晴天、伊予国へ参る話。(三)
嗚呼――何故自分はこんなにも無力なのか。
屍人を少しずつではあるものの斬り殺しながら顎門は考えた。
同じ人間であった觜鬼や雷電ですら、妖となり今では美琴の為にその実力を発揮している。
他の仲間たちだってそうだ。
妖であったり人である自分の力を精一杯使って美琴の為に力を注いでいるというのに、自分は妖を葬り、そして人に支配され恨むようになった。
美琴の望む世界には異質な存在であると自分でも思っている。
人を守り、妖を守る。それが自分には出来なかったのだ。
どんなに守りたくても人を傷つけ妖を消してきた自分の手は守ることが出来ないのだ。
守る――誰を。
妖――葬る対象だったのに。
人――自分を変えた憎き存在なのに。
神――認めるものか。
顎門は考え、そして迷走した。
黒く淀む。真っ黒な闇に飲まれてしまう。
そんな感情に飲まれそうになりながら、無意識に子狸たちの方へ目が向く。
そこには、気を失っている二匹に気づいたのか屍人たちが手を伸ばしていた。
それを見た瞬間、意識を飛ばしかけていた顎門の瞳孔が開く。
『お前はお前だよ――。』
真っ黒な水面に雫が一つ落ち、水面が透明に変わるように顎門の心に光が差す。
薄れる脳裏にはとある晴れた日、觜鬼や雷電たちと釣りに出かけた際に話した美琴との会話が過ぎった。
『ねぇ琴。俺はさ、人も妖も嫌いだよ。妖は滅ぼすもの…人は俺を壊したもの。そんなものをどうやって好きになれって言うのさ』
『…そうだな。お前の境遇から考えれば難しいか。…では聞こう。彼処で魚を釣って馬鹿をしている雷電たちをお前はどう思う?』
『え?うぅん…琴の言うように馬鹿だなって思うよ。あ、でも釣りだってのになんで水に浸かって手で採ってるのか理解できなくて逆に面白いかも。』
『ふふ、だろうね。でも馬鹿や面白いと思うのは、彼らに対して情があるからだ。』
『情…?愛情とか、友情とかの?』
『嗚呼。無関心なものに対して人は…いや、人と言うよりも“心”は興味を示さない。もし彼処で戯れてる彼奴らが私の知らない奴らだったら、きっと一瞥してさっさと私は帰るだろうね。だが私は彼らを仲間として、家族として認識している。だから帰らずこうして眺めて、嗚呼今日も彼奴らは馬鹿してるなと笑えるんだ』
『…それを、人や妖全員にもしろって?ちょっと強欲すぎない?』
『ははっ、強欲か。良いじゃないか。人は貪欲に生きるものだろう?お前は人であり“アギト”と私が名付けた男なんだ。
自分の欲しいもの、認めたいもの、手に入れたいもの。全てを喰らい尽くせ。
人も妖も…無理に好きになれとは言わない。お前はお前なんだ。好きなように生きるといい。』
嗚呼そうだ――。
自分は強欲なんだ。強欲であるべきなんだ。
世界を見たいと思った。
だからこの国を回り見聞を広め、様々な種族と触れ合った。
自分の想像を描きたかった。
だから行く先々で様々な絵を描き、自分の見たモノを記録した。
強くなりたかった。
大切なあの桜を守りたいと思った。
だから自分はここに居る。
大切なあの人の理想を守るため。
空っぽな自分を満たすために――。
顎門は感覚のない手に、力を入れ、刀を強く握る。噛まれた所から出血しているが気にせず、顎門は体を捻り、自分に噛み付いてる屍人たちを刀と、力の入らない手足を奮って振り払った。
特段力のない屍人たちはよろよろと顎門から離れ、そのまま顎門の刀に頭を落とされる。
「っやらせる、かよぉ…!!」
強く、強く刀を握り腕を大きく振りかぶって刀を投げる。
刃は子狸たちに腕を伸ばそうとしていた屍人に突き刺さり絶命したことを確認した。
乱れる息を整える暇もなく、顎門はそのまま力を振り絞って子狸たちの元に行き、二匹を庇うようにして立つ。
屍人に突き立てられた刀を抜き、再度自分に迫り来る屍人たちを薙ぎ倒していく。
「死、んで…たまるか…!!」
桜に誓ったのだ。俺はもう、失わせないと。
この二匹を守る。それが、今の俺の出来る最大の罪滅ぼしなんだ。
顎門の咆哮が木霊する。
《良く持ち堪えた門坊――!!》
突然複数の竜巻が巻き起こり、屍人たちが巻き上げられそのまま切り裂かれながら次々と倒れていく。
顎門はその光景に目を見開き唖然とした。しばらくして屍人たちが朽ち果てて行くのを確認すると、竜巻は落ち着き、その中から刑部、太三郎、金長が現れた。
「だ、んな…方…」
「童、生きとるのぉ、よかった!」
「豆っ子たちも無事じゃ!」
三匹は駆け寄り今にも崩れそうな顎門の体を刑部が支えた。軒下で気を失った豆蔵、豆太は怪我ひとつ無く、逆に顎門の体は屍人たちに喰われてしまい大怪我だった。
「酷い怪我じゃ…!早う手当せねば命が危ないぞな」
「わかっとる、今すぐにでも儂の神通力で少しでも…!」
「待て、小僧の体に呪詛が掛けられとる。中々に手強いぞこりゃ…」
三匹がそんな会話をしている中顎門の目線は二匹の子狸へと向けられていた。
静かに息をしている二匹を見て、顎門は安心したように表情を弛めた。
(…情…か…)
その感情を理解し、脳裏に過ぎる美琴の笑みに顎門は心を沈ませ、静かに目を閉じ意識を飛ばした。




