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夜桜物語  作者: 夕波 未晴
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恋は落雷の如くの話。(一)

第十一話。


空が泣き始める季節。

夏の始まりを感じさせる埃臭さが雨によって地面に叩き付けられ、埃に混じった湿った匂いが鼻に触れる。

しとしとと雨が屋敷の桜に当たり、雨と花弁が優しく寄り添う音が聞こえてくる。


「…雨、か」


自室で静かに茶を啜りながら静かに本を読んでいた美琴は少しの肌寒さを感じ、襖を開けて庭を見ると雨が降っていることに気づいた。

手入れされた庭には季節折々の花が咲きほこる。今の時期、桜とともに庭を彩るのは青と紫、桃色に花開く紫陽花。

土によって花の色が変わるとされる紫陽花だが、こちらもこの土地の気に当てられたのか色が様々となっている。


「ほんと、この組は何を見てて飽きないね。」


どこからとも無くやって来ては美琴の考えをまるで見透かしたように紫陽花を横で眺め始める顎門(あぎと)


「飽きるなんてこと、一生ないだろうな」

「ははっ、言えてる」


楽しそうな表情で頭の後ろで腕を組み笑う顎門に、美琴は曇り空から射し込む晴天を連想させ、彼の暖かな笑みに先程まで冷えていた体が暖かくなるような気がした。

ふと、屋敷で一番大きな部屋である大広間から大きな笑い声が響く。

それは、今日も変わらず始まる日常の一つで。楽しげな声に顎門も美琴も小さく笑う。


「また誰かが馬鹿やったのかな」

「ふふ、かもな。見に行くか?」

「だね。」


二人は仲良く肩を並べて広間に向かった。近づくに連れて響く笑い声に顎門は何か面白いことでも起きているのだと察して美琴の隣から少し駆け出し閉じられた障子を開ける。


「いやぁ本当に今日はいい天気だな!!」


真昼間にも関わらず酒の入った杯を畳に置き、豪快に胡座を描き手を広げ陽気に笑う男と静かに酒を口に運ぶ男。

この組に普段居ないはずの存在が居て美琴と顎門は目を見張る。

何故こんな所に、そう思う前に寡黙そうな男と目が合い彼は美琴たちに向かって手を挙げる


「久しいな嬢ちゃん」


男は見た目からは想像出来ない程の低く渋い声で笑うと隣の陽気な男にもしっかりと挨拶しろと促した。


「おぉ嬢ちゃんじゃねぇか!相変わらず今日も美人だなぁ!」

「兄者そうではない。」

「…久しぶりですね、風神、雷神殿方」


挨拶をしながら二人を囲むようにして酒を飲んでいた仲間たちの間を通り抜け二人の前に座り軽く頭を下げる。

風神、雷神――彼らは天候を操る存在であはあるが神ではない。かといって妖でもない。神でも妖でも言えぬ彼らは、自然そのものの化身であり四神(しじん)と同じくこの桜山の天候を司っている。

彼らの姿形は人とあまり変わらないものの頭には大きなツノが生えており人間とはかけ離れた特徴をしている。


「おう!それでどうだい最近は?楽しいかい」


風神の問いに静かに美琴は微笑むと、彼女はこう答えた


「えぇ、勿論ですよ」

「そうかいそうかい!」

「…それで、どうして貴方方が此処に?」


美琴の疑問に対して雷神は愉快そうに笑う風神を一瞥し美琴の方を見て頬を掻きながら困ったように眉を下げる。


「まぁそのなんだ……色々とあってよ」


歯切れの悪い返答に美琴は首を傾げる。

いつもはもっとはっきりと物事を言う彼だが今回は珍しく言葉を選んでいるようだった。

そんな彼に気づき痺れを切らしたのか隣に座っていた風神は


「弟よ、何をそんなに躊躇っておる!はっきりと申してやれ!」

「兄者よ。そもそもこれは(われ)の問題で、(なれ)が勝手に着いてきたことじゃねぇか」

「細かいことは気にするな!」

「…風神殿は相変わらずですね。それで雷神殿。如何なされたので?」

「実は……」


雷神は言葉を紡ごうと口を開くも、直ぐにそれを飲み込み、まるで言葉を選ぶようにして目を泳がせ、また口を開き、閉じを数回繰り返す。

ここまで歯切れの悪い雷神を初めて見た美琴は不思議に思いながら彼を見つめると、視線に気づいたのかゆっくりと顔を上げ美琴を見る。


「……あの、だな」

「はい」

「あー……その」

「どうかされましたか」

「……」


少しずつ雷神の顔が火照り始めたのに気づいた美琴は更に首を傾げる。

すると雷神は意を決したような表情で一度息を吐き、美琴に目を向けた。


「…こっ、この里に居るやもしれん女子に心を寄せてしまってな…」

「……は?」


美琴の素っ頓狂な声が大広間に響き渡り辺りにいた全員が一斉に彼を見た。当の本人はというと顔を真っ赤にして俯いている。


「それは、その…」

「所謂恋愛相談というやつじゃ!」

「兄者は黙ってろ!」

「はぁ…」


美琴は困惑した。まさか自分にそのような話を振られると思っていなかったのだろう。しかし目の前にいるこの男は紛れもなく真剣な眼差しをしており、嘘ではないことが伺える。


「その…経緯をと言いますか、何故そのようなことに…?」


雷神は小さく唸ると美琴の前に座り直し目を伏せて語り始めた。

事の発端は数ヶ月前のこと。

神のようで、妖のような彼らは神の住む高天原(たかまがはら)へと行くことが出来ず、桜山に住み着いているため時折山で自然を愛でることを趣味としていた。

その趣味の一環として雷神が兄の風神に連れられて桜山にも流れている川の上流に魚釣りに出かけた時に、雷神はその女子に出会ったと言う。

時刻は夕刻であったためか辺り一面が茜色に染まっており、川の流れに沿って吹く風が心地よく、川の音だけが響く中、彼女は一人そこに佇んでいたらしい。

暗がりでよく見えてはいなかったが、その女子は背中までの髪を結い、魚を入れていたであろう籠をもっていた。彼女は彼らを視界に入れた途端身軽なその体躯で山を駆け下りて行ったと言う。

その軽やかな動きやしなやかな髪の靡きに、雷神は心を射止められてしまった。それからというもの彼は暇さえあれば彼女の姿を一目見るために足繁く通ったのだが一向に彼女に会うことが出来なかったそうだ。


「……それで、私に相談を?」

「うむ……。吾一人ではどうすれば良いかわからず、それで汝ならば何か助言をくれるのではないかと、そう思ってな……」


そう言って雷神は恥ずかしそうに頬を掻いた。

美琴は少し考える仕草をして、ふと横を見ると顎門がにまにまとした笑みを浮かべていることに気づき眉を潜める。


(こいつ絶対面白がっているな…)


顎門の様子に溜息を吐きながら美琴は雷神からのその相談に酷く頭を悩ませた。

正直なところ彼女自身もこのような経験は初めてであり、どのように答えたらいいのか分からなかったのだ。


「…その、女子はこの桜山に向かって行ったのですよね?」

「…嗚呼」

「でしたら、うちの顎門を貸しますので少し里を歩かれては?」

「…ぅえ、俺!?」

「どうせ暇を持て余してただろう。如何です?」

「うむ…そうだな。誰か分からぬ以上何も出来ねぇからな。よし、童案内頼むぞ」

「えぇ…そこは大将が行ってよ…」

「客人を饗すのは私よりお前の方が適任だろ?」

「……はいはい、分かりましたぁ。行きます行けばいいんでしょう?はぁ…全く人使い荒いなあ……」


ぶつくさ文句を言いながら先に部屋を出ていく顎門の背を見送ると、雷神が「かたじけない」と頭を下げてきた。


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