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夜桜物語  作者: 夕波 未晴
22/25

晴天、伊予国へ参る話。(二)


さて――と顎門(あぎと)は刀を片手に焼け焦げた家を片っ端から調べ始める。

夕陽が大分傾き、風通しが良くなった今が好機だと思い、次々と形を保った家や、逆に崩れてしまった家を一つ一つ探る。

すると狸耳を生やした小さな少年…顎門の案内役を頼まれた双子狸の兄の方、豆蔵(まめぞう)が興味津々に顎門に問いかけた。


「何か探してるんですか?」

「探してるっていうか、逆になにか無いかなと思って」

「宛もなく探してるんですか。それ、効率悪くないですか?」

「ちょっと豆太(まめた)…!すみませんあぎと様!」


ふい、と豆蔵に叱られた豆太は顔を逸らし、そんな豆太に様子に慌てる豆蔵。

此処に来る前、刑部(ぎょうぶ)から小耳に挟んだ話によると、明るく好奇心旺盛な豆蔵と、礼儀正しいのだが棘のある話し方をする豆太という、同じ母から産まれた子であるのに性格は両極端な二匹は人に化けることは出来るが中途半端にしか出来ず、豆蔵は耳、豆太は尻尾だけが残った形での変化をするそうだ。

耳と尻尾、明るそうな表情と気怠げな表情。同じ顔であっても見た目が違うため双子であるにも関わらず周りには直ぐに見分けられる兄弟。

そんな二匹に顎門はけらけらと笑いながら謝る豆蔵の頭を撫でた。


「俺は気にしてないよ。それにその不貞腐れ顔…琴に反撃食らって拗ねた觜鬼(しき)見たいで親近感あるなぁ」

「しき、様ですか?確か夜桜組の若頭様だとか…」

「僕を知らない人で例えるの、やめて貰えません?」

「こ、こら豆太!」

「っかはは!やっぱり似てるねぇ!」


腹を抱えて笑う顎門は、笑い疲れたかのように息を吐き近くの木材に腰を下ろし二匹に笑いかけた。


「觜鬼はさ、面白い奴なんだよ。ま、組の奴らみーんな面白いけど。琴への忠誠心高い癖に突っかかって、反撃食らって、拗ねて酒飲んで飲み潰れて!んでまた次の日になって挑んで。…ほーんと単細胞って彼奴の為にあるような言葉だよ」

「はぁ…」

「……酒飲んで機嫌が治るなんて、京にいた鬼の魁のようですね。」

「まぁ確かに觜鬼は酒飲みだけどさ。根は良い奴なんだよ?誰よりも琴のこと考えてるし、彼奴が若頭になったのだって全員からの推薦だったし。…実力とか、信頼があるって凄いことだよな」


深い海の色に染まった空には星が瞬き、それに目を向けながら顎門は口元に笑みを浮かべたままぼやくように呟く。

顎門の脳内には旅立つ前の、觜鬼と美琴の会話が鮮明に残っていた。

自分たちでは美琴に言っても軽く躱されるであろう言葉を、あの男は無鉄砲にも投げかけ、それが見事に彼女の心に溶け込んでいった。

自分がこうしてここに居るのも、そんな彼女の決意の表れで、自分を信頼してくれている証である。

だが…全ては觜鬼が彼女の心を支え、諌言したお陰。

右腕と言われるのも納得のいく彼の行動に、その場にいた顎門は感嘆の溜息を零すだけだった。

もしも…もしも觜鬼より自分の方が出会うのが早かったら。もしかしたら、彼女からの絶大な信頼が自分一人に注がれたかもしれない。

そう……考えてしまったのだ。

浅はかな自分の願望が脳内にちらつきながら、彼女からの命を酷く喜ぶ自分が居たのだ。

優柔不断なのはどちらなのか。


「……あなた、妖嫌いでしょう」

「ちょっと豆太…!」


豆太の言葉に顎門は少し呆気に取られるも、にこりと貼り付けた笑みを浮かべた。


「…うん。嫌いだよ。妖も、人も嫌い。」


まるで当然と言うように笑う顎門に豆蔵も豆太も顎門を静かに目を見開いた。

数年前。

まだ顎門が彼ら双子よりも少し大きいくらいの年の頃に、彼は美琴と出会った。

幼い頃から妖を見る事のできた顎門は、実の両親に妖退治を生業とする一団に売られ妖狩りをしていた。

妖を滅ぼす。

それが彼らの仕事の方針であり、それに顎門も賛同していた。

能面を被り、毎日のように強化のための術を施され並外れた身体能力を得た彼は言われるがままに妖を切り刻み、神からも否定された人形だった。

妖が見えるばっかりに、全てを失い、心すら失った彼を見つけたのが――紛れもない美琴だった。


「だから俺は人も妖も嫌い。だけど…琴や他の仲間たちはどういう訳か嫌いになれないんだよね」


再度空を見上げた顎門の空色の瞳に、星が映る。

その瞳はどこか楽しげで、心底仲間たちを大切に思っているのか先程とは違う穏やかな表情を見せた。その事に豆太も豆蔵も少し胸を撫で下ろした。


「だから俺はね、琴の為に命を張るの。そのためにも、調査頑張らないとね!」


そう言って顎門は座っていた木材から降り、腰に挿した刀の柄に触れて笑った。

自分は、美琴に救われた。

妖を滅ぼす…その言葉が染み付いた己に、妖を守るという言葉に塗り替えてくれた。

今まで見たことの無い鮮やかな世界を美琴は見せてくれた。

そんな彼女への恩返し、そして散らした魂への弔いとして自分は夜桜で刀を振るうのだ。

壊すためではなく、守るために。

だというのに、顎門の心は少し澱んでいて。

自分の空っぽな心は未だ満たされずにいた。

そんなことを考えながら調査は出来ないなと、少し頭を振りまた崩れた家を探そうとする。

瞬間――空気が変わる。

何も無いはずのその土地に禍々しい邪気が立ちこむと、真っ黒な霧が周りを包む。

二匹の狸の毛が逆立つと同時に、顎門は戦闘態勢に入り腰を低くして構えた。


(何だ…急に空気が変わった?でも気配に敏感なこの俺が何も気づかなかった…?)

「ぁ、ぎと…さま…」

「…二人とも、そこの軒下に隠れてな」


刀の鯉口を切りながら辺りを警戒して睨む顎門。すると何処からともなく暗い闇の声が聞こえてきた。


《ィたい…たい、よ》

《た…けて…たす…ケ…》


突然聞こえる怨念の声。それも複数。

明らかに異常事態だと察する顎門の視界に、突如霧の中からゆっくりと此方に歩み寄る人影があった。

目の前に現れたのはボロ布に身を包んだ、まるで浮浪者のような痩せ細り、肌は爛れ、見えている肌は所々骨が剥き出しになった若い男だった。

だが、彼の瞳には正気が宿っておらず、虚ろに濁っている。

顎門はその姿を見た途端に嫌なものを感じ取り、警戒しながら刀の柄を強く握る。


「ッ!!」


その男の足元の土が盛り上がり、そこから周りの土から人型の何かが這い出てくる。

男と同じように肌は爛れ、骨が見えた様子の彼らはまるで火に炙られたかのように衣類は焦げており、微かに肉の腐った臭いと焦げの臭いが鼻についた。

言わばそれは屍人(しびと)のようで、そんな化け物が無数に現れ顎門達にぎょろりと目を向ける。


《ァ…っ、い………》

《こアい…ょ…》

《タスケテ》

《ぉネ、がイ……シま……》


次々と現れる異形の者達に豆蔵と豆太は恐怖し、互いの体を抱き締めながら思わずその場でへたり込んでしまう。

だが顎門だけは臆することなく前に出ると、刀を鞘から抜き放ち構える。

その切っ先を向けられてもなお、屍人たちは怯まずに顎門へと手を伸ばす。

しかし顎門はそれを許さず、容赦なく彼らを切り捨てる。

斬る度に断末魔を上げながら倒れていく屍人。

だが、次々と現れる敵に顎門は舌打ちを零す。

かつて自分が葬った妖たちの命乞いと、それらの嘆きが重なり胸糞悪さがせり上がってくる。そんな感情を必死に押し殺し、彼はただひたすらに刀を振り続けた。

すると、霧の奥に彼らとはまた違う存在が居ることに気づいたのか、顎門はその存在を一瞬目で捉え、地面に刺さっていた木材を片手で掴みその方向へと投げた。


「おっと、危ねぇな。これだけの数を相手によくそんな力残っているな…人間の癖に化け物地味てて反吐が出る。」

「…あ?誰だお前」


顎門の空色の瞳が鈍く光る。

霧の先にいた相手は、若い男の声で話し、くつくつと喉で笑いながら胸前で印を結んでいる。

それはまるで、妖を滅する為に用いられているあの術のようで。

それに気がついた顎門は一瞬息を飲むも襲いかかってくる敵を薙ぎ倒し男に向かって走り出した。そんな彼に気づいたのか、霧の向こうにいる男が何か術を唱えた。

ドクン、 顎門の心臓が大きく跳ね上がる。

すると視界が霞み出し、走っていた足が動かなくなる。

脳裏に響くその術の言霊に、顎門の表情が歪む。


(……なんだこれ…)


ふらりとよろめきそうになる足に力を込め、なんとか堪える。

敵は次から次に湧いて出てきており、休む暇もない。

そのことに苛立ちを覚えながらも顎門は迫り来る敵を斬り伏せていた。

しかし確実にその動きは鈍り、まるで自分の体が自分のものの様に感じなくなる。

刀を握り直し、斬りながら辺りを見回すと、後ろに隠れていた豆蔵と豆太は耐えきれずその場に倒れ込んでいた。

二人にも影響が出ていると分かった顎門はすぐにでも霧の中の男を何とかしなければと思い、相手に向かって攻撃しようとしたがそれを阻むように男がまた術を唱える。


(……な、んだ?この感覚は……体が動かない……?)


顎門は先程よりも全身に力が入らないことに気づく。

それどころか、視界は歪みだし、意識すら薄れていくような気がした。


(嗚呼…不味い、意識が……)

《た、…けテェ…》

(うるせぇな…助けろ助けろって…俺は…人を救うような人間じゃねぇって、の…)


片膝を付きながら霞む視界のまま自分に群がる屍人たちを刺すも、その腕に屍人が噛み付いた。

肉を喰らわんとするその歯は刃のように鋭く、見るからに血が流れ激痛が走るような怪我であるのにも関わらず痛みを感じなかった。


「痛くねぇだろう。痛みなく自分が喰われるのはどうだ人間。」


相変わらずくつくつと笑う男は自分は嘲笑いながら背を向けた。


「精々屍人共に魂事喰われてしまえ。」


そう言ってその男は闇へ溶けて行った。

顎門は自身に齧り付こうとする屍人たちを斬りながらも段々力が抜けていくことに苛立つも、その感情すら消えていくような気がした。


「く…そが…」


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