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5章  2話 箱庭の外で二人with蓮華

「こんな施設があったのね」

 蓮華は目の前の建物を見上げながらそう言った。

 ここは箱庭の外。

 天と蓮華は外出許可を得て街へと出ていた。

 二人が一緒に行動しているのには理由がある。

 ――どうにも蓮華とはプライベートでの付き合いが少ないことに最近気が付いたのだ。

 アンジェリカや美裂とは加入時期が近いこともあってプライベートでも一緒に行動していることが多い。

 彩芽とも一緒にお菓子を食べたりなど、付き合いは多い。

 一方、蓮華とは仕事以外での接点がない。

 仲間として信頼している。

 だが、友人らしいことをした覚えはない。

 だからこそ思ったのだ。

 天から歩み寄るべきなのではないか、と。

 そんな理由で、蓮華を誘ったのが先週のこと。

 外出申請のタイミングを合わせ、二人で出かけることにしたのだ。

「スポーツは苦手か?」

「特定のスポーツをしていたわけではないけれど、運動神経は悪くなかったわ」

「まあ……それもそうか」

 天は納得する。

 ALICEは一般人よりも身体能力が高い。

 だからこそ、生来の運動神経は重要となる。

 スペックが上がったからこそ、体を動かす技術がなければ膂力を活かせない。

 それを加味して蓮華の動きを見れば、彼女が優れた運動神経の持ち主であることは疑いようもない。


「それじゃあ――スポーツで勝負しないか?」



 瑠璃宮蓮華は負けず嫌いだ。

 正直、天でなくとも大概の人間は気付くだろう。

 そんな彼女が宣戦布告を受け流すはずがなかった。

「ルールは分かるか?」

「知ってるわ」

 蓮華はバスケットボールを弄びながらそう答える。

 天たちがいるのはバスケットコートだった。

「それじゃあ1対1でどうだ?」

「良いわよ」

 蓮華はバスケットボールを天に放る。

「?」

「そっちが先攻で良いわよ。そうね、6点先取でどうかしら」

 交互に攻め、先に基準となる得点に到達した者が勝者。

 そんなルールで戦う以上、先攻が有利であることなど考えるまでもない。

 つまりこれはハンデなのだ。

(負けるわけがないってか)

 そういう自負があるのだ。

 事実、蓮華は余裕の笑みを浮かべている。

「…………まぁ、負けた時の言い訳はあったほうが良いもんな」

 だから、天はそう笑う。

「……どういう意味かしら?」

 天が小声で口にした言葉。

 それを蓮華は聞き逃さなかった。

 彼女の眼光が鋭くなり、眉間に皺が寄る。

「いや? いきなり先攻を譲ってくるもんだからさ。あー、そういうことかー。みたいな」

 天はかつてとはいえ男子だ。

 少女である蓮華にスポーツで負けるわけにはいかない。

 ましてハンデなど不要だ。

 これはプライドの問題なのだ。

「………………言ったわね」

 蓮華の目が真剣そのものになる。

 さっきまではあくまでお遊びの延長でしかなかった。

 負けず嫌いゆえに勝つ気ではいただろう。

 しかし今、蓮華の中でこの戦いは『絶対に負けられない』ものへと格上げされた。

 天は男子のプライドを。

 蓮華はリーダーのプライドを。

 それぞれをかけて戦うと決めたのだ。

「後悔しないことね」

 蓮華は天に背を向ける。

 そして彼女はコートの中心に立った。


「アタシは、誰にも負けないわ」



(こうして見ると流石だな……)

 天は蓮華と対峙していた。

 二人の距離は1メートル半。

 手を伸ばしてもギリギリ届かない間合いだ。

 そんな場所で、天はドリブルをしながら次の一手を模索する。

 動き出せば一瞬。

 だが不用意な動きを見せたら終わり。

 それはまるで、居合の達人同士の決闘のようだった。

(隙がない)

 蓮華は特に構えているわけではない。

 少し腰を落とし、いつでも動き出せる姿勢を保っているだけ。

 両手を広げてさえいない。

 にもかかわらず、容易に彼女を突破できないと確信してしまう。

(とはいえ、仕掛けないと始まらないよなッ!)

 天は呼吸を整え、動き出した。

 瞬発力を活かし、最初の一歩から全速力で。

「ッ!」

 しかし蓮華はそれに反応してみせた。

 常に天とゴールの間を遮るように位置取っている。

 走力は互角。

 ドリブルをしながら走っている分、少しだけ天が不利だ。

 気が付けば、すでに天たちはコートの端にいた。

 ゴールまでの距離は約3メートル。

 すでにシュートが届く距離だ。

 しかし蓮華が目前にいる限りそうはさせないだろう。

「ッ!」

 一瞬だけ、天は左側に視線を泳がせた。

 歴戦のALICEである蓮華ならそれを見過ごすはずはない。

 それを見越し、天は蓮華の右側へと切り込んだ。

 視線を使って蓮華の意識を左方に寄せ、右側に生まれた意識の穴へと滑り込む。

 ゴールは近い。

 一度抜き去ってしまえば、もう間に合わない。

 このまま――


「それくらい読めてるわよ」


「!?」

 蓮華が後ろ手に伸ばした腕が、天の手元からボールを弾き飛ばした。

 ボールはコートの外へと跳ねてゆく。

「そんな見え透いたハッタリに引っかかっていたら、アタシはとっくに死んでるわ」

「……そこそこやるんだな」

 蓮華の実力をまだ甘く見ていたのかもしれない。

 そう天は認識を改める。


 天宮天VS瑠璃宮蓮華。

 得点は――0対0。



(絶対止める……!)

 すでに天の攻撃は失敗した。

 ここで蓮華を止められなければ、形勢は不利に傾いてしまう。

 負けるわけにはいかない。

 最初の一巡でリードされるわけにはいかない。

「それじゃあ、見てなさい」

 蓮華が動いた。

 天は彼女がゴールに近づけないよう、ゴールへの最短ルートを潰すように立ち回る。

 走力は互角。

 そして、彼女をコートの端近くまで追い詰めた。

 ――ここまでは、攻防が入れ替わっただけでさっきの一戦と同じ展開だ。

 同じシチュエーション。

 そこに蓮華はどんなアンサーを投じるのか。

「ッ!?」

 突然、蓮華の顔が近づいた。

 あろうことか真正面から突っ込んできたのだ。

 衝突の危機を感じ、天が身を反らす。

 そのタイミングで蓮華は――後ろに跳んだ。

 すでに彼女は頭上にボールを構え、シュートの体勢に入っている。

「やばッ……!」

 後ろに跳びながら打つシュート――フェイダウェイシュートと呼ばれるそれは、性質上ディフェンスとの距離が離れているため防がれにくい。

 よほど身長差があるのならともかく、天と蓮華の身長差はそれほどではない。

 天は慌ててブロックに跳ぼうとするのだが――

「なッ……!?」

 気が付くと、天はその場で尻餅をついていた。

 重心が後方に寄っている状態で、蓮華を追うように前方に身を乗り出そうとしたからだ。

 急な体勢の変化に重心が追い付かず、そのまま後ろに倒れこんでしまったのだ。

――正面から蓮華が接近してきたのは、そのための布石。

 滑らかなループを描くシュート。

 それがリングに掠ることさえなくゴールに入っていく光景を眺めていることしかできなかった。


「あら。案外簡単に勝てそうね」


 蓮華は微笑みながら天を見下ろしている。

 不覚にもその姿は――美しく見えた。

「……すぐ油断する奴はあっさり負けるもんなんだよ」

 天は立ち上がると尻のあたりを手で払う。

 天宮天VS瑠璃宮蓮華。

 得点は――0対2。


 現時点において、天と蓮華はプライベートであまり交流がありませんでした。

 そして、次回から天と蓮華の唐突なバスケバトルとなります。


 それでは次回は『箱庭の外で二人with蓮華2』です。



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