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夜桜物語  作者: 夕波 未晴
11/25

不思議な声の話。

第七話。

それは、とある日の朝の出来事だった。

いつものように美琴は朝餉を終えてから部屋の縁側に座り茶を啜っていた。

その傍らには『四神(しじん)』の一柱である白虎の柏李(はくり)が獣の姿で横になっており、白い大きな虎の姿で頭を美琴の膝に乗せながらその金色を閉じ、静かに息をしている。

その姿はまるで大きな猫のようで、柔らかくきめ細やかな彼女の毛並みを撫でながら美琴は静かに庭の桜を眺めていた。

すると、笑い声の耐えない組の中から弱々しい泣き声が聞こえてきた。


「誰か泣いているのか…?」


すかさず美琴が立つことを察した柏李が体を起こし、声のする方へと行く美琴の後ろ着いていく。

泣き声がしていたのは小さな妖怪たちの部屋で、襖を開けると小さな角を生やした小鬼がぽろぽろと小さなその目から涙を零し、一つ目小僧や猫又に慰められていた。


「小鬼、どうしたんだ」

「みことさまぁ」


彼女を視界に入れると、小鬼はとてとてと美琴に駆け寄り、まるで親に縋る子どものように抱きついた。

まだ涙が零れている小鬼の頭を撫でながら美琴は周りにいた小妖怪たちに話を聞いた。

すると、小妖怪の中でもしっかり者の猫又が手を挙げ事情を説明してくれた。


「朝から小鬼が暗い顔をしてたから私聞いたの。そしたら小鬼、昨夜(かわや)に起きて廊下を歩いてたら変な声がしたって」

「声?」

「この組にいたらそんなの当たり前でしょって言ったんだけど、小鬼ったら『この組でも聞いたことの無い不気味な声だった』っていうのよ」

「…小鬼、どんな声だったかわかるか?」

「ことばで、言いにくい声がした…」


美琴の着物を掴みながら見上げる小鬼の目には相変わらず涙が浮かび、美琴は優しく小鬼の涙を拭いながら微笑みかけた。


「そうか。怖かったのに教えてくれてありがとう。夜は小雪に一緒に寝させるから、厠の時に一緒に行って貰おうな。」

「ん…わ、柏李さまくすぐったいよぉ」


近くで小鬼と美琴を見つめていた柏李が、小鬼の顔に優しく尻尾を擦り寄せて慰めると、柔らかな尻尾が擽ったいと、やっと笑みを見せた小鬼に周りの妖たちも嬉しそうに笑い始めた。

その後、泣き疲れた小鬼を優しく寝かせ、美琴は小妖怪たちに小鬼を慰めようとしたことに対して優しく褒めてやり、少しの間小妖怪たちと時間を共にした。

昼餉の時間まで小妖怪たちと戯れ、小雪に声をかけられ広間に行くと、ずっと隣にいた柏李が人型に戻る。

彼ら四神は本来の姿である獣――青い龍、蛇の尾を持つ亀、炎を纏った赤き鳥、そして白い虎と、それぞれを形容するための幻獣の姿――に戻ることができ、また人型となることも出来る。

その容姿も唯の人と変わらず、柏李も短く切り揃えられた銀髪を揺らしている。

が、その瞳は人ならざる者を表すかのような金色をしている。それは神を表す象徴であり、彼らにとってはその瞳が自身の気高さを称するものだった。


(あね)さん、さっきの小鬼の話どうすんの?」

「どうするとは?」


昼餉の席に座りながら二人は遠くで楽しそうに小妖怪たちと話しながら昼餉を食べる目元の赤い小鬼に目を向ける。


「確かに神であるあたしでも驚くほどこの組は異質な空気が流れてる。それと同じくらいこの組に変な“モノ”が憑いても可笑しくないよ」

「……変な“モノ”か」


静かに柏李の言葉を復唱しながら茶を啜り、少し目を伏せると小さく息を吐く。

すると。


「何か面白そうな話してるじゃん」


二人の会話が耳に入ったのか楽しそうに顎門(あぎと)が話に加わってきた。

美琴と柏李の間から顔を出し、柏李とは反対の美琴の隣に座って頬杖を付きながら話を聞く体制に入った顎門をみて、美琴は小鬼からの話を教えた。


「え、それ妖じゃないんだったら完全に別物ってこと?面白そうじゃん」

「面白がることじゃないでしょ。」

「ごめんごめん。でも小鬼が聞いたって声がどんなものなのか分からないと手の施しようがないよね。」


小雪から渡された小鉢に盛り付けられた煮物を口にしながら、顎門は少し考える素振りを見せた。すると美琴をみてにんまりと笑う。


「て、ことは琴が調べないとだね。その“()()()()”を」

「……。」

「なんで幽霊なのよ」

「だって妖でもない、人間でもないとなると、幽霊しかいなくない?この組にいる神がそんなことするとは思えないし、この世には様々な種族がいるんだろ?俺未だ霊だけは見たことないから少し楽しみだな」

「あんたね…そもそも妖と霊は似て非なるものなのよ?」


呆れたように柏李が顎門に説明を始めた。

俗に言う幽霊というものは、人の“魂”から産まれた屍人。

妖が人の“何かがいる”という想いから産まれるのとは別で、人が死に絶え、その魂の生きていた頃の強い“願い”が形を成す。

また、神という存在は尚特殊であり、何方かと言えば妖と神は紙一重とも言える。

救われたいという希望から神が。

恐ろしいという恐怖から妖が。

そして何かを成したいという願望から霊が。

それぞれの産まれ方をする。

詳しく知らなかった顎門は柏李の説明を興味深そうに聞き入っていと、近くで酒を飲んでいた觜鬼(しき)もその話に耳を傾けていたのかくつくつと喉を鳴らして笑い始めた。


「珍しく楽しそうじゃない、觜鬼」

「いや、お前らの話を其奴が聞いてるのが面白くてよ」


にたにたと意地の悪い笑みを浮かべながら美琴の方を見る觜鬼に、顎門と柏李は首を傾げ、同じように美琴を見る。

いつの間にか食べ終えたのか、食器を重ね、食後の梅昆布茶の香りを漂わせながら啜っていた美琴が固まる。

そのままじとりと觜鬼を睨むと、楽しそうに觜鬼が笑い、二人の周りの空気が険悪になる。

その様子はいつもの事なのだが、珍しく觜鬼が美琴より優位に立っているように見えるその雰囲気に、顎門が新しい玩具を見つけた子どものように觜鬼に問いかけた。


「何、どういうこと?」

「お前ら知らねぇもんなぁ。其奴の秘密」


觜鬼の言葉で場が一気に静まり返る。

美琴の秘密――其れは夜桜組の仲間たちのほとんどが喉から手が出るほど知りたいことだった。

美琴は仲間たちを一人一人救うために掛け合い、そしてそれぞれの心に踏み入り、今の関係が出来た。

ある者は親に捨てられた――だから美琴が親になった。

ある者は人から疎外された――だから美琴がそばに居た。

ある者は人から畏れられていた――だから美琴が心から愛した。

そうして彼らは美琴という存在を要として今を生きている。

だが、その美琴本人のことを詳しく知る者は一番の古株の鈴袮と、最初に仲間になった觜鬼くらい。

本人に聞いても、「つまらない話をお前たちにする気は無いよ」と軽く受け流されてしまう。

そんな彼女の秘密――仲間たちは固唾を飲んで觜鬼の言葉を待った。


「おい、お前何言おうとしてる」

「あ?んなの――お前が幽霊苦手だって話するだけだが?」

「ばっ…!!」


觜鬼の言葉に少し腰を上げて制そうとするも暴露されてしまい、居心地悪そうに美琴が目を泳がせているのを見るに、彼の言ったことは本当なのだと分かる。

数秒、夜桜に静寂が訪れると、誰かの吹き出した音に合わせて笑いが巻き起こる。


「待って、え!?あの天下の美琴様が幽霊怖かいの!?」

「語弊がある。怖いのでは無く苦手なんだ」

「いやなんで其れを琴じゃなくて鈴袮(すずね)が弁明するのさ!」

「お前ら辞めてやれ。美琴が更に居心地悪そうだ」


鈴袮と雷電(らいでん)は知っていたのか、爆笑する顎門の頭を軽く叩き、頭を抱える美琴に哀れみの目を向ける。

腹を抱えて笑う者、美琴を愛でるような目、くすくすと楽しげに笑う声。

自分たちの大将の女らしく、可愛らしい一面を知れた仲間たちが一斉に笑い転げる中、美琴は抱えていた頭を上げて觜鬼に睨みを利かせているが、当の本人は美琴のその様子をツマミに酒を飲み始めている。

ようやく笑いが落ち着いた頃になって、顎門が笑いすぎて目元に浮かぶ涙を拭いながら美琴の背中を軽く叩く。


「琴も可愛い所あるじゃん」

「煩い。私の話はいいから、その変な声とやらの原因お前がつきとめてこい」

「………え?俺が?」

「私を笑った罰だ。嗚呼、そこの酒乱も引き摺って行けよ」

「あ!?俺はやんねぇぞ、面倒臭ぇ!」

「大将命令だ」


彼女の発言に顔を歪め心底面倒臭そうな表情を浮かべる觜鬼に、美琴は何処かいい気味だと言いたげな目で觜鬼を一瞥し、茶を再度啜る。

その様子に舌打ちをし、自棄(やけ)酒と言わんばかりに酒を煽る觜鬼を見て、雷電や鈴袮は彼の美琴への忠誠心を改めて実感した。

觜鬼の面倒臭がりは何時もの事で、もしこれが他の仲間から言われたとしても絶対に彼はやろうとしないだろう。

だがそれを美琴に一言頼まれれば悪態を吐きながら彼はその命令を遂行する。

それが夜桜組総大将である美琴と、若頭の觜鬼の間にある、覆すことの出来ない信頼関係から成り立っている。


(――…本当に不思議な二人だ…)


静かに二人を見ていた雷電は二人を一瞥し、一口残った味噌汁を喉に流し込んだ。

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