桜の指南の話。(二)
「おい」
鈴袮と談話していた美琴に、竹刀の剣先を向けながら觜鬼が声をかけてきた。
其方に目を見やる美琴の眼光は何処か鋭く、紅色と黒曜がかち合う。
「続き、やらねぇのかよ」
「…ふ、蹴り一つで音を上げて居た奴がよく言う」
「次は絶対ぇにぶっ飛ばす」
「出来るものなら」
壁に立て掛けていた竹刀を取り、そのまま自分に向けられていた觜鬼の竹刀を叩く――其れが試合の合図だった。
二人の距離は五メートル程離れている。
先に動いたのは觜鬼だ。
一歩踏み出し、二歩目を地面に着ける前に身体を回転させ、その勢いのままに右手に持つ竹刀を振り下ろす。
しかしそれは読まれており、振り下ろされるよりも早く、横から薙ぎ払われるようにして振るわれた竹刀によって弾かれる。
「っ!」
一瞬怯んだものの直ぐに体勢を整え直し、今度は左手に持ち替えてから突きを放つ。
しかしその攻撃も簡単に避けられてしまう。
そしてまた同じ様に攻撃を繰り出すのだが、それも全て防がれてしまい、逆に反撃を食らう始末である。
それでも諦めずに何度も攻撃を仕掛けていくうちに、次第に疲れが見え始めてくる。
「どうした?もう終わりなのか?」
息切れを起こしている様子もない美琴の言葉に、悔しげな表情を浮かべながらも再び構えを取る。
「あーあ…折角俺が賭けに勝って琴と鍛錬出来ると思ったのに」
二人の試合を眺めながら頭の後ろで手を組み、顎門はつまらなさそうに呟いた。
余裕そうな美琴と、必死に美琴に追いつこうと足掻く觜鬼。
二人共、この状況を楽しんでいるのか、表情からは清々しさが見受けられる。
すると、流れるように見ていた二人の試合に終止符が――觜鬼の一撃で打たれた。
觜鬼の剣先が美琴の手を突き、持っていた竹刀を打ち落としたのだ。
「え、嘘!?」
「…觜鬼が、美琴に勝った…」
眺めていた三人は目を見開く。
觜鬼は確かにこの組の中では飛び抜けて強い。若頭として申し分ない強さがある。
だが、美琴のような剣術に靱やかさがあったり、顎門のように巧みに剣技を変えたりと、そういった機転を利かせて対応することが極めて苦手な所があった。
それ故に彼は負けない戦いをするよりも勝つための戦いを仕掛けることをせず、相手を倒すことだけに集中する傾向がある。
その為、相手の力を見極めることに非常に時間がかかり、時には己が不利に陥ることもしばしばあるという弱点があった。
だからこそ――美琴に勝つことが難しかった。相棒として二人の相性はとても良かったが、互いとやり合うとなると、とても相性が悪くなる。
「っしゃあ!」
自分が美琴に勝てたという喜びを力強く拳を握って表現する觜鬼に、美琴は少し呆然としてしまう。
「どうだクソ女!やっと俺の事認める気になったかよ!」
「…いやはや……強くなったな」
「っ、…」
彼女を指差し得意気な顔で美琴を煽る觜鬼だったが、優しい言葉と、まるで子の成長を喜ぶ母のような陽だまりの笑みを浮かべる美琴に、つい觜鬼は言葉を飲み込んだ。
その瞬間――美琴は落とした竹刀の鍔を蹴り上げ宙に置かれた竹刀を掴んで觜鬼の横腹を強く叩いた。
「い…っ!?」
「油断したな馬鹿。」
「今のは反則だろ!?」
「実践では反則も何も無いからな」
珍しく、美琴が悪戯をした子供のように舌を出して笑うと、顎門と雷電が腹を抱えて笑いだした。
「ざまぁねぇな觜鬼!」
「琴の方が一枚上手だったって事だね!」
「外野うるせぇ!次は負けねぇ!」
「望むところだ」
再度、二人の剣戟がぶつかり合う。
それを眺めていた鈴袮は呆れたように溜息を吐いた。
「まだやる気かあの二人は…」
「あはは、飽きないんだろうね~」
「嗚呼でもしねぇと素直に互いを認められねぇからな。うちの大将と若頭はよ。」
鍛錬場に響き渡る竹刀の音を聞きながら、二人の鍛錬を眺めている三人がそんな会話を交わしていた。




