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夜桜物語  作者: 夕波 未晴
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狸の相談の話。(二)

美琴と刑部は組の縁側に座り、觜鬼(しき)雷電(らいでん)が護衛として二人の背後で控えながら久しぶりの再会を楽しむように少し言葉を交わす。

そのうちに、小雪が茶を入れた湯呑みを運んできて、一服してから彼は本題を話し始めた。


「少し昔話になるんじゃけどな。儂がまだ、ただの豆狸だった頃…もう数百年も前の話じゃな。」




その日は、珍しく朝から雨が降っていた。

そのせいで、昼間だというのに辺りは薄暗く、木々の葉から落ちる雫が地面で小さな水溜りを作る。

そんな中で、刑部はいつも通り山を歩き回っていたそうだ。今日は、何時もの散歩ではなく、山の様子を見るためだけに歩いていた。

人が好きで、人と仲良くなりたいと願う妖は数多くいるが、その中でも妖になりたてだった刑部は、昔から他の狸とは違う考えを持っていた。

それは、人の為になるならば、自らの命を顧みずに行動するという事。

その為、周りの狸達からは変わり者だとよく言われていた。

しかし、周りからなんと言われようとも、彼は人間の集落へ赴き、村の者達が困っているなら手を差し伸べようと思った。

そんな彼がはじめて訪れた村は、作物を荒らす猪や熊などの害獣の被害に悩まされており、それを退治してくれる妖を探していた。

時代は闇が今よりも深く、妖と人が共存していた時代。

刑部は村人達に頼まれて、その害獣を退治してやった。

それからというもの、度々村を訪れ、困ったことはないかと刑部は村人に問いかけた。

だが、返ってくる答えはどれも同じで、自分達だけではどうにもならないとの事だった。

そこで刑部は、自分の能力を使って作物を育てる手助けをしてみる事にした。元々器用であった刑部狸は、瞬く間に畑仕事を覚え、あっという間に皆の信頼を得るようになった。

彼の力は強く、また優しい性格のおかげで、次第に村の守り神として祀られるようになり、今に至る――そんな事を淡々と話す刑部に、 觜鬼がふと浮かんだ疑問を投げかける。


「あんたら四国の狸は、大昔にあった人間との戦争以来、人間を恨んでたんじゃねぇのか?」


闇多き時代、化け狸と人間は時折ぶつかることが多かった。刑部も何百年と生きている中で人間と対立することがしばしばあった。

すると刑部はふっ、と笑みを浮かべた。


「確かに人間は嫌いじゃよ。…でものぉ、あの村は好きじゃったんだ。ほうじゃけん、あの村が消えた事が悲しゅうてたまらんのじゃ…」


そう言うと、刑部の明るかった笑顔に陰りが浮かび、その様子に美琴は怪訝そうに眉を寄せ彼の言葉を小さく復唱した。


「――()()()…それが貴方の相談ということでしょうか」

「流石お姫さん、話が早いの。そうなんじゃ」


刑部は一度茶で口を湿らし、一つ溜息を吐いてからゆっくりと口を開いて続きを話し始めた。


「丁度ふた月ほど前の話じゃ」





彼がはじめて訪れた村人の子孫たちは長年、刑部を信仰し敬っていた。妖から神へとなった刑部は気に入っていたその村に繁栄をもたらそうと、人前には出ないものの多くの導きを与えた。

時には嵐が来る前に木々を薙ぎ倒し、村を守るよう告げ、時には疫病に効く薬草の場所を伝えるなど、少しずつ村人への施しを与えてたのだ。

そんなある時、彼がいつものように山を歩いていると遠くから山の燃える匂いがした。

方向からしてあの村のあるところで、刑部が着いた時にはもうその村は炭と化していた。

唯一残っていたのは、自分を象った狸の石像と、祀るための小さな祠だけ。


「あの時の衝撃は…ふた月経った今でも忘れられんよ。誰一人生き残っとらなんだ」


寂しげな彼の言葉と瞳に、耳を傾けていた美琴や觜鬼たちはさらに眉を寄せ、亡くなった人間たちへの弔いの気持ちと、そんな酷いことを行った相手への殺意が胸の内でゆっくりと育つ。


「…犯人は分かっているのですか?」

「それが……わからんのじゃ」

「わからない?」

「うむ…あの村を守るよう申し付けた豆狸たちも、何も知らぬと言いよってな。」

「……妖からの襲撃ならば、貴方が気づかないわけが無い。」


ふと美琴が呟いた言葉に刑部は片眉を上げ反応した。

すると刑部はくつくつと喉を鳴らして笑うと美琴の頭に手を乗せて軽く撫でる。


「お前さんは相変わらず目敏いのぉ。その通り。この儂が気付かぬはずがない」

「…と、なると」

「――人間じゃな」


刑部の言葉が水面に落ちる水滴の如く、その場に静かに響き渡るとほぼ同時に、美琴の切れ長の瞳が少し吊り上がる。


「実はな、あの土地にいなげ(可笑し)な人間が度々山に入る姿を見たという者がおるんじゃ」

「いなげってどういうことですか?」

「分からん。じゃが、ただの人間とは思えん邪気纏うとったらしい」

「邪気…ですか」

「うむ…そこでお姫さんのとこの雷小僧が陰陽の術を齧っとると、ふらりと立ち寄った時に烏天狗から聞いたのを思い出してな」

「あのお喋り烏がたまには役にたちましたね。」

「全くだ」


かかかっ、と互いに旧い友人の話に声を上げて笑う刑部の笑顔は、何処か無理をしているようにも見えて、美琴は眉を下げて少し笑う。


「ということでお姫さん方に依頼じゃ。その人間の居場所、または何者か調べて欲しい。報酬は…伊予国の美味い酒なんかどうじゃ?」

「酒は有り余ってますので…次に赴いた時は、貴方御手製のうどんでも」

「かかかっ!えぇ、えぇ。腕によりかけて食べさせちゃるよ」

「ふふふ。…では雷電。仕事だ」

「嗚呼。」


美琴の後ろに控えていた雷電がゆっくりと庭へと歩みながら懐に手を入れ、中にある式符を取り出す。

右手の人差し指と中指を立てて印を結び、そして、それを庭先にある池へ放り投げる。


「オン ソチリシュタ ソワカ」


雷電が呪文を唱えると、式符に込められた霊力により、呪符の上に黒い霧で出来た渦が浮かび、そこに何かが映し出される。

その光景に刑部は目を丸くし、美琴は眉を寄せる。

そこには確かに、刑部が言うように人間が居た。薄汚れた着流しの男が、虚ろな目でどこかを睨んでいる。

だがその様子は人間とは言えず、まるで獲物を待つ獣のようで、そしてその肩には真っ黒な何かが纏わりついていた。


「……こりゃまた、がいに珍しいのぉ。こなぁにはっきりとした怨念を見るのは久方ぶりじゃ」

「人間…というよりもこれは例えるなら……そう、」


美琴はそう言うと、その黒い霧をじっと見つめる。すると彼女の言葉に何かを思い出すかのように刑部は怪しく皺のついた口角を少しだけ上げた。。


「―――狐憑(きつねつ)きじゃな」

「は、狐って…。っ、しまった…!!」


雷電が刑部の言葉に耳を傾けた次の瞬間、式符から黒い稲妻が走り、渦の中から一匹の黒い小さな獣が飛び出してきた。


「っクソ…呪詛返(じゅそがえ)しかよ…!」


印を結んでいた右手を抑え、後退りながら狐を警戒をする雷電。黒い稲妻はちりちりと雷電の手を蝕み、手は少し火傷をしている。

彼の口にした呪詛返しというのは、術者が他の術者に対して術を施した後に、逆に術を掛けられてしまうこと。

昔は術の精度が低い者が高い者へと勝負をけしかけ、己の術の練度を確かめることなどをしていたのだが――今回は、確実に相手が狙っていたかのように狐を送り込んできた。

これはもう宣戦布告といっても過言ではないこの状況に、美琴の背後に控えていた觜鬼が傍に携えていた刀の柄に手を乗せる。

すると美琴はそれを止めるように軽く片手を横に上げ觜鬼の動きを止めながら雷電に声をかけた。


「油断したな、雷電。…それにしても、まさか狐憑きがいるとは思わなかったな。」

「俺だって予想外だ!つか、呪詛返ししてくる狐ってなんなんだよ…!」

「恐らく術者がお前より実力が上だったんだろうな。だが、こうなった以上は仕方ない。さっさと終わらせるぞ」


そう言って、美琴は縁側から立ち上がると、風のようにゆったりとした足取りでその狐の方へ歩き出そうとした。

だが、狐に歩み寄ろうとした美琴の前に、いつの間にか刑部が立ち、美琴の行く手を阻んだ。


「刑部殿?」

「悪いのぉお姫さん。相談しといてあれだが、こりゃ儂の仕事じゃ」


にこりと笑みを浮かべる刑部に、美琴は何かを察し小さく息を吐く。


「…庭、汚さないで下さいね」

「承知のうえじゃ」


かかかっ、と笑いながら狐に歩み寄る刑部の異様なその様子を見て、雷電は美琴にどうして、と尋ねた。


「…隠居していらしても、かの八百八狸(はっぴゃくやだぬき)を纏めあげた御仁だ。…自分のシマのことは自分で始末を付けたいのだろう。」

「さあこっちに来るんじゃ。今からお前さんの記憶を探るからのぉ」


相変わらずの笑みを浮かべたまま狐に手を差し伸べる刑部の周りには不穏な空気が滲み始めた。

妖気と呼ばれるそれは、狐の黒い毛並みを毛立たせ、さらには近づけば近づく程に狐の警戒している高い声が締め付けられるように細くなっていく。

おどろおどろしい雰囲気の中、刑部の口からは微かに呪を唱える声が聞こえた。


「…印もなく、呪言だけであの狐を圧倒するとは……」

「神通力で神にまで上り詰めたお方だからな。お前も顎門と共に刑部殿の元で修行してみたらどうだ?」

「………考えとく。」


刑部と狐の攻防を眺めながらそんな話をしていると、ぼふんっという音を立てて狐の姿が一枚の符へと変わる。

所謂式神と呼ばれる陰陽術の一種であるそれは、狐の呪が印されたした一枚の紙切れで。


「それは…式神?」

「の、ようじゃのぉ。記憶探ろうにもなにも出てこんわけだ」


手に取った式符を雷電に渡しながら一つ息を吐く刑部。

雷電がその式符を指でなぞると、先程自身の右手を焼いた何かの術が微かにその式符に施されていることが分かった。


「…これは俺が預かって調べてみる。」

「頼もわい。いやぁ才能ある者がおると仕事が捗るな。のうお姫さん」

「うちの自慢の術者ですから」

「買い被んなっての」


少し照れたように式符を仕舞いながら咳払いをする雷電に刑部は豪快な笑いを零しながら美琴と雷電の頭を犬猫を愛でるように撫でる。


「狐憑きも取れたことじゃし、あの人間の呪縛も解かれるじゃろう。世話になったな。」

「結局、私共は何もしてあげられませんでしたが…」

「なに、あの村襲われたんは儂の浅はかさが招いたことじゃ。それに旧い友人たちにまたこうして会えて儂は嬉しかったぞな。」


そう言って笑う刑部に、美琴と雷電は顔を見合わせると小さく微笑んだ。


「…本当に、ありがとうな。お姫さん」

「いえ。貴方のお役に立てたのなら光栄です」

「やはり、お主らに任せて正解じゃった。流石夜桜組と言ったところか」

「ふふふ。またご贔屓に」


刑部と美琴は互いに顔を見合わせ、優しい手を取り合いながら笑いあった。

鳥のような美琴の笑い声と、刑部の笑い声が庭先に響く。

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