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4章 エピローグ3 記憶の欠片・太刀川美裂

 真夜中の公園。

 気が付けば美裂は地面に倒れていた。

「くっそ……なんだ?」

 頬を砂利が削る。

 妙に背中が温かい。

 転んだのだろうか。

 こんな何もない場所で?

 美裂は意味もないことを考えながら立ち上がろうとして――また倒れた。

 びちゃりと音が鳴った。

 水たまりを踏んだような音。

 だがここ数日雨が降ったという話も聞かない。

 視線を落としてみると、彼女の体を中心として液体が広がっている。

 真夜中ということもあり、その液体の正体は見てもわからない。

 しかし、臭いで分かった。

 鉄臭いこの液体は仕事柄よく知っているから。

(……血か?)

 脇腹と背中。

 おびただしい量の血液がこぼれている。

 ――どうやら刺されたらしい。

(殺し損ねた奴がいたのか?)

 さっき反政府の組織を一つ潰してきたばかりだ。

 もしかすると生存者が特攻を仕掛けてきたのかもしれない。

(やべ……他の連中に知らせねぇと)

 ここで自分が死ぬことは仕方ないとしても、他のメンバーには敵の存在を知らせておく必要がある。

(タダでは……死なねえぞ)

 せめて顔くらいは拝んでやろう。

 そう思い、美裂は傷が広がることも構わずに振り返った。

「…………………………ぁ」

 そこで、初めて美裂は己を刺した人物の顔を見た。

 それは彼女と同世代くらいの少女だった。

 色素の抜け落ちた髪。

 隈がひどく、影を宿した瞳。

 その少女を、美裂は知っていた。

(こいつは……)

 初めて美裂が実行した仕事。

 その際に、一人だけ生き残った少女がいた。

 その少女がまさに、目の前にいる彼女だった。

 ――彼女は両親がスパイだと知らなかった。

 だから、スパイ活動の証拠すべてを抹消すれば彼女は殺さなくて済む。

 そう思い、あえて追わなかった少女。

 自分がスパイ活動のカモフラージュにされていたことなど知らず生きていける。

 幸せな家庭を壊された可哀そうな少女でいられる。

 そう思っていたのに――

(馬鹿野郎……っていう権利なんて、アタシにはねぇか)

 復讐の道に身を投じたことを、責める権利など自分にあるわけがない。

「はぁ……はぁ……」

 少女の手は震えていた。

 真っ赤なナイフを握ったまま。

 動機は明白。

 復讐だ。

 奪われた家族の復讐。

 そのために彼女は牙を研いできた。

 どんな手段をとったのかは分からないが、美裂の居場所を突き止め、殺した。

「ぁ、ぁあああああああああああああああああああああッ!」

 少女は泣きながらナイフを振り上げる。

 憎悪だけで研がれた刃を美裂に突き立て――

「ッ!」

 少女の動きが止まった。

 躊躇ったわけではない。


 パトカーのサイレン音が聞こえてきたのだ。


「あ……」

 少女は周囲を見回す。

 音の大きさからして、それほど遠くはない。

 この現場を見た誰かが通報したわけではない。

 美裂はここまで人の気配がない場所をあえて選んで歩いてきたから。

 つまりあのパトカーは別件だ。ここに現れるはずがない。

 しかし犯行を行っている人物にとっては、分かっていても無視できない。

「っ…………!」

 ナイフを捨てて少女が走り去ってゆく。

 もしも見られたら。

 そんな恐怖が沸き上がったのだろう。

 そうして美裂は一人取り残された。

(こりゃ……死ぬな)

 美裂は失血の具合からそう察していた。

 散々殺してきたのだ。

 致命傷のラインなどよく分かっている。

 美裂の体は、それを越えていた。

(でもその前に――)

 美裂は身を起こす。

 血液と一緒に命がこぼれてゆく。

 もう幾分も命は残っていないだろう。

 それでも、やらなければならないことがあった。

「ったく……ド素人が」

 美裂は毒を吐く。


「死体は……()()()()()()()()()()()


 ――小さく笑いながら。

「こいつで良いか……」

 美裂はナイフを拾い、近くにあった大きめの石を抱える。

 そして歩み出した。

 ――公園の中心にある池へと。

「糞野郎の死に様なんざ……こんなもんか」

 美裂は柵から身を乗り出す。

 失血のせいで体に力が入らない。

 でも、良い。

 ここまでくればあとは自重だけで――


 ――美裂は池に身を投げた。


 抱えた岩の重さによって彼女の体は沈んでゆく。

 美裂は岩を強く抱きしめた。

 死んでも放さないように。

 誰にも見つからないように。

 深く深く、自らを沈めてゆく。

 太刀川美裂は政府直属の殺し屋だ。

 だから戸籍もなく、死体さえ見つからなければ行方不明になろうとも問題にはならない。

 もしかすると太刀川家ならば少女の存在に行きつくかもしれない。

 だが、少女は美裂を個人的な感情で殺している。

 美裂の職業や所属組織など想像さえしていないだろう。

 そんな太刀川家の正体に至りえない存在だからこそ、見逃してもらえるはずだ。

 だから美裂にできることは、自分の死体を隠しぬくこと。

 そうすれば、今度こそあの少女は普通の人生を取り戻せるはずだ。

(ごめんな……)


(アタシにできる償いなんて……これくらいしかねぇんだ)


 美裂自身の手で、死体は隠されていた。

 これが荒須紬の犯行が現在まで露見していない理由となります。


 それでは次回は『記憶の欠片・瑠璃宮蓮華2』です。

 はい。彼女の過去にはもう一つ秘密があります。



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