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それから10分くらいぼーっと星を眺めた。そんな時、腕に微かに何かが触れる感覚がした。腕を見ると蚊が血を吸っている瞬間だった。少しずつ蚊のお腹が膨らんで赤くなっていく。
(あー、僕の血がどんどん吸われていく。そういえば虫除けスプレーとか用意するの忘れてた。)
以前来たのは5月の初めで、その時にはあまり虫がいなかったのですっかりと虫対策をすることを失念していた。そもそもする必要があることを知らなかったが。
パチッ
無感情にただの作業のように蚊を殺す。その行為自体ほぼ反射に近い行いだったと思う。ただそれだけ。ただそれだけで腕を叩いた手のひらを見ると、少量の僕の血と潰れた蚊だったものがあった。手足が千切れ、羽が折れ、平らになった蚊だった物体。それを払い汚れを落とす。
(次からは虫除け対策してから来るか。とりあえず今日は帰ろ)
かゆくなってきた腕を掻きつつ帰る支度を始めた。
(予定より早いけど、日付変わる前に帰れそうだし。まぁよしとしよう。帰ったらシャワー浴びて、2時前には寝れそうかな)
自転車に跨る頃には腕のかゆみは残っていても、蚊を殺したことは忘れていた。
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帰り道。日付変わる前だからか、全く人とすれ違わずに自転車を漕ぐ。こんな時間に外を出歩いていることが少ないため、人がいないのが普通なのかはわからない。だが行きより帰りは静かで、自転車を漕ぐ音しか聞こえなかった。
世界で自分しかいない感覚。何か自分が特別になったような感覚。そんな強い感覚が自分を埋め尽くす。心地よい。
(こんな時、普通は孤独を嫌う感覚を覚えるのかな。)
でも、実際の所、僕は嫌悪よりも好意を感じていた。
(人と関わらない間に孤独を好きになっていったのかな。だから人見知りって看板掲げてぼっちを謳歌してるのかも。)
そんな自己分析をしていると自宅近くの公園までたどり着く。この公園から自宅まで自転車で3分ほど。
(おそらくまだ日付変わってないだろうし、家着くころにはちょうど変わる頃かな)
ふと公園内を見る。普通こんな時間に人がいない。わかっている。なんとなく。なんとなくで公園内を見るとベンチに人影が見えた。
(こんな時間に人?例の連続殺人の犯人だったりして)
自転車を漕ぎつつも、興味全開で人影を見つめる。
近づくにつれ、シルエットがはっきりしていく。ベンチに座りつつ、項垂れるように腿に肘を立てている。髪は肩より少し長め。服装は白色のネグリジェ?という寝間着だったかそんな感じ。服から出る腕や足は白く、細い。うつむいているのもあって胸が見えず顔も見えないが恐らく女性だろうという見た目をしていた。
(え?薄そうな寝間着でこんな時間に外に出るとか。関わったらやばそうだなぁ)
遠回りになるが迂回して、公園を横切らないように帰ろうか。そんな時、自転車を漕ぐ音が近づいているのに気付いたのか人影が顔を上げる。
(気づかれちゃったよ。ならもう堂々と公園横切るか)
そのまま公園に近づいていく。どんどん人影にも近づいていく。だがもうそこまで興味がなくなっていた僕は、その人影に対し特に見るということもしなかった。
そして、公園入口を過ぎ、通り過ぎようとしたときふと
「天地君?」
という声が漕ぐ音と一緒に聞こえた。声に対し、反射でそちらに向いた時。
僕は恋に落ちた。