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4章 12話 ヒール

 天はマスキュラを吹っ飛ばした方向から目をそらさない。

 だが一方で、思考は敵から離れていた。

 荒須紬。

 それが、かつて美裂を殺した女性の名前らしい。

 そんな彼女が今、ここにいる。

 マスキュラとの遭遇は偶然で、ある意味では彼女と会うことが本来の目的だったといってもいい。

 彼女の存在はALICEを運用していく上での不安要素となりうる。

 そんな理由から、外出申請を省略して天と美裂はここにいる。

 ――すでに美裂の身辺整理処置は明日に迫っている。

 だからこそ、最後に見極めるために。

 荒須紬がALICE――そして箱庭にとって不利益となるのかを。

 身辺整理によって強制的につながりを消すべきか否かを。

 そのはずだったのに《上級ファージ》が現れたとなると、そう簡単にいくことはなさそうだ。

 ――つくづくタイミングが悪い。

「ぬぬ……」

 崩れた建物からマスキュラが顔を出す。

 吹っ飛びはしたもののダメージはなかったらしい。

(あいつ……俺の攻撃を素手で受け止めてやがったよな……?)

 天は思い出す。

 先程の攻防を。

 マスキュラは自らの腕で大剣を防いでいた。

 《悪魔の四肢》による身体強化でなんとか天が押し切った。

 しかし、結局のところ彼の腕には一切傷跡はない。

 つまり、天の刃はマスキュラの肉体に弾かれたということ。

 どうやら、一筋縄ではいかない頑強さらしい。

「これは――援軍というわけだなッ!」

 マスキュラは――


「卑怯であるぞッ!」


 そう叫んだ。

「一人を多数で囲むなど悪の極みッ! 正義としてッ! 負けるわけにはいかないのだッ!」

 憤りのままマスキュラは叫ぶ。

 その怒りに呼応するかのように彼の筋肉が波打ち、膨張してゆく。


「正義を貫くため、手段は選ばぬぞぉぉぉッ!」


 マスキュラは拳を振り上げ、体の向きを変える。

 彼の視線の先にいるのは――

「この野郎ッ……!」

 天は怒りの声を漏らす。

 マスキュラが狙っていたのは――荒須親子だった。

 この場にいる唯一の一般人。

 あろうことか、彼は彼女たちに狙いを定めたのだ。


「悪を討つための殺戮は――正義だッ!」


 マスキュラが拳を打ち放つ。

 正拳は一直線に親子へと突き進む。

「……!」

 紬は娘を守るため、覆いかぶさるように抱きしめる。

 だが、それではとても――

「チッ……」

 マスキュラが二人を肉片に変えるまでの刹那。

 その瞬間に割り込む影が一つ。

「悪人には効くなぁ……正義の鉄拳とやらは」

 美裂はそう笑う。

 彼女はチェーンソーを盾にしてマスキュラの拳を防いでいた。

 だが無傷でとはいえない。

 たった一撃でチェーンソーには歪みが生まれ、衝撃を完全に止めることはできなかったのか彼女の頭からはわずかに血が流れている。

「正義の鉄拳を受け止めるとは――」


「さてはお前――悪だな?」


 マスキュラはまだ自由な拳を握り、美裂を横から殴りつけた。

「がッ……!」

 横に吹き飛ぶ美裂。

 彼女の体が壁に突っ込む。

「ッ――」

 その瞬間に動き出していたのは紬だった。

 マスキュラの意識が美裂に移ったタイミング。

 そこを狙い、手元に隠していたナイフを突きだした。

 飛び込むような、ほとんど捨て身の一撃。

 自分は死んでもせめて――。

 そんな意図を感じさせる特攻。

 しかし、あまりにもその身体能力には開きがあった。

「弱いッ! さてはお前も悪だなッ!?」

 ナイフはマスキュラに刺さらない。

 突進の勢いが止められ、紬が空中で静止したわずかな時間。

 しかしそれは致命的過ぎる隙だ。

 マスキュラは指で紬の腹を弾く。

「っぐ……ぁっ……!?」

 戯れのような一撃。

 それでも人体には重すぎるダメージだった。

 紬はその場で胃の中身をすべてぶちまける。

「この卑しい悪人どもめッ! 私が、正義の戦いを教えてやるとしようッ!」

 うずくまる紬を無視し、マスキュラは彼女の娘へと手を伸ばす。

「!?」

 マスキュラは綾の首を掴む。

 大柄な彼の手ならば、華奢な綾の首など容易くへし折れるだろう。

「聞けッ! 悪人どもッ!」

 マスキュラは叫ぶ。

「この少女の命を救いたいという正義の心があるのならばッ! 正義にのっとり、私と一対一の決闘に臨むと誓うのだッ!」

 マスキュラは綾の体を片手で持ち上げる。

 体重が首を締めあげる力へと加わり、綾の表情が苦しみに歪む。

「この――」

 娘を攻撃され、紬の目に憎悪の光が宿る。

 視線だけで人を殺せそうなほどの迫力。

 だがそれも、事態を打開するにはあまりに無力だった。

(まずいな……)

 天は唇を噛む。

 マスキュラが綾の首を折るために要する時間はコンマ1秒にも満たないだろう。

 ゆえに、一瞬で奪い返せばいいというわけでもない。

 少なくとも、この場での主導権は彼の手にあった。

「そうだな――先刻、あそこに良きリングがある建物を見た気がするなッ! あそこを決闘の場としようッ!」

 マスキュラは北を示しながらそう言った。

 彼の示す方向には確かに、近日中に格闘技の大会が催されるドームがあったはずだ。

「1時間後。お前たちの代表者が一人でリングに来るのだッ! 私に勝てたのならば、この娘は返してやろうッ!」

 マスキュラの要求。

 それは1対1の戦場。

 数の有利を奪うため、マスキュラは人質を取ったというわけだ。


「それでは――正義に討ち滅ぼされる覚悟ができたら来ると良いッ!」


「待て――!」

 天が呼び止める声も届かない。

 マスキュラは綾を捕まえたまま跳んでゆく。

 彼は驚異的な跳躍で一気に戦場を離れ――天たちの目の前から消えた。


 マスキュラとの戦いは第二ラウンドに持ち越されます。


 それでは次回は『作戦会議』です。



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