北からの訪問者の話。(一)
第十二話。
夏某日。じりじりと肌を焼き付けるほどの暑い陽射しが桜山を包みはじめたとある日の夕刻。
山々に囲まれたこの土地には不思議な力があり、季節問わず桜が咲き誇っているのは言わずもがな。
しかし、桜に守られたこの土地であろうとも自然界の神である太陽には抗えず、その煌々と輝き暑さを招くそれには勝てはしない。
桜屋敷の縁側。
夏らしい空色の絽を着て、桜が描かれた一本軸の玉簪で団子にした涼し気な格好で美琴は何処からともなく聞こえてくる風鈴の音に耳を傾けていた。
団子に纏め切れなかったのか、背中あたりに毛先が流されており、日が落ち始めていてもまだ温い風に微かに揺れる。
彼女の膝横には麦茶の入った硝子の湯呑みが置かれている。
珍しく正座で座っておらず、細いその足を庭へと投げ出し着物の中に風が入りやすくしているのか少しゆらゆらと揺れている。
すると、とたとたという足音に、カラリと音を立てて氷が泳ぐ。
目を閉じ自然の音に聞き入っていた美琴は静かに目を開け現実世界へと引き戻される。足音のした方を見ると扇子を片手に暑そうに眉を寄せた雷電が歩いてきた。
「雷電…」
「よう。随分と涼し気だな」
「暑さには強い方でね。そういうお前は部屋で札作ってたんじゃないのか?」
「夕方になるってのにまだ暑いからな。部屋で札作りも滅入っちまうよ」
そう言って美琴の隣に座り、扇子で陽射しを隠しながら太陽を見上げる雷電。
太陽は傾き始めていても相変わらず空に浮かび、彼らを照りつけている。
美琴はそんな雷電に少し憂いを秘めた目線を送るも、雷電と目が合うと何時もの柔らかな笑みを浮かべた。
「ふふ、まぁ身体資本の役職だからな。無理せず続けてくれ」
「おう」
少し照れたように笑いながら頷く雷電に、美琴は満足そうに笑うと乾いた喉を潤すために麦茶に口をつける。
冷たい麦茶が喉を通って身体の内部から冷やしてくれる。その心地良さに喉が潤った美琴は小さく息を吐き一時のその涼しさを堪能する。
「あ、美琴さまいた!!」
「みことさまぁ!」
「おや、お前たち。遊んでいたんじゃなかったのか?」
小さな妖たちが縁側に座る美琴に駆け寄り、腰あたりに数人が抱きつく。
暑さをものともせず優しく彼らの頭を撫でながら美琴が問いかけると、
「遊んでるよ!でもね、美琴さまがお暇だったら誘いたいなってみんなではなしてたの!」
「ふふふ、そうかそうか。夕餉まで少し一緒に遊ぼうか」
「やったぁ!」
「雷電、お前もどうだ?」
「あー、俺は良いや。そこら辺で暇そうな奴適当に誘っとくよ」
「ほんと?ありがとう雷兄!」
「みことさま、行こう!今ね皆で鬼遊びしてたんだ!」
立ち上がり、草履を履いた美琴の手を握り彼らが遊んでいたという裏庭に案内される。
この組には幼い妖たちが多くいるため、その子たちが伸び伸びと遊べるよう美琴が配慮した庭の設計となっている。
とは言うもの、幼いからと言って普通の人間の子どもとして扱うよりも、妖の子、人と妖の子等々、自身の生まれの境遇に合わせた対応の仕方が正直言って好ましい。
いつか、彼らが妖の道、人の道を自身で選ぶ選択肢を増やすため、彼らには見聞を広げて欲しい。
美琴にはそんな密かな願いがあった。
さて、美琴が裏庭に着くと、何やら子どもたち数人が庭にある池の一部に輪になって何かを見ていた。
その後ろには子どもたちと一緒にその何かを覗く綴里と觜鬼の姿があった。
「?何かあったのか?」
「お嬢…いや、童たちが変なもん見つけてな」
「変なもの?」
「此奴だよ」
そう言って觜鬼はそれを片手で掴み美琴に見せた。
子どもたちは「乱暴にしないでね觜鬼!」「雑な持ち方反対!」と觜鬼に抗議しているが觜鬼は「へいへい」と呆れた様子で持ち方を変えずにいた。
觜鬼に持ち上げられたそれは、見慣れない装束を身にまとい、まるで日傘のように大きな蕗を持っている三寸五分(約十センチメートル)程の老人の姿をしていた。
おろおろとした様子で周りを見渡し、美琴と目が合うと慌てたように觜鬼の手から逃れようと少し暴れる。
「……小人…のようだが見慣れない格好だな。」
首を傾げながら暴れているそれを見つめていると、小人と言われたことに気づいたのかそれはぴたりと動きを止めて
「…小人でない。コロポックルのコロコニと言う者だ」
と、少しか細く呟いた。
コロポックル。蝦夷と言われる大陸の先住民たちに伝えられている妖精の一種。
その地方の言葉で“蕗の下にいる小人”という意味で伝えられており、蕗を抱えて現れたその小人――コロコニは緊張した面持ちで美琴を見上げている。
「…コロコニ、と言ったな。何故此処に?」
「クアニ…私は、厄災を免れるため、海に行った。行ったら嵐巻き込まれて、この蕗で助かった。そのまま海から川へ流されてしまって、この土地、来てしまった。」
曰く北の大地に危機が訪れ海へと出たが、運悪く嵐が来てコロコニは巻き込まれてしまい、持っていた蕗で何とか生きてはいたが、小さい体なためそのまま川へと流され、この桜山に流れる川に辿り着いてしまったらしい。
所々に彼らの土地の言葉だろうか。聞き慣れない語句が出るが美琴は何とか彼の言葉を汲み取り、「厄災だと?」と自分の手に立たせたコロコニの言葉に頷いた。
「蝦夷で何かあったのか?」
「……分からない。ただ、大地が嘆いていた。クアニ…私は、仲間絶やさず。そのため、逃げた。」
そう言いながら俯くコロコニに、美琴は彼の頭上に手を置くと、何時もの優しい笑みを浮かべた。
「…そうか。長旅ご苦労だったな。暫くこの土地に居るといい。お前の仲間たちも、もしかしたら流れ着くかもしれないしな。落ち着いたら共に、蝦夷に行こう。」
「!いいのか?」
「ああ。私も君たちの文化に興味がある。良かったら色々と教えてくれないか?」
「……分かった。イヤイライケレ」
ぺこりと丁寧にお辞儀をするコロコニの頭を優しく撫でながら、美琴は「任せろ」と微笑んだ。
そんな二人のやりとりを見ていた子どもたちは、自分たちも話に入りたいのかそわそわし始め、それに気付いた美琴は
「よし。うちの組を子どもたちに案内してもらえ。この子たちならこの組のいい所を色々教えてくれるからな。お前たちに任せてもいいか?」
「!うん!コロコニ、だっけ。行こ!」
「綴里、ついて行ってやれ」
「了解。」
子どもたちの中でも少し大きな背格好をした天狗の子がコロコニを肩に乗せて組を案内しに小さな子達と綴里は和気藹々と屋敷に入っていくのを見届ける。




