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夜桜物語  作者: 夕波 未晴
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相棒の話。

第六話。


土蜘蛛(つちぐも)がそよぎの背中を叩いていると、欠伸を漏らしながら觜鬼(しき)が三人に声をかけてきた。

今まで寝ていたのか、その茜色の髪を乱雑に掻きながら美琴たちに歩み寄る。


「おい、雪ん子が夕餉出来たって――あ?土蜘蛛か」

「よお若!久しぶりだな」

「また雪ん子と…小雪にまた凍らされても知らないからな」

「てめぇの指図は受けねぇっての」

「なんだ。若頭と姫さんは相変わらず仲悪ぃのか?」

「此奴と仲良くする気なんざ、更々ねぇよ」

「お生憎様、私もお前のような単細胞と和気藹々(わきあいあい)となんかしたくないね」


互いに目を吊り上げ、苛立ちからか口角を少し上げながら言い合いをする觜鬼と美琴に土蜘蛛は再度笑い、その様子にそよぎは慌てふためいていた。

陽も落ちかけ、微かに漂ってくる夕餉の香りに、土蜘蛛は体を伸ばしながら立ち上がった。


「よし。帰るぞ、そよぎ」

「なんだ、夕餉食べていかないのか?」

「今晩仲間たちと酒盛りをする約束をしていてな。そよぎの時計のことも早く終わらせてやりてぇし」

「そうか。少し寂しい気もするが…また来るといい。お前たちも夜桜組の仲間だからな」

「嗚呼。じゃあな姫さん、若。」

「美琴様、お世話になりました。」


ぺこりと頭を下げたそよぎの首根っこを掴み、己の背中に乗せた土蜘蛛は、背中に隠していた脚を出し、その六本の脚で軽々と組の壁を飛び越えて姿を消した。

彼が居なくなった所には少し砂埃が舞い、美琴は軽く手を仰いで埃を落ち着かせ、二人が飛び越えた塀を見上げて微かに口角を上げる。


「相変わらず嵐みてぇな蜘蛛だな」

「まぁ、立派な大将としての責務を果たしてるようで安心したよ」

「あっそ。さて、さっさと飯食って酒飲むか」









京の山へ戻るため、桜山を駆け下りる土蜘蛛に背負われていたそよぎが声をかけた。


「土蜘蛛様。美琴様と若様は仲がお悪いのですか?」

「ん?まぁ…昔からあんな感じだな」

「…率直な疑問なのですが、お聞きしても?」

「珍しいな。言ってみろ」

「ありがとうございます。

…私は今日初めて、美琴様とお目通りすることができ、あんなにも人を惹きつける御方を私は今まで見たことがありませんでした。」


土蜘蛛に眠れないことを相談しに夜桜組に行くと聞かされた時、そよぎの体に緊張が走った。

宴の席で土蜘蛛が良く話す“夜桜美琴”という一人の女性。

桜の如き美しいその容姿と、また月のような静かな性格で、不思議と人が集まってしまう魅力がある、己の敬愛すべき主人――そんな話を、土蜘蛛から聞いていたそよぎは実際に美琴に会ったことがなかった。

桜のような女性。

それだけではなんとも言えなかったそよぎだが、いざ美琴を視界に入れるとその言葉の意味がよくわかった。


(うつくしい――…)


寝不足が重なりに重なって憂鬱とした気分が、彼女を視界に入れたその瞬間まるで桜吹雪のように散っていくのを感じた。

美しいと心で零すも、その言葉すら当てはまるのかどうかすら妖しい。

しかし、その美しいという言葉は彼女の容姿にではなく、彼女の纏う雰囲気に当てはまるとそよぎは感じた。

確かに容姿端麗な面持ちの彼女に対し、美しいと言葉を投げかけるのは筋が通っているのだが、何処か容姿にではなく、その雰囲気そのものが美しい様に感じる。

それはまるで神の神々しさのような、神聖な空気が漂い、荒んだ心を癒してくれるような、そんな雰囲気。

兎に角彼女を見た瞬間、この世のものとは思えないその美しさに、言葉に言い表せない高揚感があった。


「しかし不思議なのです。あんなにも美しく気高い御方が…何故己の認めた若様とあの様に言い合いをなされているのか。」


夜桜組総大将は美琴。

そしてその右腕であり夜桜組の若頭が美琴と仲の悪い觜鬼ということが、そよぎは疑問に思えたのだ。

美琴と同じく土蜘蛛の口からよく聞く觜鬼という赤鬼。

喧嘩早く、気分屋。気だるげな印象を持たせるも、いざと言う時の彼の行動力の高さは夜桜一であり、美琴不在の際には夜桜を纏めあげるのが彼の役割。

そんな彼を美琴は自分の右腕と認め、その肩書きを与えた。觜鬼自身もそれを受け入れ『己は夜桜美琴の右腕だ』と堂々と言ってのけてしまう――まあ必ず悪態を吐くのだが。

そよぎはそれが不思議だった。

では何故これほどまで互いを信頼している二人が喧嘩などをするのだろう?

しかも、その内容は子供地味たものばかり。

土蜘蛛はそよぎの疑問に笑いを交えながら応えた。


「まあ俺も詳しくは知らねぇけどよ。

姫さんが初めて仲間にしたのが若らしくて、夜桜の中じゃ鈴袮(すずね)の旦那の次に付き合いが長いらしい。

付き合いが長いと互いの性格を熟知しすぎて、不愉快に感じちまうこともあるが…あの二人のあれはもうじゃれ合いみてぇなもんだな!」


月のような性格と形容した美琴は、母のような眼差しで仲間たちを見つめている。

そんな美琴と対等でいられる存在――それが觜鬼だった。

美琴のことは誰よりも觜鬼が理解し、逆もまた然り。

常に仲間を守ること。大将として、彼らを守る立場として気を張っている美琴が唯一素で居られるのが觜鬼の隣なのだ。

それを仲間たちは全員わかっているからこそ、二人の喧嘩を笑いながら眺めることが出来る。


「姫さんは多くを背負ってるからな。息抜きには若が必要なんだよ」

「息抜き…。」

「そう…例えるなら姫さんが月で、若は太陽だな。月は太陽が無くては輝けん。

姫さんは若が居るからこそ、強く気高くあれるんだよ」


澄み切った空を見上げながら呟く土蜘蛛に、そよぎは同じように空に目を移す。

そこには真っ暗闇で静かに笑みを浮かべている月が昇っており、その形は美琴の笑みのようで。

そよぎは土蜘蛛の言葉に何となくではあるが、納得したような気持ちになった。

二人が喧嘩をするのは、互いを認めあっているからこそ。

美琴にとって觜鬼は太陽であり、唯一“美琴”として居られる存在。

そして觜鬼にとって美琴は月であり、唯一己が認めた存在。

喧嘩をしてしまう二人だが、彼らのその背中を見て仲間も鼓舞されその背中に着いていきたくなる――土蜘蛛はそう述べた。


「…何だか、素敵ですね。」

「だな。ほら、まだ着かねぇから少しでも寝てろ。」

「はい、ありがとうございます。」









「大体てめぇのその上から目線な物言いどうにかしろや」

「嗚呼済まない。単細胞の頭には理解が難しかったか。」

「人を見下すしか脳のねぇ奴がカマトト振ってんじゃねぇぞ」

「端的な語彙以外を話せるようになってから物を言え。そもそも私は仲間に対してこんな事は言わない」

「嗚呼そうかよ。差別無くそうとしてる奴が言ってることとは思えねぇな」

「今更お前に気を遣って何になる阿呆め」

「おいおいご自慢の語彙力なくなってんぞ馬鹿」

「お前の単細胞さに合わせてやってるんだ感謝しろ低脳」

「お気遣いどうも、偽善者」

「木偶の坊」

「夜桜のお飾り」

「お前ら食事の時くらい仲良くしろよ…」


広間で夕餉を食べながら相変わらず喧嘩をする美琴と觜鬼。それを何故か間に挟まれながら聞かされた雷電の胃に穴が空いたのは、また別の話。

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