計そのものが“神”、ということだよ」


蛇殻、凰牙と続けて言われ土蜘蛛とそよぎは目を見開き驚き、美琴は二人の言葉に納得したように小さく頭を縦に振った。

つまり、こういう事だった。

そよぎの夢の原因はその古い時計にあり、“付喪神(つくもがみ)”と呼ばれる存在が時計に宿ったのだと言う。

付喪神――百年近く大切に扱われた道具に命が宿り、それが神となった存在。別名九十九神とも呼ばれている。

以前話した通り、神や妖というのは人間たちが無いものを有るものと認識したその瞬間から、彼らは産まれる。

付喪神も同じく、長い間扱われ大切にされ続けるほど、その道具には使った本人の念が宿り、いつしかそれは形となり神となる。

時計の付喪神はそよぎの一族を見守り続けてはいるものの、そよぎに霊力がつき始めたのを見て悪戯として夢枕に立ったのではないか――という事だった。


「夢で聞いたという音は恐らく時計の秒針だろう。付喪神は人の想いから産まれた存在…お前たち一族を文字通り時を刻みながら見守ってきていたから、突然のお前の成長に時計自身も悪戯心を湧き立てられたのだろう。」

「い、悪戯心…」

「ふふ。言っただろ?神は悪戯好きなんだ。」


凰牙の言葉を聞きながら美琴はくすくすと笑いを零しながらそよぎに言った。

神は人間より産まれ、そして人間によって命を落とすもの。

人の認識から消えてしまえば、その存在を失ってしまう。だから己を知って欲しい。見つけて欲しいという理由から人をからかったり、件のように夢枕に立ち、神の存在を知らしめたり…。


「神というのはな、寂しがり屋なんだ。それが人間の本質なのだろうね。」

「本質…」

「要は“愛されたい”という気持ちが神を形作るんだと思うよ。これは私個人の見解だけどね。」


下ろしていた腰を上げ、座っている己の神達に目を向けて微笑む彼女の笑みは、ひらりふわりと舞う桜の花弁のような儚くも美しく、目を奪うものだった。

少し言葉を呑んだ蛇殻と凰牙は、軽く咳払いをして調子を戻す。


「…まぁ付喪神が原因なら、その時計を下ろして手入れしながら語りかけてやるといい。美琴の言う通り、神は人に認識されれば素直に願いを聞いてくれるはずだろう。」

「それでも治らなかったらその時計持ってまた此処に来いよ。」


ゆっくりと立ち上がりながら二人はそよぎに言葉を投げかける。

二人はそのまま軽く美琴に目配せをした刹那、その姿を消した。


「き、消え…」

「神は気まぐれだからな。」


くすりと笑いながら先程のように土蜘蛛の隣に座る美琴に、土蜘蛛は頭を下げた。


「すまねぇ、助かった。」

「ありがとうございます美琴様。」

「私は何もしていないよ。解決したのは凰牙と蛇殻だ。」

「その頭は姫さんだろ。」

「…私は神である彼らの力を借りているだけだよ。」


困ったように眉を下げて笑う美琴に、土蜘蛛は凰牙と蛇殻の表情を思い浮かべた。

美琴の容姿は桜のようだと形容される程に整っており、その冷静沈着な性格がより一層その美しさを際立たせていた。

そんな彼女が信頼していると、お前たちを愛していると、その黒曜に浮かべながら微笑まれてしまえば、神であろうと仏であろうと、その気高い桜に尽くしてしまいたくなる。

土蜘蛛は昔からそう思っていた。

かく言う自分も、彼女の全てに惹かれ、傍若無人だった己を律し、彼女の元で仲間たちとどんちゃん騒ぎをすることが生きる喜びとなっている。

きっと、蛇殻や凰牙…いや、彼女に付き従う者たちは皆同じように思っているに違いないと、土蜘蛛は確信していた。


「兎に角これでそよぎの睡眠は守られるな」

「はい。土蜘蛛様もありがとうございます」

「なあに、大事な側近の頼みだったからな!」


豪快に笑いながらばしばしと自分の背中を叩く土蜘蛛に、そよぎはやつれては居るものの、来た時よりも顔色の良くなったその顔に困ったような笑みを浮かべながら、へこへこと土蜘蛛に頭を下げる。

その様子から、美琴は土蜘蛛が彼らの頭目としてしっかりとやれている事に安堵の表情を浮かべた。


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