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4章 エピローグ4 記憶の欠片・瑠璃宮蓮華2

「ぁ……」

 蓮華は目を覚ました。

 ぼんやりとしたまま周囲を見回す。

 少しずつ意識が覚醒していくにつれ事態を思い出してゆく。

(あ……アタシ)


 ――事故に遭ったんだ。


 蓮華がいたのは電車の中だった。

 脱線して、横倒しになった車両の中だった。

 そこで彼女は――壁に磔にされていた。

 横倒しになったことで天井となった壁。

 そこに昆虫の標本のように縫い付けられていた。

「う……そ……」

 蓮華の腹には鉄の柱のようなものが刺さっていた。

 おそらく事故で外れた電車の部品なのだろう。

 鉄の塊が蓮華の脇腹を貫いている。

 細い腰は、すでに半分ほど千切れてしまっていた。

 知識なんてなくても分かる。


 ――自分が、もうすぐ死ぬことなど。


「い……やぁ……」

(なんで……なんで……!)

 蓮華はもがく。

 だがそれは傷を開くだけの徒労に終わる。

 こぼれた内臓がもう足元に落ちてしまっている。

 それでも蓮華は死に抗い続けていた。

「死ねない……のよ……!」

 涙や鼻水を垂らしながら蓮華はそう叫んだ。

「アタシのせいで……死んだ人が……いるのよ」

 口から血がこぼれてゆく。

「だから、アタシがここで……死んだら……駄目なの」

 かつて自分を助けてくれた人。

 その人は、彼女を助けたせいで死んでしまった。

 だからあの日、誓ったのだ。

 自分のための人生はあの日に終わった。

 これからは、あの人のために生きると。

 少しでも多くの人を助ける。

 そうすれば、あの人が蓮華を助けたことに意味が生まれる。

 あの人の命に、意味を持たせることができる。

「なのに……!」

 蓮華はすべてを捨てて生きてきた。

 これまで自分が好きだったものをすべて捨ててきた。

 人生を楽しむことさえ、罪だから。

 自分を『助けられるに足る人物』へと育て上げること以外すべて無意味だから。

 勉強をして、多くの人を救える人間になる。

 そうすればきっと――

「神……様ぁ。お願い……まだ死ねない、のよぉ……」

 蓮華は嗚咽を漏らしていた。

 すでに手足からは力が抜け、垂れている。

 もう抗うだけの気力も残っていなかった。

「ごめん……なさい」

 蓮華の目から涙がこぼれた。

 意識が薄れてゆく。


「助けてもらったのに…………何も……できなかった……」


(なんでアタシなんかが……生き残ってしまったの?)


 暗い鉄の棺の中で、瑠璃宮蓮華は生涯を終えた。



「…………?」

 気が付くとベッドの上だった。

 まるで手術室のような部屋。

 蓮華は事態が飲み込めず戸惑う。

(……生き、てる?)

 あれから病院に運ばれて、奇跡的に生還したのだろうか。

 そう思いかけるも否定する。

 どう考えてもあり得ないし、そうだったとしても手術室で目覚めるわけがない。

「やぁ。こんにちは」

「?」

 急に声をかけられた。

 声の主は、だらしなさの目立つ中年男性だった。

「僕の名前は神楽坂助広。君は? 名前は分かるかい?」

「――――瑠璃宮、蓮華です」

 蓮華が事態を理解できないまま答えると、男――助広は何度も頷く。

「うんうん。無事、ALICE化に成功したみたいだ」

 満足げな助広。

 一方で蓮華は何も分からない。

 死んだと思ったら見たこともない部屋で目覚め、会ったこともないオッサンに話しかけられている。

 表情にこそ出していないものの、脳はパンク寸前だった。

「それじゃあ蓮華ちゃん」

 助広はへらりと笑う。

 そして、手を差し伸べると――


「世界、救ってみないかい?」


「は……?」

(何を言っているのかしら?)

 怪しい宗教か。

 そんなことを思っていたのが伝わったのだろうか。

 助広は補足する。

「君は一度死に、世界を救える救世主――ALICEとして蘇ったわけだ。君は、その役割に殉じてくれるかな?」

「世界を……救う?」

 馬鹿げた戯言。

 普段ならそう切り捨てる与太話。

 だが、今の蓮華にある感情は違った。

(世界を救えば……)

 もしも蓮華が世界を救ったのならば、償いとなるのではないだろうか。

 あの人の人生の意味を変えられるのではないだろうか。

(これが……きっと最後のチャンスなんでしょうね)

 神様がくれたラストチャンス。

 何も為せずに死んだ蓮華に『世界を救え』と言っているのだ。

(それなら――)

「――――愚問ね」

 蓮華は強気に笑った。

 最後のチャンス。

 掴んで見せよう。

 そんな決意とともに。


「世界を救うくらい簡単よ」


 ――命に代えてでも、やり遂げてみせる。

「うん。良い返事だ」

 助広は満足そうに笑う。

「それで? 何をすればいいのかしら? 化け物退治でもするの?」

「まあまあ、そう前のめりにならなくても良いさ」

 蓮華の問いを助広は制する。

「一人じゃ世界を救えないだろう?」

「あら。アタシは一人でも救ってみせるわよ」

「ははは……。それは期待しておこうかな」

 助広は苦笑する。

(そうよ瑠璃宮蓮華。アタシは、一人でも世界を救わないといけないのよ)

 ――それだけが、今日からアンタの生きる価値なんだから。

 そう胸に刻み込んだ。

「ともかく、さすがに僕たちも一人で世界を救えだなんて無茶は言わないさ」

 助広は扉へと歩み寄ると、近くにあったキーボードに何かを打ち込んだ。

 すると、空気の抜けるような音とともに扉がスライドする。

「実は一人、君の先輩にあたるALICEがいるんだ」

 そう言うと、助広は扉の前から退く。

 扉の先には――少女がいた。

「……貴女が、アタシの先輩なのかしら」

「ええ」

 夜のような艶めかしさを宿す黒髪。

 赤い瞳はまるで月のように美しい。

 透き通るような白磁の肌。 

 まるで神が丹精込めて創り上げたかのように美しい肉体。

 何より、彼女自身が妖しい魅力を放っていた。

 同性だというのに魅了されてしまいそうなほどに。

「蓮華ちゃん……でしたね」

 少女は微笑む。

 彼女は握手を求めるように手を差し伸べてきた。


「わたくしの名前は――()()()()


 ――これからもよろしくお願いいたしますね?

 少女――月読は柔らかく笑った。


 蓮華の過去回に見せかけた、月読の正体開示回でした。

 そして次回からは5章『あの日の君へ』が開始いたします。

 ついに天が蓮華の過去を知り、向き合ってゆく章となります。

 第1部の最後となるエピソードをお楽しみにしていてください。


 それでは次回は『撮影会・12月号』です。



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