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夜桜物語  作者: 夕波 未晴
7/25

夜の宴の話。

第四話。


美琴と刑部(ぎょうぶ)は再度縁側に座り、談話を楽しんでいると可愛いらしい声で小雪が夕餉の支度が出来たと声をかけてきた。

久しぶりの客人、しかも組全体としても大変世話になった刑部もいる為、久しぶりに庭にある桜の下での夕餉になると聞き、刑部は彼らからの歓迎の気持ちが嬉しく感じ、喜色満面でその夕餉の席に座った。

刑部の滞在を知らなかった組の者は刑部を見て驚きと喜びを顕にし、刑部を囲んで酒を飲みながら楽しそうに談話する。


「お前は行かないのか?」

「嗚呼。お前達こそ行かないのか?」


庭先にある縁側に腰掛け、片足の草履を脱ぎ膝に乗せながら小雪に手当を受ける雷電(らいでん)は、同じように腰掛けながら夕餉の魚に箸を運ぶ美琴に問いかけるも、やんわりと断られる。

觜鬼(しき)は変わらず雷電の隣で酒の入った盃を煽り、楽しそうに話す刑部を眺めていた。


「俺は花より団子。狸より酒だからな」

「お前には聞いていない。」

「あ?“お前達”つってんだから俺も含まれてんじゃねぇのかよ。」

「どうせお前のことだ。酒しか興味ないのは知っている。」

「けっ。そうかよ。」


觜鬼と美琴のそんな掛け合いを庭で眺めながら刑部は満足そうな笑みを浮かべていた。

機嫌が良くなった刑部は、懐かしむように周りにいる若い妖たちに自分たち伊予国(四国)の妖たちの武勇伝を話し始める。それに興味があったのか、雷電は手当を終えそのままの足取りで彼らの座る敷物の上に座りに行き、それと入れ違いで顎門(あぎと)鈴袮(すずね)が美琴を挟むように隣へとやってきた。

一番刑部の話に食いつきそうな二人が呆れ顔で来たため、美琴は首を傾げてどうしたのかと問いかけた。

すると二人は溜息混じりに


「旦那、毎回酒を飲むとあの話するから俺もう聞き飽きた」

「少し聞いていたが、色々話が盛られているからな…あれば武勇伝というより、酔った狸の戯言にすぎん」


と言って本当に溜息を吐いた。

その様子に美琴はくすくすと笑いを零し、「しばらくここに居るといい」と二人を両端に侍らせながら再度夕餉に手をつける。

今日の夕餉は美琴の好物の焼き魚で、桜山の一つ目の主人からのお裾分けだった。

ほろほろと崩れる身と口に広がるその魚独特の味に美琴は笑みを浮かべながら口に運ぶ。


「そういえば旦那からの依頼は終わったの?」

「ん…嗚呼」


魚を嚥下し、顎門からの問いかけに答えると酒を飲んでいた觜鬼が美琴の代わりに何があったのかを話し始める。

普段喧嘩をしてばかりの二人だが、こういう場面での意思疎通の早さは流石と言える。

刑部からの話、狐憑(きつねつ)きの話、式神の話。

ある程度話終えると、話が聞こえていたのか夜桜の頭脳である青龍の蒼夢(そうむ)が話に加わってきた。

青龍――夜桜にいる『四神(しじん)』と呼ばれる東西南北を守護する神の一柱であり、青龍はその東に当たる。

今では夜桜組の仲間として彼らと共に暮らしてはいるが、桜山を守る結界の一つを担う歴とした神である。

ただし、少し性格に難があり、仲間たちに言わせれば、彼の美琴への感情は黒く淀み、その頭脳を駆使して美琴を自分だけのものにしようと暗躍しているのでは無いかと噂されるほど、彼女への執着が酷いと言われている。

一つに纏められた紺色の長い髪を揺らしながら美琴に軽く微笑みを向けては、そのまま視線を觜鬼に移し声をかける。


「話に加わらせて貰うよ。話に聞くとその術者は雷電よりも実力は上だったんだろう?」

「嗚呼」

「ふむ…それはおかしな話だ。本人は否定しているが、雷電の実力は美琴が認める程の優秀さだ。そんな雷電に対して、呪詛(じゅそ)を返している。

俺にはただの人間とは思えないね」


食後の茶を啜りながら美琴は、顎に手を当てその頭脳を働かせながら考えを述べる蒼夢に目を向ける。


「お前もそう思うか」

「というと、美琴も同じことを考えたのかな。ふふふ、嬉しいねぇ。愛しい君と同じ考えとは。」

「変態が…」

「心外だな觜鬼。俺は純粋に美琴を愛しているだけだよ」

「お前の愛し方が異常なんだよ腹黒策士」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


美琴の頬に手を添えうっとりとした表情で言葉を漏らす彼に、盃に口を当てながら不愉快そうに觜鬼が言葉を漏らすと自慢げに笑う蒼夢。

二人の掛け合いを見て美琴は溜息を吐き、蒼夢の言葉を脳裏に浮かべながら、普段笑みを絶やさないその整った顔に、少し深刻そうな表情を浮べる。

もし、雷電よりも強い術者が何かを目的とし、自分たちに牙を向け刑部の時のように、大切な桜山の住民たちを危険に晒すような事があったら。

美琴の脳裏にはそんな不吉なことが浮かんだ。

刑部は四国の山全体を守護している為、多くの土地を管理している。

逆に美琴は今いるこの山だけを守っている立場であるため、桜山の住民が唯一と言える。

もし彼らを失ったらと思うと、美琴の心臓が紐で縛られたような痛みが走る。


(――私が守らなくては…)


ぽつりと心で呟いた美琴に、觜鬼は何かを感じ取ったのか、再度盃を口に運びながら憂いを秘めた目で彼女を一瞥した。


「所で顎門たちは隠神の話は聞かないのか?」

「だから俺は聞き飽きたんだって…」

「…大方、今話しているのは八百八狸(はっぴゃくやだぬき)の武勇伝だろう?」

「大正解だよ鈴くん。」

「八百八匹もの狸の軍勢…全てが旦那の息子娘たちだって言うのがまた凄いよな」

「ふふ…刑部殿は人間に認められ、人間の為に尽力した…妖の(かがみ)だよ。」


古来より妖は人から忌み嫌われるだけの存在ではなかった。

刑部が語った村の話も然り。彼の『刑部』という名称も人間が授けた称号であり、隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)という闇の化粧が、人々から信仰を受け、施しを与える神にまで上り詰めるには、それ相応の活躍と逸話が必要となる。

それを成すためには数多くの人の願いを叶え、何年もの時間を有する。その有限な時間の中、彼はたった数百年で成し遂げ、今では四国を治める大妖怪へとなった。

美琴のいう“妖の鑑”というのも、存外間違いではなく、美琴の目指す妖と人との共生する世界は彼そのものを広げると言っても過言ではないぐらい、美琴の理想通りの世界だった。

妖が人を助け、人は妖に感謝し、そこに絆が生まれる。

ある者は刑部のように神になることもあるだろうし、妖のまま人々の手助けを続ける者も居るだろう。

それでいい。

それぞれがただ幸せに生きていられればそれで良い。

それが美琴の目指す夢。夜桜組を創った理由。


「…俺はあの狸が昔から苦手だね」


リン――。

そう小さく口にした鈴袮は耳飾りの鈴を鳴らしながら、そのまま屋敷の中へと入り、部屋へと戻ってしまう。

茶を啜っていた美琴は横目で鈴袮を一瞥するも、気にすることなく刑部へと目を向ける。


「改めて思うと、何年も一緒にいても彼のことは分からないことばかりだね」

「…鈴袮のことか」

「嗚呼。俺たちは皆、少なからず美琴という存在に惹かれ此処にいる。だが俺の目から見て鈴くんが美琴に忠誠を誓って居るようには思えないな」


蒼夢は怪訝そうに鈴袮が消えていった方向を、その神特有の金色で見つめる。

美琴が初めて仲間にしたのは觜鬼であり、そこから一人、また一人と仲間を増やし、何時しか美琴の願いを基盤に夜桜組が創設された。

彼らは美琴の願いを叶えるために、また居場所を求めて忠誠を誓い集ったならず者集団であるのは周知の事実。

だが唯一鈴袮は美琴に忠誠を誓っておらず、美琴の義兄としてこの土地に腰を下ろしている。

時には蒼夢のように美琴に助言し、時には觜鬼、雷電、顎門と共に夜桜の支柱として働きかけ、時には客人のように傍観する。

ならず者の集団であるこの組の中では特に異質な存在が鈴袮だった。


「美琴は鈴くんのこと何も知らないのか?」

「…確かに彼との付き合いは誰よりも長いが、生憎私も鈴袮のことはよく知らないんだ。

だが私にとってはかけがえの無い大切な兄であることには違いないし、鈴袮はこの組には無くてはならない存在であることも確かだよ。」


目を伏せ、穏やかな笑みを浮かべる美琴に、蒼夢は言葉を飲み込み、やれやれと首を横に振り笑いを零す。

彼女のその表情は、仲間を愛し続け、信頼し続けるということを物語っていたからだ。

仲間に絶大な信頼を置いている彼女だからこそ、鈴袮の考えも行動も受容している。

仲間を縛らないで自由に生きさせる。それが美琴の方針だ。


「これ以上何かを言っても、そのうち君の桜のような感情を害してしまうね」

「それはお前の発言次第だが…まあ鈴のことは何も触れてやるなということだな。」


けらけらと刑部の話を楽しそうに聞いている仲間たちに目を向けて穏やかな笑みを浮かべながら蒼夢に釘を刺す様に述べる美琴に、蒼夢は肩を落としながら再度首を横に振った。

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