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夜桜物語  作者: 夕波 未晴
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紅葉、桜の居ない朝を迎える話。

第十四話。


夕焼けの燃える朱が視界を染め上げ、そして人の紅で更にその朱さを増していた。

目の前の光景は、異常なほど惨い。

首は赤黒い何かに捕まれ、それの爪が鋭く突き刺さっており、だらりと垂れた腕からは血が滴っていて生気はもう感じられない。

彼女は、自分の大切な人だった。

地面には血の池が出来ていて、鉄の匂いが鼻に付き腹の奥から嘔吐感がせり上がるような気がした。

あの時。自分は物陰に隠れていた。だが今の自分はその光景を目の前にし、夕陽を背にしていることで、これが空想なのだと頭ではわかっている。

しかし、せり上がるその嘔吐感は認めたくない現実を否定しているが、体は正直にこの光景を現実だと伝えているようだった。

命絶えた彼女の開かれた瞳孔が自分を見つめ、その光景を見る少し前の、まだ生きていた彼女の懇願するその顔が脳裏に浮かぶ。

すると、彼女の色素の薄くなった腕がゆっくりと上がり、自分に向けられる。

血の泡を吹いた口はゆっくりと唇で何かを訴えるが、脳裏の彼女の声が聞こえてくる。

嗚呼…その口の動きは…。


(あの時と――同じだ)


そう思った瞬間、自分の視界が歪み、そんな中彼女の言葉だけが鮮明に目に、耳に、頭に残る。



「―――。」



たすけて。




「っ!?」


ばさりと勢いよく起き上がれば、自分の胸元まで掛けていた布団がめくれる音で意識が現実に戻る。

先程まで視界を埋めていた朱は、朝の心地よい日差しに変わり、惨い光景は自分の布団と部屋の畳が映る。

冷や汗でもかいていたのか、じんわりと首に汗をかいていることに気が付き、目元に手を当て深く深く息を吐く。

ここは、桜屋敷にある觜鬼(しき)の私室。

簡素ではあるが、部屋の隅には飲みかけなのか何本かの酒瓶が置かれている。

いつも着ている着流しが畳まれて置かれており、その上には小さな巾着と、刀が置かれていて。巾着を手に取ると觜鬼はそれを握りしめ額に当てる。

まるで祈るかのようなその仕草は、普段のあの飄然とした態度からはかけ離れていた。


「…胸糞悪ぃ夢だ……」

「觜鬼?起きましたか?」


かたりと襖越しに声をかけられ、開けられたそこから小雪が顔をのぞかせる。


「朝からどうした」

「姫が用事があるとの事で犬神の銀狼と旅立たれましたが…觜鬼はよろしいので?」

「嗚呼…俺は組を任されたからな。どうせ彼奴の事だ、すぐ戻る。」

「そうですか…では朝餉の支度をするので、少ししたら広間に来てくださいね」

「嗚呼」


そう言って小雪は襖を閉め、足音が遠ざかって行く。

それを聞き届け、觜鬼は手に持っていた御守りに目を向け、中に入っているそれを袋越しに指で遊ぶ。

少し息を吐き、立ち上がっては置いてあった着物を長襦袢の上に着て身なりを整える。

御守りを懐に仕舞い、朝餉だけということもあって刀を部屋に置いて一度顔を洗いに庭先の井戸に向かう。

そこには美琴の旅立ちを見送っていたのか、綴里(つづり)鈴袮(すずね)もいて。

二人は此方に来た觜鬼に振り返る。


「お、若頭。起きたのか」

「お早う」

「おはようさん。相変わらず忠実(まめ)な奴らだな。大将の見送り組か?」

「まあな。」

「こういう事は、本来なら若頭のお前がすることなんだぞ。觜鬼。」

「へいへい」


飄々とした觜鬼の様子に鈴袮が腕を組み溜息を零すと綴里は「ま、それがうちの若頭らしくていいじゃねぇか鈴の旦那」と笑った。

確かに、この組の上二人の性格の釣り合いは正直いってとても合っていると言える。

女とはいえその人を惹きつける才能や人を見極める力は誰よりも高い美琴に、人を鼓舞しその実力故に先導を行く觜鬼。

真面目な美琴と不真面目な觜鬼…とまではいかないが、この性格の不一致さが絶妙に良い均衡を保っている。

喧嘩の多い二人だが、いざと言う時は頼りになるこの二人の掛け合いは見ていて心地の良いものにも感じる…夜桜の面々はそう思っていた。


「それじゃあ俺は小雪の手伝いに行くんで。」

「嗚呼」


そう言って綴里は二人に軽く手を挙げて去っていく。偶然誰かに会ったのだろう、少し誰かと楽しげに笑いながら屋敷に入っていく声が聞こえ、鈴袮は小さく笑みを浮かべた。


「…不思議なものだな。様々な種族が集まり里を創る…誰もが不可能だと思うことを彼奴はやり遂げてしまったな。」

「何時もの兄気取りか?」

「ふっ。お前からしても俺は兄の様なものじゃないのか?昔は美琴は自分の母のようだと…」

「言ってねぇよ。大体ンな昔のこと忘れた。」

「謙遜するな。美琴だってお前を家族だと思って接しているんだ。」


顔を洗いながら鈴袮の言葉を聞いていたが、觜鬼はその一言に一瞬動きを止める。

しゃがんでいた体を起こし、布で顔を拭いては鈴袮に目をやる。


「…俺は彼奴の家族じゃねぇ。」

「……難儀な性格だな、本当に」

「人のこと言えねぇだろ。お前、四神とかそこら辺に未だ不審がられてんだぞ」

「だろうな。まぁ無理もない。俺はこの組の正式な仲間ではないからな」


鈴袮は、夜桜に腰を置いている客人という立ち位置にいる。

美琴と鈴袮はこの組ができる以前…それこそ最初に仲間にした觜鬼よりも前に知り合っていて、兄と妹のようだと互いに認識している。

当時の美琴は、觜鬼や雷電(らいでん)、数人の古株の仲間たちを従え始め、彼らの安全と共存を守るべくどこかに腰を据えておく必要があった。

その時相談し様々なことを伝授したのが鈴袮だった。

膨大な知識のある彼は土地の耕し方や鍛治のやり方を仲間たちに教え、里の発展を手伝った。

だが彼は夜桜で役職を持つことはなく、傍観者を徹底している。

仲間たちからしたら同じ釜の飯を食う同胞で、刑部たちと同じくらい感謝をするべき相手。


「…そろそろ、腰据えていいんじゃねぇか?彼奴だってそれを望んでる。お前が他の連中ほどあの女に執着してねぇのは知ってるが…」

「何度も言っているが、俺は従う相手をとうの昔に決めている。慕ってくれる者達にはすまないがな」

「…例の、自分を育ててくれたっていう男のことか?」

「嗚呼」


謎に包まれている美琴と鈴袮の過去。

それは二人にとって思い出したくもない記憶らしく、特に美琴は誰一人として自分の過去を話そうとはしなかった。

しかし鈴袮は、出会って間もない頃に觜鬼に己の出生を軽く話していた。

彼は觜鬼と同じく人間として産まれ、鬼になってしまったらしい。

鬼となった彼はとある男に気に入られ、彼と共に生きることを選んだ。その男はもう亡くなっているらしいが、鈴袮は今でもその男を尊敬しているのだと言う。

そんな話を聞いた觜鬼は、自分と似た境遇の彼に親近感が湧き、鈴袮に憧れのようなものを抱いていた。


「お前がそんな尊敬するような奴、俺も会ってみたかったよ」

「…そうだな。きっとお前も気に入る男だ。

さて、俺は先に広間に行っている。それと朝酒は程々にしろよ」

「へいへい。」


そう言って鈴袮は屋敷へと戻り、少ししてから觜鬼も屋敷に戻り広間へと足を運んだ。

その日は、それまでの焼けるような日差しが嘘のような、朗らかで長閑な日だった。

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