鎌を持つ鼬の話。
第二話。
鎌鼬捕獲から時間が経ち、次の日の朝となった。
続々と集まり出した広間でゆっくりと朝餉を食べながら美琴と雷電は鎌鼬について話していた。
何処からともなく現れ、集落を荒らした無法者。だがこの集落に現れる者たちは大体が仲間とはぐれたり、人間たちに嫌われ追いやられた者たちばかり。あの鎌鼬がどんな理由でこの土地に来たのかは分からないが、あの警戒心の強さや暴れ具合、そして傷つけられたような傷で、美琴は鎌鼬に同情のような、なんとも言えない複雑な気持ちになっていた。
「最近多いよな、ああ言う妖」
「妖というのは本来、突然産まれ突然消えるものだ。彼奴にも色々あるんだろう。」
食事を終え、茶を啜りながら美琴は伏せ目がちに呟いた。
そもそも妖は、人間の感情で産まれる。
人が暗闇を恐れ、そこに“何か”がいる――そう思った瞬間、彼らは産まれる。
恐ろしいという感情が存在を産み、そしてその存在は人々の感情を掻き集め成長する。
また、負の感情だけではなく人の願いや信仰によって産まれる存在である神のような存在もいる。
人と妖と神。
それらが共存し、恐れられ、救い、救われ、信仰する。
そうして彼らは生きていた。
だがそれは何百年も昔の話。
今の現代社会は、彼らの存在を否定し、存在を認知しようとしない。そのため妖や神という存在は行き場を無くし、こうして集団になって助け合って生きてくしか今を生きる方法はない。
そんな彼らを救うために活動しているのが、この夜桜組なのだが…。
「お前まさかあの鎌鼬を仲間に引入れる気か?」
「ふふ…何か問題でも?」
湯呑みを茶托に置き、くすりと笑みを零す己の友人に、雷電は頭を抱えた。
此奴の妖たらしはどうにかならないのか…。
言葉が溜息となって出てきてしまう。
自分も含め、この組の仲間たちの大半…いや、ほぼ全員美琴の勧誘によってこの組に入っている。
美琴の人柄に惚れ込んだ者。救われた恩を返したい者。面白半分で着いてきた者。
人によって様々だが、誰しも美琴のその性格と懐に着いてくることを決めた。
かく言う自分も、美琴の人間性に着いていきたくなったからここに居るのだが。
「問題はねぇけど…。てかお前、その誰彼構わず引入れる癖どうにかしろよ。人を見る目があるのは知ってるが、何時それが仇になるか。」
「雷電は心配性だな。この組にいる者が私を裏切るとでも?」
「そうとは言ってねぇよ。もしそんな奴がいたら俺が滅する」
「だろう?私はお前たちを信じてるんだ。もしあの鎌鼬が私に牙を向いたその時はお前たちに任せるさ」
頬杖を付き、にこりと笑みを浮かべる美琴に言葉を失い、また溜息が口から漏れる。
「…お前はどう思うんだよ。若頭」
近くの襖に体を預けながら朝から酒を呑み、二人の会話に耳を傾けていた觜鬼に目を向ける。
「別にいいんじゃねぇの?此奴殺そうとすんならそれもそれで面白そうだ」
「面白がるな!たく…」
相変わらず互いにいがみ合っている二人に雷電の溜息が止まらない。
周りで話を聞いていたであろう仲間たちが笑ったり、雷電に哀れみの目を向けたりしている中、美琴は相変わらず笑みを浮かべたまま、小さく笑いを零した。
すると、鎌鼬に朝餉を与えに行っていた小雪が戻る。その肩には話に出ていた鎌鼬が相変わらず警戒しながら乗っていた。
雷電はそれを見ては一瞬思考が停止する。
「…小雪おま!?」
「あまり大きな声出さないで下さい雷電。この子が姫に礼を言いたいというから連れてきたんです」
「私に?」
軽やかに小雪の肩から降り、美琴の前に座ると、深々と頭を下げる鎌鼬。
この鎌鼬のような動物の姿の妖は、言葉を発しない。
だが、何となくではあるが、言いたいことがわかってしまうのも彼ら妖の不思議なところ。
この鎌鼬もその類らしく、その行動と黒い目から感謝の意が伺える。
「 感謝されるようなことはしていないよ。それより怪我の具合はどうだ?…そうか。大丈夫ならそれでいい。」
美琴は相変わらず頭を下げている鎌鼬の小さな頭を撫で微笑みを浮かべる。
小雪により攻撃できないよう包帯で巻かれた刃の尾を小さく振りながら美琴の手に頭を擦り付ける鎌鼬に、少し警戒していた周りの仲間たちはほっとした様子を見せる。
「今お前を仲間に引き入れないかという話が出ているんだが、差し支えなければこのままここで暮らさないか?」
目を合わせて笑みを浮かべたまま問いかけると、鎌鼬は小さく耳を震わせ、撫でていた美琴の手から登り、彼女の肩に乗っては頬に擦り寄った。
「なんだよ…随分と簡単に仲間になったな」
「可愛いですねぇ」
「お前の名前も決めないとな」
指先で顎下を撫でながら美琴は鎌鼬にそう告げる。
この組にいる仲間たちは、美琴に拾われたその日に名を貰う。名と言うのはその者を縛るもので、美琴が付けることでこの組の一員として認められたことになる。
「名前もそうだが、集落の者たちに謝罪しに行かないとな。鈴袮、一緒に来てくれ」
「觜鬼じゃなくていいのか?」
「酔っ払いを連れていく気にならないな」
「うるせぇ。酔ってねぇし」
ゆっくり立ち上がりながら付き添いとして彼の名を呼び、二人は鎌鼬と共に組を出る。
屋敷の門を抜け、丘を下ると、桜山の住人が住む茅葺き屋根が点々とあり、畑と川に挟まれている。
住人たちは平和に畑を耕したり、釣りをしたり、子供たちが楽しそうに駆け回っていたりしている。
美琴と鈴袮は平和なその光景に小さく笑みを浮かべながら集落へと足を踏み入れる。
「あら美琴さまに鈴袮さん」
「今日もいい天気ですねぇ美琴さま」
「鈴袮さん、野菜持って行ってくれ!」
頭に角が生えた者、図体がとても大きな者、肌の色が違う者。
逆に、背の低い老人、小さな子供。
様々な種族の住人たちが美琴に気が付き声を掛けてくる。
「おはよう。変わりはないか?」
「ええ。美琴さまのお陰で平和に…おや?その子は?」
美琴の問いかけに応えていた角の生えた女が、美琴の肩に乗る鎌鼬に目を向ける。
「昨日ここらを荒らしてた鎌鼬だよ。皆に謝らせようと思って連れてきたんだ」
「おやまぁ!じゃあ君、夜桜入るのかい!」
「ほほう、そりゃいい!あの組にいれば安心だね!」
「謝るだなんてそんな気にしてないですよ!こんなことよくある事ですし!」
「あら早速玩具にされて。」
けらけらと楽しそうに笑う女性陣は、子供たちに撫でられる鎌鼬に目を向け更に笑いを零す。
子供たちに揉みくちゃにされながら尻尾を左右に振り、その光景を見上げる鎌鼬。
暖かな雰囲気が周りを包み、美琴は自然と口角が更に上がる。
「ふふ…よかったな、――旋風」
「…なんだ。もう名前決めたのか?」
「嗚呼。」
旋風――そう呼ばれた鎌鼬は耳を少し震わせ、子供たちの手からすり抜け美琴の肩に飛び乗る。
「荒々しいその風は、きっと私たちを守ってくれるさ」
頭を擦り寄せて来る旋風の頭を優しく撫で笑みを浮かべる美琴。
新たな家族が増えたことが、心底嬉しく思い笑顔が自然と零れてやまないようだった。
そんな長閑な彼女を、住人たちは優しく見守る。
「…だが風は、桜を散らせる。」
ぽつりと鈴袮の口から呟かれた言葉は、彼らの笑顔に溶けてゆく。




