とある女の話。
序章。
この物語を手に取ってくれた物好きな君に、とある女性の話をしようと思う。
突拍子もない話に驚いたりするだろうが、とりあえず聞くだけ聞いていって欲しい。
私?私はただのしがない物書きさ。
これから話そうとしている女性について、私は話したくて話したくて仕方がなかったんだ。
そんな所に君が現れてくれたおかげで、とても喜びに満ちている。
まるで春の陽気のような心持ちだ。
君は春の陽気の心地良さを知っているかい?
澄んだ青空に暖かなそよ風。
聞こえてくる鳥のさえずりに、そしてそれに乗り舞う桜の花と香り。
私は心底あれが好きでね。毎年桜を見るのが楽しみなんだよ。
…え?いいから早く話せ?
はは。そうだな、長々と話していたら君も飽きてしまうか。
こうして話を聞こうとしてくれる姿勢、とても素晴らしいね。ありがとう。
では、しがない物書きのとある女性のお話、聞いてもらおうか。
その女性はまるで桜のようだと形容されていた。
綺麗な腰まで伸びた濡羽色の髪と、長い睫毛。
彼女の右目は長い前髪で隠れていたが、水晶のような黒い瞳と桜色の唇。
何処か儚げなその表情も相まって、桜という言葉がこれほどまでに似合う人物は他にいるのだろうかと考えてしまうほどに、彼女に桜が似合っていた。
名は、夜桜美琴
人も、妖も、神も、仏も。
全てを庇護することを目的とした組織の頭である女性だ。
その組織というのは、とある山奥にある小さな集落にあってな。
普通の人間は立ち入ることの出来ない、言わば都市伝説として語り継がれているそこは、彼女が庇護する者たちの楽園とも言えよう。
一年中桜に囲まれている奇妙な土地だが、そこに住む者達も奇妙で、しかし人間より人間らしい生き方をしていた。
彼らは人と呼ばれる種族と、妖と呼ばれる種族で構成されている。昔なら人を喰らうのは鬼だと考えるだろうが、この集落に住む人も、妖も、誰一人として互いを傷つけることはしない。
似た境遇の持ち主たちが互いに手を取り合って、田畑を耕し、動物を飼い、実を取り、狩りをし…自給自足な生活をし、人と妖が共存する。
そうして彼らは生きていた。
小さな茅葺屋根の家で家族や友人たちと共に過ごしながら、彼らは己に仕事を与えて、それを軸に生活をし、己の力と仲間の助けを借り、ただひたすらに今生きているその人生を謳歌している。
そんな集落を、彼女は何十年もかけて作ったのだ。
山に入り獣道を越え、集落に行き着くと、集落を通る長い道が出てくる。その先は少し坂道になっているのだが、そこを登ると見えてくるのは俗に言う武家屋敷と呼ばれる建築物。
集落の人々は親しみを込めて《桜屋敷》と呼んでいるそこに、彼女は仲間たちと共に住んでいた。
彼らは自分たちを《夜桜組》と名乗り、任侠の心を土台として人々を守っていた。
そしてその夜桜組の統括者、総大将に当たるのが、先にでてきた夜桜美琴という訳だ。
女なのに大将なのかって?
いやいや、この女を舐めちゃあいけない。
彼女は剣術の達人でな。男に剣術を教えているってんだからそれほど強いことがわかるだろう。
しかも彼女は強いだけじゃなく、心が澄み渡っているのだ。
この集落にいる者たちはほぼ全員、彼女の人柄に惚れ込んで着いてきた者たちだというのだ。
話に聞くと、この集落の者たちは、誰一人として彼女に不満を抱いていないらしい。
それどころか自分たちが生活できるようにと居場所を与えてくれた彼女をまるで神のように崇めて、別に頼まれてもいないのに自分たちで作った野菜や果物、釣ってきた魚などを無条件で彼女に渡してやったりと、本当に彼らに好かれている存在なのだと痛感せざるを得ない存在が、夜桜美琴という女だ。
そんな彼女が住む桜屋敷は、特に彼女を慕う者たちが集う場所でな。
美琴を初めとする何十人も暮らしているその屋敷には、やれ鬼だの、人だの、神だのと、集落の住人たちよりも種族がばらばらで。
まるでその光景が逸話に残る“百鬼夜行”のようだと、集落の人々は笑いながら話してしまうほどに彼らの存在は異質だった。
改めて考えると、そんな百鬼夜行をまとめあげているのが一人の女性と言うんだから驚きだ。
それだけ彼女にはカリスマ性があるということなのだろう。
そして彼女は屋敷の者たちや集落の者たち全てを己の“家族”としてその土地に向入れ、安全を約束してくれる。
人や仲間から嫌われ、居場所を失った者たちにとって、彼女という存在は神のような存在。
いや、神よりも崇高な存在なのかもしれない。
…さて。彼女の話はそろそろ終わりだが…どうだろう。彼女の武勇伝を聞いていかないだろうか。
なに、長くなるだろうし、退屈だと感じたら帰って貰っても構わない。だが聞く、聞かないに限らず、これだけは…これだけは約束して欲しい。
彼女たちの生きていたことを、否定しないであげて欲しい。
彼女たちは精一杯人生を歩んだ。
人に蔑まれ、人に嫌われ、人に否定され、人に傷つけられた彼女たちの物語を、私はどうしても人から人へと繋いでいきたい。
きっと君も、彼女のことを好きになってくれると…信じている。
…聞いて、くれるのか?ありがとう。本当に、ありがとう。
では張り切って話そうか。
彼女と、彼女の愛する家族の物語を。




