表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜桜物語  作者: 夕波 未晴
25/25

桜、北の大地に参る話。(一)

第十五話。

北へ向かう空に、美琴はいた。

彼女を乗せるのは灰色の毛並みに、長い大きな牙を持つ犬神という種族で、名を銀狼(ぎんろう)という。

彼は美琴一人乗せられるほどの巨大で、足からは煙のようなものを出し、それで宙を飛んでいるのだと分かる。

普段は人の姿をしている犬神だが、こうして美琴の移動手段として行動を共にすることもあり、今回のように美琴一人の遠出になると彼がついてくる。

觜鬼や他の仲間たちも、となると夜桜にある朧車という牛車の妖が彼らを乗せてくれる。

そのため、美琴一人を乗せるという重要な役割を貰っている銀狼は、こういう時とても頼りになり、また人と共に生きる飼い犬のように主人と二人旅ということで不謹慎ではあるが、尻尾を大きく揺らし喜ぶ。


「主、何か思い詰めた顔をしてるがどうかしたのか。」

「嗚呼…今回の一件、どうも不可解なことが多くてな。」


腕を組み、視線を鋭くさせながら悩む美琴に言陽は自分に話すと少しはまとまるのでは?と提案し彼女の考えを聞いた。

美琴は、妖怪たちが自分たちの所に逃げ込むことよりも、刑部(ぎょうぶ)烏天狗(からすてんぐ)のように里が消されたことに疑問を抱いていた。

そして先日。

美琴が旅立つ前日の夜に、土蜘蛛(つちぐも)から文を貰った。

内容――仲間の住処が襲われたとのことで。

だが、以前時計の付喪神(つくもがみ)に夢枕に立たれていたそよぎという野干が夢の中で付喪神にそのことをお告げで言われ、里の警備を強化した為にあまり被害は大きくならずに済んだらしい。

里を襲った犯人は警備の妖に捕らえられ投獄されたらしいのだが、その犯人というのが鬼火を操る人間で、しかも捕らえた直後に突然絶命してしまったというのだ。

まるで、役目を終えて死んで逝ったかのように。


「……隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)(だぬき)、烏天狗、そして土蜘蛛。

かつて人々から畏れられていた妖たちの住処が狙われた。それらに奇妙な人が関連しているようだが…こんな偶然重なるはずがない。」

「確かにそうだ。伊予国(四国)、京の名だたる妖たちであるというのにな。」

「都か……。」


顎に手を当て銀狼の言葉になにか引っ掛かりを感じる。

そう言えば、伊予国も京も妖の伝承が多く存在する。この国では妖怪と人が共に生きた時代があり、それらの場所や地域は特に妖が多く存在し、今でもその名残で人々はその土地にいる妖を神として崇めていたりする。

そして…。


「これから向う蝦夷も、独自の文化もあってか独特な妖がいるな。」


そう呟き視界を上げるとそこは広大な海と、青々とした森林が視界を埋め尽くす。

人の住む場所はもちろんの事、視界を埋め尽くす緑の多さに美琴は圧巻の声を漏らした。

だが分厚い雲に覆われてしまっているからかその緑は深さを増し、薄暗さが恐怖心を掻き立てるような雰囲気がある。


「此処が…蝦夷」

「主は初めてか?」

「嗚呼。こちらまで来る機会が無かったからな…。お前は確か、旧友がこの地に居るんだったな」

「そやつなら、きっと主の役に立つ。向かっていいか?」

「嗚呼」


美琴の返答を聞くと、銀狼は一度唸ると宙を駆け出し、旧友の臭いを辿り蝦夷の地に降り立った。

生い茂る森の中に降り立ち、左右を確認してはゆっくりと地面を歩く。その足からは相変わらず煙が出ていて、常時それは出ているのだろう。

暫く歩いていると、草むらから突然黒い物が飛び出し言陽、美琴共々に襲いかかってきた。

銀狼はすかさず美琴を落とさないよう後退り、それに唸る。


「貴様、我が主が背に居られるというのに襲いかかる奴がいるか!」

「野良犬が何やら喚いておるわ。突然の訪問に少しばかりの歓迎の気持ちだ」

「脅かすことが歓迎か!」


喉を鳴らし威嚇をしながら怒る銀狼を一瞥し、美琴は視界を言陽と会話するそれに向ける。

そこには灰色の毛並みをした犬…ではなく、狼がいた。

体格は銀狼よりも少し大きく、煌々たる威厳が垣間見える。


「銀狼、此方は…」

「先程話していた我が旧友だ。」

「犬神の主か。会えて嬉しい。我が名は狩する神(オンルプシカムイ)。」

「オン、ルプシ…」

「この国の言葉は我らには難しい。我はホロケウと呼んでいる。狼という意味だ」

「…ではホロ殿と呼ばせてもらおうか。」

「好きに呼べ。我は異称が多くてな。」


カムイ…それは神を意味する言葉。

この蝦夷の先住民たちは全てのものに神が宿るとし、動物たちは全てカムイとして大切にし、時には神の命を頂き、時には崇め、時には共に狩りをし…神と共に生きていた。

命を頂くと言っても、彼ら先住民は「神が我らのために毛皮と肉を土産にこの世に現れてくださった」と考えていたため神を無闇に狩らず、全てのカムイに感謝していた。

動物の肉は食料にし、毛皮などは衣服にし、骨や牙は槍や矢にする。

そうして彼らは自然と共に生きた。

ホロケウも、そうして人々から信仰を受けいつしか神格を得たのだろう。


「所でそなたらは何故この地に?」

「…先日、此方のコロポックルの一人が迷い込んできてな。災いから逃れてきた…と」

「―――。」


美琴の言葉にホロケウは目を鋭くさせ、彼女を一瞥すると背を向け木々の間を通りに目を向ける。


「…ホロ殿?」

「……着いてこい」


それだけ述べて、ホロケウは先に森の中へと姿を消す。


「主…」

「…後を追え。」

「御意」


美琴は銀狼の体にしがみつくと、銀狼は駆け出しホロケウの後を追った。

茂みを掻き分ける銀狼の行く手を阻まないよう美琴は姿勢を低くし、周りの木々を眺めるが、一部木の根から腐敗しているのが見えた。

この蝦夷の地の森には、他の森とは違う何かがある。それが何なのか理解できないまま、ただ黙々と前へ進んでいった。

暫く進むと、銀狼が歩く度に砂利のぶつかる音と共に前方で大きな音が聞こえはじめる。

その音の方向に進むと、そこには巨大な滝があった。高さ数十(メートル)はあるであろう大滝を静かに見上げた。

神聖な空気が流れているような、そんな雰囲気に言葉を失ってしまう。

そんな彼女とは裏腹に銀狼は冷静に周囲を警戒し低く唸り出す。

ホロケウの姿が見えなくなったのだ。だが、確かに居る気配を感じる。そして怪しい気配も共に感じた。


「…主。ホロケウの姿が見えなくなった。それに変な気配も…」

「の、ようだな…。」


その時――美琴の視界に影が映る。

その視線を上に向ければ、上空から鳥型の妖が急降下してきた。

鳥…ではあるが、それは蝙蝠(コウモリ)のような羽の生えた髑髏(しゃれこうべ)で、敵意を剥き出しにしている。

それを察知した美琴は素早く反応し、腰に差していた刀を抜刀し、銀狼の上から飛び空中で銀色の刃がその巨体を真っ二つに引き裂き、美琴は小さく息を吐きながら砂利道に降り立つ。

だが、すぐにまた似たような妖が森から現れ美琴に飛びかかる。


「っ主!!」


それに気がついた銀狼はその長い牙で妖に喰らいつき、敵を滝へと叩き落としていく。

それから数分程、美琴は銀狼に守られながらも襲い来る妖たちを倒し続ける。

そしてその数は百体を超えた頃だろうか。

ようやく、敵が消えた事に安堵した美琴は肩の力を抜いて深呼吸をする。

ゆっくりと刃を鞘に納め、滝の方に顔を向けると、岩肌にホロケウが高みの見物だと言うように見下ろしていた。


「見事だな、桜の大将よ」

「貴様ホロケウ!何のつもりだ!!」

「待て銀狼。…これがコロコニの言っていた厄災か?随分と数が多いようだが」

「何、これはその一端にすぎん。だがその強さ…やはり我らが主人が見定めろと仰られる程の者だな。」

「見定めろだと?まさか、主を試したのか」

「そういう事だ。今度は素直に主人の所に案内しよう。この滝の裏だ。」


そう言ってホロケウは此方からは見えない滝の裏へと身を滑り込ませ姿を消した。

ホロケウの主人という者の、美琴への突然の試練に対し、銀狼は少なからず憤りを感じているのか、耳を後ろに倒し喉を鳴らしながら鼻の上に皺を寄せている。


「銀狼、そんな怒ってやるな。」

「しかし主…!」

「厄災が降り掛かっているという土地に突然訪問したんだ。これくらいの試練、お前が居ればどうって事ないよ」


そう言って美琴は優しく銀狼の頭を撫で皺の寄っている額に口付け…と言うより、顔を埋めて銀狼の機嫌を取った。

すると、それに対し銀狼の尾が左右に激しく揺れ始めたのを見て美琴は小さく笑った。


「よし、ホロ殿の後を追うぞ。また足を頼む」

「お任せあれ主!」


そう言って美琴は銀狼に跨り、美琴の安全を確認した銀狼は低く足を縮ませ、高く飛び上がり岩肌を登ってホロケウの後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ