狸の相談の話(一)
第三話。
集落の住人たちへの謝罪を終え、旋風を肩に乗せたまま、美琴はふらふらと集落を回っていた。
畑を耕す者に声をかけ、川に流れている魚を、散っている桜を眺め。
自由に、そしてひらりふわりと宛もなく散歩をする。
旋風に集落を見させる名目で、美琴は平和なその土地を眺め堪能していた。一緒に連れてきていた鈴袮は、住人に渡された大量の野菜を置きに先に帰ったため、今は一人と一匹だけ。
柔らかな風が頬を撫で、美琴の向かう先を先導しながら風と共に宛もなく歩く。
すると、草のない、土で舗装された道の端に見慣れない“何か”が、異様な雰囲気を放ちながらそこにあった。
それは俗に言う――信楽焼で出来た狸の置物。
初めてそれをみた旋風は美琴の肩から降り、それを目の前にしてきょとん、とした目で凝視する。
「これはこれは…珍しいお客様じゃないか」
美琴はそれを認知すると小さく笑みを浮かべ信楽焼の前に跪く。
旋風がぴくりと耳を震わせると、どこからともなく声が聞こえる。
「久しぶりじゃのぉ、お姫さん」
「えぇ。貴方もお元気そうで何よりです」
突如として話し始めた信楽焼に、旋風は大きく飛び上がり、美琴の肩へと飛び乗り髪の中へと隠れ、少し顔を出しながら警戒心のある表情でそれを見つめる。
旋風の頭を優しく撫でながら美琴が声をかけると、信楽焼の狸が突然煙に包まれる。
煙が段々晴れるとそこには美琴の背丈よりも少し大きな一匹の年老いた狸が現れた。
名を――隠神刑部狸と言う。
四国に古くから住む神として、人々から愛され、信仰を受けている狸の妖怪。
また、美琴が夜桜組を創る際に様々な手引きをしてくれた、彼女にとっては恩人の一人。
最近では四国の山奥で隠居生活を謳歌していると聞いていた美琴は、彼の突然の訪問に疑問を抱いていた。
「何故此処に居るのか聞きたい所なのですが、そろそろ日も暮れますし我が組へお越しください。」
「うむ…そうじゃな。久しぶりに変化して其方待っとったせいか、少し肩が凝ったわい。」
「文でも下されば、伊予国まで私が参りましたのに…」
「儂が来たかったんじゃ。お姫さんの頑張りが目に見えてわかるのはこの土地だけじゃけんな。
がいに立派にやっとるようで安心したわ。」
「ふふ。その節は大変お世話になりました。」
のしのしと歩く刑部と、その隣に並んで歩く美琴は久しぶりの再会を楽しむように日々の出来事を語り合う。
その間、旋風は大人しく美琴の肩で静かにしていた。
見た目は二本足で立つ大きな狸の刑部は、隠居をしている妖だとしても、人から信仰され妖から神へと変わった存在。
そんな彼の強大な妖気――妖の持つ独特な雰囲気や妖が持つ不思議な力の気配――に当てられ、動けずにいるのか、はたまたまだ警戒しているのかは分からないが、旋風は相変わらず美琴の髪の中で静かに刑部を観察していた。
すると旋風の目には不思議な光景が映る。
それは、組へと向かって歩いている美琴に気づいた住人が彼女だけに声をかけている。
まるで隣にいる刑部に気づいていないかのように。
「何故隠形を?」
「お姫さんの家族驚かせるのは忍びないけんな」
「別に誰も気にしませんよ…。貴方並みの体格の良さなら牛鬼とか大入道とか居ますし」
「なんと、また組員が増えたのか!」
「ええ。皆可愛い私の家族たちです」
人よりも遥かに大きく強大な妖を可愛いなどと形容するのは彼女だけだろうなと、彼らの言葉がわかる旋風は密かに思う。
そんな話をしているとあっという間に組に着き閉じられた門前で刑部が隠形を解く。
「綴里!」
美琴が声をかけると門がゆっくりと開く。
水掻きのある手で門を開けたのは、組の門番を担当している河童の綴里だった。
茶色の髪から時折水が滴っているのを見るに、声を掛けるまで住処である池にいたのだろう。
「お嬢、戻ったか…って、狸の爺さんじゃないの」
「久しいのぉ河童の小僧」
「綴里ですよ。ちょっと待ってくださいね」
美琴一人分開けた門を、刑部が入ってこられるように両手で更に開ける。
のしのしと足音を立てながら組に入る刑部の後を追うようにして美琴も組に入る。
門を抜けると、綴里の住処として使われている池の鹿威しが音を鳴らす。
横に長い屋敷の中から笑い声が聞こえ、まるでその全ての景色を彩るように様々な音が響き渡る。
「相変わらず活気に満ちた場所じゃのぉ」
「ただ騒がしいだけですよ」
「ふふ、言えてるな」
門を閉めながら困ったような表情で笑う綴里に、美琴は鳥の鳴き声のように小さく笑う。
すると美琴の帰宅を感じ取ったのか、庭に居た觜鬼、雷電、顎門が彼らの方へ来る。
「あれ刑部の旦那?珍しいね貴方がここに来るなんて」
「おお、童か!がいにまあ大きゅうなったな」
「もう旦那ってば。俺は数ヶ月前に会ったばかりだよ?旦那こそ俺がいた頃より老けたんじゃない?」
「かかっ!この隠神刑部を年寄り扱いするのはお前さんとお姫さんくらいだ」
がしがしと一人旅が趣味な顎門の頭を撫でる刑部の顔は、まるで我が子の成長を喜ぶ父親のようで。そんな刑部に対し顎門もとても嬉しそうに笑う。
「爺さんがここに来るとは珍しいな。何かあったのか?」
「おぉ觜鬼童子か!変わらずでかいのう!儂と同じくらいの大きさかの?」
「おーい爺さん。遂に耳遠くなったか?」
「かかかっ!冗談じゃ!なぁに、お姫さんに少し相談があってな」
呆れた表情の觜鬼を一瞥した美琴は、自分に相談があるという刑部の言葉に小さく首を傾げる。




