始まりの話。
第一話。
ある桜が舞う、澄んだ青空の日のことだった。
美琴は己の右腕である男と集落を荒らす妖怪の捕獲に向かっていた。
なんでも、どこからともなくやって来たその妖は、人々が育てた田畑を荒らして逃げ回っているらしい。
せっかく育てた野菜や果物を取られ、助けて欲しいと相談してきた住人の顔を思い浮かべた彼女は、このままでは大切な彼らの生活が壊れてしまうと思い、大将自ら足を運んできたというのだ。
黒い髪を靡かせて、情報にあった畑を回り妖が一度逃げ込んだ荒家に向かった。
ここら一帯の家々がそれぞれで育てた野菜を保管したり、漬物にしたりする為に使われている小さなそこは、確かに最近付けられた爪痕などが綺麗に残っている。
「この大きさだとそこまででかくねぇな。鼬とかなんじゃねぇの?」
荒家の壁に付けられた爪痕を撫でながら怪訝そうに美琴に目を見やるのは、彼女の右腕であり、若頭の赤鬼の觜鬼だった。
紅葉のような茜色の少し伸びた髪に、紅色の瞳。
右手に持つ刀は所謂太刀というもので、美琴と頭一個分以上差のある彼の身長に合う大きさをしている。
彼は美琴とは相棒同士で、互いにとても強い信頼を置いているのだが…。
「相変わらず単細胞なのは変わらないな。」
「あ?」
「よく触ってみろ。妖気の残穢が残ってる。それぐらい見ただけで分かるようにならないと、この先大変だぞ。」
「ちっ…上から目線なのは変わらねぇな。美琴さんよぉ?」
「無駄口を叩く暇があったら新たな被害になる前に探せ馬鹿」
この二人…戦闘面では頼れる二人なのだが、喧嘩ばかりしてしまう欠点があった。
確かに觜鬼は美琴を大将として、己の道標として尊敬もしているし敬愛している。
自分の命は美琴の為にあり、美琴の為に死ぬ覚悟すらある。
美琴自身も觜鬼に対して己の右腕という地位を与え傍に置いておくほどには彼を信頼している。
己が初めて認め、共に連れていきたいと思った初めての仲間である彼は、美琴にしたら少し特別な存在だろう。
だが互いに特別な存在であるが、何かが気に入らず、よくこうして口喧嘩のようなことをしてしまう。内容も子供の喧嘩のようなものが多々ある始末だ。
しかも、よくこうして人目も気にせず喧嘩をしているせいか、集落――桜山での名物のようになってしまっている。
また、二人が喧嘩をするほど仲がいいことも事実なため、二人の当たり前にやっている喧嘩が集落の者たちの日常となっている。
現にこうして妖を探しながら喧嘩をしている二人を見て畑作業をしている桜山の者たちは皆、安心したような表情で笑っている。
「この二人がいるなら大丈夫だ」という、安心感。言わば平和の象徴が、彼らなのだ。
「こんな所で喧嘩してんじゃねぇよ」
二人が密かに睨み合っていると、溜息混じりに二人に声かける男。
菜の花色の少し長い髪を流し、後ろ髪を半分縛った顔の綺麗な彼は美琴の良き友人であり、夜桜の一人である。
觜鬼とは腐れ縁のような相手であり、時折こうして二人の喧嘩の仲裁役になっている。
名を、雷電と言う。
「お前らが此処で馬鹿やってる間に、顎門と鈴袮が妖の捕獲に駆け回ってんだぞ」
「なんだもう見つけたのか。流石早いな。お前と違って」
「喧嘩なら買うぞ」
「これだから短気は困る」
「てめぇ…」
「嗚呼もういいから行くぞ!」
密かに、が表立って喧嘩を始める彼らに雷電は軽く怒気の孕んだ声をかけて引き摺るようにして名前の出ていた二人の元に向かう。
二人――顎門は夜桜で生活している人間であり、黒髪と空色の瞳が特徴的の人懐っこい青年。美琴の良き相談相手としてよく一緒にいることが多く、美琴のことを『琴』と呼び慕っている者の一人だ。
鈴袮は美琴が組を作るよりも以前からの仲であり、彼女の兄のような存在。黒く長い髪に、黒い眼球に赤い瞳と、異様の姿をしているが、美琴曰く心は誰よりも優しいらしい。
今その二人が妖を捕らえるため奮闘していると聞き、違う場所で探索していた美琴と觜鬼を呼びに雷電が来たということだった。
觜鬼、雷電、顎門、鈴袮。
この四人は夜桜の中でも軍を抜くほど、美琴への忠誠心が強く、美琴の護衛として傍に仕えている。
とはいうものの、彼らの関係性はまるで友人のようで。上下関係を示すことはそうそうない。
觜鬼に至っては、尊敬しているはずの美琴に対して罵詈雑言を投げかけ、それを美琴にやり返しされるという、なんとも子供のような会話を繰り広げることが多い。仲がいいのか悪いのか。
こうして移動している途中でも二人の喧嘩は止まず、雷電は溜息を吐きながら移動した。
荒家から少し離れた畑の周りを、住人たちが囲み不安そうにしているのが見えてきた頃に美琴と觜鬼の喧嘩は収まった。
彼らが見ている視線の先には時折土埃が舞っていて。
「美琴さまだ!」
「美琴さまがいらっしゃったぞ!」
「これで一安心だな!」
美琴たちに気づいた住人たちは安堵の表情と共に喜びの笑みを浮かべた。
口々に安心したような声が聞こえる中、美琴はその畑の持ち主に軽く謝罪し、真っ直ぐと畑へ足を踏み入れる。
そこには、名前の出ていた顎門と鈴袮が泥まみれになりながら一匹の動物と対峙していた。
短髪の顎門は兎も角、長い髪を束ねている鈴袮は鬱陶しそうに頬に当たる髪を後ろにやりながら、それから目を離さないようにした。
それは、しなやかで細長い体躯に、鼻が通った顔には丸い小さな耳がある…見るからに鼬であるその動物の尾の部分には鋭い刃が付いている。
鼬――基、鎌鼬と呼ばれるそれは顎門と鈴袮に対して四本足で立ち、身を低くし警戒心剥き出しに低い喉の音を鳴らして威嚇している。
よくよく見てみると、後ろ足を怪我しているからか、興奮状態のまま睨んでいるようだった。
いつ飛びかかって来るか分からない鎌鼬に、見ていた者たちに緊張が走る。
「やっぱり鼬じゃねぇか。鼻から否定しやがって」
「あれは鎌鼬だ。お前が言っていたのはただの鼬だろ」
「鼬が化けたのが鎌鼬なら鼬も鎌鼬も同じだ。」
「言い訳か?見苦しい」
「てめぇこそ見苦しいんだよ。自分が全部合ってるみてぇな言い方しやがって」
二人を除いて――。
「君ら仕事する気ある!?」
「下らねぇ会話してるぐらいだったらさっさと退治しろ馬鹿二人!!」
顎門と雷電に怒号を飛ばされ、二人は互いを一瞥し溜息を漏らし、渋々行動に移す。
觜鬼が持ってきていた刀を鞘に入れたまま肩に乗せ、とんとんとん、と肩を軽く三回叩く。
それを合図に美琴が鎌鼬を刺激しないよう、静かに周りにいた住人たちに下がるよう声をかける。
鎌鼬が突然現れた觜鬼に対し更に威嚇するように唸り声を上げ、顎門と鈴袮から意識が觜鬼に向くと、二人はゆっくりと鎌鼬を囲むように鎌鼬の背後へ移動し始めた。
三人は鎌鼬を中心に囲み、合図を待つ。
住人の身の安全を確保したことを確認した美琴は静かに觜鬼の背中を見つめる。
すると、それを感じた觜鬼は再度刀で肩を叩く。
刹那―――。
「おりゃ!」
「っ、觜鬼!」
顎門と鈴袮が同時に鎌鼬へと飛びかかる。
すると突然のことに鎌鼬は驚き甲高い鳴き声とともに觜鬼の方へと飛び上がった。
すかさずそれを見逃さなかった觜鬼は肩に置いていた刀を――勿論鞘に入れたまま――右下から左上へと切り上げ、鼬が鞘にあたり後方にいる美琴の方へと飛ばされる。
「行ったぞ」
「言われなくても分かってる」
飛ばされた鎌鼬が空中に投げ出されながら美琴を見る。鎌鼬は美琴を敵と認識し、柔らかな体を空中で回転させ尾にある刃で美琴に攻撃しようとした…。
「やらさねぇよ。――縛」
ふわりと横に避けた美琴の背後で控えていた雷電が、右手の人差し指と中指を立て印を結び一言呟く。すると空中で円を描いていた鎌鼬の体が石のようになり、そのまま勢いを殺し美琴たちの足元へ落下した。そのまま固まった鎌鼬の尾を掴み、鎌鼬の体がしっかり動かないことを美琴が確認する。
「ふむ…やはりこういうのは雷電が適任だな。
《己に敵意ある物を拘束する術》か…。面白い陰陽術だな」
「つっても、今の俺じゃあこの程度の妖相手にしか出来ねぇけどな。觜鬼とか鈴袮みてぇなの捕まえられるようにならねぇと。」
印を結んでいた手を握りしめ己を鼓舞するように呟く雷電に、美琴は笑みを浮かべた。
すると離れた場所から見ていた住人たちが五人に感謝の言葉を投げかけた。
「ありがとなぁ美琴さま!」
「觜鬼の兄ちゃん相変わらず男前だったねぇ」
「顎門さんに鈴袮さん、早く風呂に入んなさいよぉ!」
「雷電さん、これお礼の漬物。皆で食べてな!」
わらわらと集まり笑顔を見せる住人たちに、五人は顔を合わせて笑顔を浮かべて彼らに顔を向ける。
そして美琴の言葉が住人たちの心の支えとなるよう、彼女は言葉を投げかける。
「また何かあれば我々に任せてくれ。」
彼らを安心させるように、美琴はいつものように笑みを浮かべた。それは春の日差しの如く、柔らかなものだった。
ここは、桜山。
妖と人と神が共存し、桜に護られている土地。
その土地を護るのが、彼らの架け橋になろうと、蔑まれた者たちに手を差し伸べ居場所与える存在。
それが――
「夜桜組は、何時でもお前たちの力になろう」
任侠一家夜桜組総大将――夜桜美琴の物語。




