5章 2話 箱庭の外で二人with蓮華
「こんな施設があったのね」
蓮華は目の前の建物を見上げながらそう言った。
ここは箱庭の外。
天と蓮華は外出許可を得て街へと出ていた。
二人が一緒に行動しているのには理由がある。
――どうにも蓮華とはプライベートでの付き合いが少ないことに最近気が付いたのだ。
アンジェリカや美裂とは加入時期が近いこともあってプライベートでも一緒に行動していることが多い。
彩芽とも一緒にお菓子を食べたりなど、付き合いは多い。
一方、蓮華とは仕事以外での接点がない。
仲間として信頼している。
だが、友人らしいことをした覚えはない。
だからこそ思ったのだ。
天から歩み寄るべきなのではないか、と。
そんな理由で、蓮華を誘ったのが先週のこと。
外出申請のタイミングを合わせ、二人で出かけることにしたのだ。
「スポーツは苦手か?」
「特定のスポーツをしていたわけではないけれど、運動神経は悪くなかったわ」
「まあ……それもそうか」
天は納得する。
ALICEは一般人よりも身体能力が高い。
だからこそ、生来の運動神経は重要となる。
スペックが上がったからこそ、体を動かす技術がなければ膂力を活かせない。
それを加味して蓮華の動きを見れば、彼女が優れた運動神経の持ち主であることは疑いようもない。
「それじゃあ――スポーツで勝負しないか?」
☆
瑠璃宮蓮華は負けず嫌いだ。
正直、天でなくとも大概の人間は気付くだろう。
そんな彼女が宣戦布告を受け流すはずがなかった。
「ルールは分かるか?」
「知ってるわ」
蓮華はバスケットボールを弄びながらそう答える。
天たちがいるのはバスケットコートだった。
「それじゃあ1対1でどうだ?」
「良いわよ」
蓮華はバスケットボールを天に放る。
「?」
「そっちが先攻で良いわよ。そうね、6点先取でどうかしら」
交互に攻め、先に基準となる得点に到達した者が勝者。
そんなルールで戦う以上、先攻が有利であることなど考えるまでもない。
つまりこれはハンデなのだ。
(負けるわけがないってか)
そういう自負があるのだ。
事実、蓮華は余裕の笑みを浮かべている。
「…………まぁ、負けた時の言い訳はあったほうが良いもんな」
だから、天はそう笑う。
「……どういう意味かしら?」
天が小声で口にした言葉。
それを蓮華は聞き逃さなかった。
彼女の眼光が鋭くなり、眉間に皺が寄る。
「いや? いきなり先攻を譲ってくるもんだからさ。あー、そういうことかー。みたいな」
天はかつてとはいえ男子だ。
少女である蓮華にスポーツで負けるわけにはいかない。
ましてハンデなど不要だ。
これはプライドの問題なのだ。
「………………言ったわね」
蓮華の目が真剣そのものになる。
さっきまではあくまでお遊びの延長でしかなかった。
負けず嫌いゆえに勝つ気ではいただろう。
しかし今、蓮華の中でこの戦いは『絶対に負けられない』ものへと格上げされた。
天は男子のプライドを。
蓮華はリーダーのプライドを。
それぞれをかけて戦うと決めたのだ。
「後悔しないことね」
蓮華は天に背を向ける。
そして彼女はコートの中心に立った。
「アタシは、誰にも負けないわ」
☆
(こうして見ると流石だな……)
天は蓮華と対峙していた。
二人の距離は1メートル半。
手を伸ばしてもギリギリ届かない間合いだ。
そんな場所で、天はドリブルをしながら次の一手を模索する。
動き出せば一瞬。
だが不用意な動きを見せたら終わり。
それはまるで、居合の達人同士の決闘のようだった。
(隙がない)
蓮華は特に構えているわけではない。
少し腰を落とし、いつでも動き出せる姿勢を保っているだけ。
両手を広げてさえいない。
にもかかわらず、容易に彼女を突破できないと確信してしまう。
(とはいえ、仕掛けないと始まらないよなッ!)
天は呼吸を整え、動き出した。
瞬発力を活かし、最初の一歩から全速力で。
「ッ!」
しかし蓮華はそれに反応してみせた。
常に天とゴールの間を遮るように位置取っている。
走力は互角。
ドリブルをしながら走っている分、少しだけ天が不利だ。
気が付けば、すでに天たちはコートの端にいた。
ゴールまでの距離は約3メートル。
すでにシュートが届く距離だ。
しかし蓮華が目前にいる限りそうはさせないだろう。
「ッ!」
一瞬だけ、天は左側に視線を泳がせた。
歴戦のALICEである蓮華ならそれを見過ごすはずはない。
それを見越し、天は蓮華の右側へと切り込んだ。
視線を使って蓮華の意識を左方に寄せ、右側に生まれた意識の穴へと滑り込む。
ゴールは近い。
一度抜き去ってしまえば、もう間に合わない。
このまま――
「それくらい読めてるわよ」
「!?」
蓮華が後ろ手に伸ばした腕が、天の手元からボールを弾き飛ばした。
ボールはコートの外へと跳ねてゆく。
「そんな見え透いたハッタリに引っかかっていたら、アタシはとっくに死んでるわ」
「……そこそこやるんだな」
蓮華の実力をまだ甘く見ていたのかもしれない。
そう天は認識を改める。
天宮天VS瑠璃宮蓮華。
得点は――0対0。
☆
(絶対止める……!)
すでに天の攻撃は失敗した。
ここで蓮華を止められなければ、形勢は不利に傾いてしまう。
負けるわけにはいかない。
最初の一巡でリードされるわけにはいかない。
「それじゃあ、見てなさい」
蓮華が動いた。
天は彼女がゴールに近づけないよう、ゴールへの最短ルートを潰すように立ち回る。
走力は互角。
そして、彼女をコートの端近くまで追い詰めた。
――ここまでは、攻防が入れ替わっただけでさっきの一戦と同じ展開だ。
同じシチュエーション。
そこに蓮華はどんなアンサーを投じるのか。
「ッ!?」
突然、蓮華の顔が近づいた。
あろうことか真正面から突っ込んできたのだ。
衝突の危機を感じ、天が身を反らす。
そのタイミングで蓮華は――後ろに跳んだ。
すでに彼女は頭上にボールを構え、シュートの体勢に入っている。
「やばッ……!」
後ろに跳びながら打つシュート――フェイダウェイシュートと呼ばれるそれは、性質上ディフェンスとの距離が離れているため防がれにくい。
よほど身長差があるのならともかく、天と蓮華の身長差はそれほどではない。
天は慌ててブロックに跳ぼうとするのだが――
「なッ……!?」
気が付くと、天はその場で尻餅をついていた。
重心が後方に寄っている状態で、蓮華を追うように前方に身を乗り出そうとしたからだ。
急な体勢の変化に重心が追い付かず、そのまま後ろに倒れこんでしまったのだ。
――正面から蓮華が接近してきたのは、そのための布石。
滑らかなループを描くシュート。
それがリングに掠ることさえなくゴールに入っていく光景を眺めていることしかできなかった。
「あら。案外簡単に勝てそうね」
蓮華は微笑みながら天を見下ろしている。
不覚にもその姿は――美しく見えた。
「……すぐ油断する奴はあっさり負けるもんなんだよ」
天は立ち上がると尻のあたりを手で払う。
天宮天VS瑠璃宮蓮華。
得点は――0対2。
現時点において、天と蓮華はプライベートであまり交流がありませんでした。
そして、次回から天と蓮華の唐突なバスケバトルとなります。
それでは次回は『箱庭の外で二人with蓮華2』です。