お喋り烏の話。(二)
もう、烏天狗は昔から本当に人騒がせなんだから。
そう何処か不服そうに飛び立った烏天狗の羽を拾いながら光月が呟く。
あの後、冗談で不安にさせてしまった小妖怪たちに本当なのか嘘なのか分からない噂話で盛り上げ、夕刻に近づいた頃に自分の住処へと戻って行った烏天狗。
「烏は朝焼けと共に現れ、闇に溶けるものだ。儂ら烏は醜き鷹とは違い、太陽ではなく月に焼かれるのよ。」
そう言って相変わらず笑いを零しながら美琴の頭を数回撫でて飛び去った。
彼の飛んだ後には数枚の烏の羽が落ちていて。烏の羽は古くから魔除にもなり、彼自身が夜桜組を尊く思っているからなのか、毎度こうして飛び立つ度に羽を落としていく。妖に魔除なんて馬鹿げてると、最初の頃雷電や鈴袮は呆れた様子ではいたが、今ではその羽を加工して小妖怪たちのお守りを作っているのだから彼らも相当丸くなったと言える。
「光月、その羽を後で雷電たちに渡してくれ。私は少し部屋に戻る」
「わかった。夕餉時になったら声かけるね」
軽く頭を下げて烏天狗の羽を持って小妖怪たちと共に雷電の元へと向かう光月の背を見送り、美琴は自室に戻っていく。
*
静かに襖を閉め部屋に目をやるとそこには彼女がいつも座っている座椅子に向き合うように胡座をかき、彼女を待っていたであろう觜鬼がいた。
何も言わず美琴は座椅子に座り一息吐き、頬杖を解き話す体制になった觜鬼に問いかけた。
「烏の話、どう思う。」
「……。ここ最近やけに妖共がザワついてる感じはしてたが、爺さんだけじゃなく鳥野郎まで面倒事に巻き込まれてるっつうことは、何かが起こる予兆かもしれねぇな。」
腕を組み事の重大さに少し眉を寄せた觜鬼に美琴は小さく頷く。
「嗚呼、私も同じ意見だ。だが何よりも私が気になるのは…」
「烏の野郎が言ってた『陰陽師』のことか」
陰陽師――古来より占星術を基盤にした陰陽術を用いて妖退治を行いながら天皇に仕え、人々を守ってきた人間たちのこと。夜桜組にいる雷電はその末裔になるため、陰陽師については彼らも少し知識がある。だが妖にとっての天敵であり、今では衰退し始めているその一族の名を妖である烏天狗が口にするということは、少なからずその陰陽師が今回の件に関わっているのではないか…美琴はそう考えた。
だが前述でも述べた通り、陰陽師は衰退の一途を辿っている。人間の頃の雷電のように跡継ぎが居たとしても、仕事がなければ彼らはただの人間となり、力がなければ陰陽師として破滅を迎えてしまう。
今の時代妖は昔以上に日陰へと追いやられてしまい陰陽師の仕事も無くなってきている。
確かに刑部の件で使われた式神は陰陽師の術で使われるモノだが、人に危害を加えるようなことを陰陽師はしないはず。
陰陽師がこの件の鍵になる可能性はあるものの、まだはっきりしたことは分からない。
「何かあるというのはわかるが…それが陰陽師によるものなのかどうかも分からないことにはどうすることも出来ないな」
「だな。」
「…しかし、まさか烏の住処までもが滅ぶとはな」
「……烏野郎のことより今はお前のことだろ。」
「…と、言うと?」
「しら切ってんじゃねぇよ。何時もみてぇに振舞ってやがるが、内心は不安で仕方ねぇって目だ」
まるで見透かしたような口振りで美琴を見つめる觜鬼は目を細める。
彼の発言に少し肩を竦めて小さく笑うと小さく彼女は頷いた。
普段から喧嘩ばかりする二人ではあるが、流石は総大将と若頭…相棒同士と言ったところだろう。觜鬼は美琴のことを誰よりも理解し、彼女の考えを時折こうして見透かしては彼女の本音を当ててしまう。
「正直に言えば、不安しかないよ。」
美琴は膝の上で指を絡め、俯きながら話し始めた。
「現状、小さな火種が燃えているだけのようだが、このままではいずれこの山を、私たちの夜桜組を滅ぼすほどの大きな炎になるのではないか、と少し…恐ろしくも思う。」
「…らしくねぇな。」
「自分でも思うよ。…だが、刑部や烏を見ていて思ったんだ。」
自分を信じてくれていた者たちが。大切な家族たちが。自分たちの居場所が。気づいた時にはもう遅く、その姿を消し二度と手には戻らない恐怖が二人の瞳の奥にはあった。それに気づいた美琴は、もし自分がその立場だったら――と、想像してしまったのだ。
最愛の家族を失うことが、何よりも恐ろしい。
「…知っての通り、本当の私は弱い。とても弱いんだ。だからこそ…怖いんだよ」
お前たちを失うことが―――。
美琴の呟きが、まるで指し始めた夕陽に溶けていくようにか細く消えていく。悲しげに歪む彼女の表情を見て、觜鬼は己すら知らない彼女の過去に心の中で舌打ちをした。
鈴袮曰く彼女はこの組の誰よりも仲間を愛し、そして失うことを酷く恐れている。過去の出来事が原因らしいが、それを知る美琴も鈴袮も、それを誰かに話そうとはしない。
(俺たちの過去に勝手に触れて、連れ回して仲間にした癖に…自分の過去には触れさせたくねぇって事かよ…胸糞悪ぃ)
何故こうにも胸が締め付けられるのか。
何故、こんなにも苦しい気持ちになるのか。
それは觜鬼には分からなかった。
ただ、何故か無性に腹立たしいと思った。
だが今こうして腹立たしく思っていても仕方ないと割り切り、觜鬼は面倒くさそうに頭をがしがしとかいた。
「…はっ。天下の夜桜組総大将が聞いて呆れんな。つか、肝座りまくってるてめぇが恐怖してる顔か。見物だな」
「お前…年々性格が悪くなってるな」
「てめぇだけには言われたかねぇよ」
「……はぁ」
美琴の自室で向かい合い座る二人は互いに睨み合う…いつも通りの空気に戻った。
美琴の話を聞いていたはずなのに突然口を開いたかと思えば、美琴の悩みを一蹴するように鼻で笑い挑発してきた彼に、美琴は思わず眉間に皺を寄せ睨むも、いつもと変わらない軽口に何処か安心感を覚えている自分に気がつく。
先程まで少し暗くなっていた気持ちが落ち着いたのか背もたれに深く腰かけ息を吐く。
すると、そんな美琴を見た彼は再び口を開く。
今度は真剣な眼差しで。
彼の雰囲気が変わったことに気がつき、美琴は彼の方へ向き直った。
彼もまた、美琴を見つめる。
互いの視線が交われば、彼がゆっくりと口を開き始めた。
「いいか、よく聞け。俺達は人間とは違う。だからといってそこら辺の妖共とも違う。
――俺たちは『夜桜組』だ。お前の信念に基づいて集った馬鹿な集団だ。
そう簡単にくたばるかよ。」
「……ふっ」
「おい、何笑ってやがる」
觜鬼の言葉に唖然としていた美琴が肩を竦めて少し笑うと、眉を寄せ怪訝そうに睨む。
「いやすまない。まさかお前から励まされるとは思ってなくてね」
「あ?励ましてなんかいねぇよ」
「嗚呼そうだな。…ただ、嬉しかっただけだよ」
目を伏せて彼の言葉を噛み締める美琴の表情は、先程までの恐怖を感じていた暗い顔ではなく、普段通り凛とした、それでいて少し柔らかい笑みを浮かべていた。
「……ふん」
その表情を見て、照れた様子を隠すように彼女から顔を背ける。
それに気づいた美琴は、くすくすと小さく笑い觜鬼に微笑みかけた。
「……ありがとうな。」
小さく呟かれた感謝の言葉に、返事はなかった。




