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4章 16話 潜む刃

「がッ……」

 美裂の脚が床から離れた。

 首を絞めあげる手を振りほどこうと足掻くが意味をなさない。

 有するパワーが違いすぎるのだ。

(これなら――どうだよっ)

 しかしそんなこと分かっている。

 だから美裂は――壁際にまで逃げていた。

 美裂は腹筋の力で下半身を持ち上げ――横にある石壁を蹴りつけた。

 触れることができたのなら――操れる。

 ――《石色の鮫(ストーン・シャーク)》。

「ぬおッ!?」

 石の破城槌がマスキュラの横っ腹に炸裂する。

 勢いよく二人の体が宙を舞う。

 しかし彼は美裂を逃がさない。

「悪を滅してやろうッ!」

「ぎがッ……!?」

 ドーム中央のリングまで吹っ飛ばされたマスキュラは、着地に合わせて地面へと美裂を叩きつけた。

 なんとか後頭部は腕で守ったが、落下の衝撃は腕を貫き脳に響く。

 切れそうになる意識の糸を必死に掴み止める。

 1。

 2。

 3。

 カウントが始まる。

 4。

 5。

 当然、5カウントが過ぎても美裂の体は癒えない。

 美裂は倒れた姿勢のままマスキュラの胸板を何度も蹴りつける。

 それでも彼は揺れさえしない。

 まるで壁を蹴っているかのような無力感。

 6。

 7。

 カウントは進んでゆく。

 ついに美裂は手足を床に投げ出した。

 8。

 そして、美裂は床を叩く。

 まるでそれは降参のタップ。

 もっとも――諦めるつもりなど毛頭ないが。

(こいつの能力は、地面に体が触れた瞬間に発動する)

 言い換えるのならば――


(地面のほうが動いちまえば能力は無効ってわけだ)


 美裂の背中から地面の感覚が消える。

 彼女の能力により、地面がへこんだのだ。

 ――カウントダウンが止まる。

「姑息な悪めッ!」

 しかしそれも延命でしかない。

 呼吸さえできない現状に変わりはない。

「首の骨をへし折ってやろうッ」

 マスキュラは美裂の体を掲げる。

 天井の照明が美裂を照らす。

 それとは関係なく視界が白くなってきた。

 どうやら酸欠が限界に到達しかけているらしい。

 全身が弛緩し、内腿を温かいものが伝う。

 そんな中、視界の端で何かが明滅した。

 電灯だ。

 ドームの端の、目立たない位置にある電灯が不自然なリズムで明滅しているのだ。

 だから分かった。

(ったく、待たせやがって)

 ――準備は整ったのだと。


 瞬間、ドーム全体の照明が消えた。



(まだか――)

 無明の闇の中、天は待ち続けていた。

 ――マスキュラの目論見を逆手に取る。

 その方法は単純だ。

 彼の根幹にあるのは『人質の場所が分からない』という事実。

 それがあるから、天たちは無茶ができない。

 なら、その前提を壊せばいい。

『保護いたしましたわっ!』

 インカムからアンジェリカの声が聞こえた。

 彼女の役割は――人質となった荒須綾の保護。

 人質が隠されている?

 なら――演算すればいい。

 綾が隠されているであろう場所を、天は《象牙色の悪魔(アイボリー・ラプラス)》で探索していたのだ。

 マスキュラの性格。施設の間取り。

 それさえ分かれば、候補はかなり搾れる。

 そして、順番に候補地点を回って人質を回収するのがアンジェリカ。

 彼女なら『運良く』正解を引き当てられる。

 人質を保護したら次に――蓮華が照明を落とす。

 彼女の電気を操る能力を活用し、制御室から施設内にあるすべての電灯を消したのだ。

 明るい場所が一瞬で暗闇に。

 その落差は、一時的な失明状態を生み出す。

(瑠璃宮が動くのはアンジェリカの報告が終わってから10秒後)

 天は目を閉じ、カウントする。

 タイミングを決して外さないように。

 そして10秒。

(今だッ!)

 今、ドームは闇に覆われたはずだ。

 その瞬間に――天と彩芽は跳び上がった。


 ――ドームの床を壊して。


 天と彩芽の役割は強襲。

 そして待機していたのは、()()()()()()()()()()()()()

 あらかじめ美裂の《不可思技(ワンダー)》で地下にトンネルを掘っておき、天たちは身を潜めていたのだ。

 このたった一瞬の、暗殺の瞬間のために。

 ドームの床を崩し、天たちは地上に飛び出した。

(位置は完璧だッ……!)

 天と彩芽がいるのは、マスキュラの背後だ。

 美裂がうまい具合に誘導してくれていたようだ。

「なんだッ――!」

 マスキュラは困惑している。

 彼には周囲が見えていない。

 目論見通り、明暗差が視覚を奪っているのだ。

 一方で天たちは違う。


 さっきまで暗闇の中に潜んでいた天と彩芽の眼は、闇に慣れている。


(見える。これなら――)

 天は大剣を強く握る。

 そして、彼女の体に血管のような光脈が走る。

 《悪魔の四肢》。

 脳のリミッターを外し、身体能力を底上げする技だ。

 最大に近い出力。

 これならばマスキュラにダメージを与えられる。

「ぬ!?」

 音に気付き、マスキュラが振り返る。

 だが見えては――

(いや……!)

 天はここで一つの想定外に気が付いた。


 まるでスポットライトのようにマスキュラの周囲だけが照らされている。


(天井に……穴?)

 直径1メートルほどの穴から外の光が差し込んできている。

 そのせいで、天たちの姿が完全には隠しきれていない。

(《悪魔の四肢》を使ってるから未来演算は使えない……!)

 だから、この策の行き着く先を今から見ることはできない。

 ゆえに――信じる。

 出たとこ勝負だろうと、信じる。

 打ち合わせなくとも、この仲間となら最善の答えを導き出せると。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 だから天は迷いなく、自分の役割を果たすだけだ。


 次話あたりで決着の予定です。


 それでは次回は『悪は滅びない』です。



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