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4章  9話 そしてゴングが鳴る

「もうすぐかしら。もうすぐかしら」

 誰もいないビルの屋上。

 そこで少女は両手を広げて歩く。

 一歩でも踏み外せば地面に落ちるビルの端。

 そこでも彼女の表情に一切の恐怖はない。

 ゴスロリ服。

 夜色の髪。

 月のように赤い瞳。

 少女――月読は薄く笑う。

「もうすぐ。巡ってくるのかしら」

 月読はその場でくるりと回る。

 黒いスカートが花びらのように広がった。

「物語のページならめくったわ」

 ――だから、


「世界はちゃんと、正しく回っていく」


「早く――終わらせてあげたいですね」

 ねぇ? ――ちゃん。

 月読は名前を口にした。

 ここにはいない、友人の名を。

 きっと彼女も頑張っているだろうから。

 箱庭の中で、自分なりに世界を救おうと。

 ――悲しむべきは、


 ――彼女と月読の歩む道があまりにかけ離れてしまっていることか。



「…………あら?」

 箱庭の外、アンジェリカは女性を見つけていた。

 銀糸の髪。

 どこか陰があり、希薄な女性。

(……天さんがおっしゃっていた方ですわね)

 アンジェリカも事情はよく分からない。

 だが、天から言われていたのだ。

 ――彼女を見たら、見つからないように様子を見てほしいと。

 女性がどんな存在かは知らない。

 守るべき相手なのか。

 それとも警戒すべき相手なのか。

 とはいえ、天がわざわざ言うのだ、理由はどうであれ重要人物なのだろう。

 理由を語らなかった理由は――誰かの過去にかかわっている人物だから。

 そう考えるのが自然だ。

 だが、それを詮索するつもりもない。

 知りたがるのは我儘にすぎない。

 本当に大切な友人であるのなら、知る必要もない。

 知っても知らなくても、気持ちは変わらないのだから。

「……予定は後回しですわね」

 アンジェリカは歩く方向を変えた。

 女性に悟られないようにと重々言われている。

 だから遠目に。

 とはいえアンジェリカは目立つ。

 ALICEの一員であることを差し引いても派手な容姿なのだから。

 ゆえに長時間の追跡はリスクが大きい。

 それこそ様子を見る程度にとどめておくべきだろう。

 ともあれ、アンジェリカの追跡が始まった。


「特に……どうということもありませんわね」

 拍子抜けするような日常。

 女性は娘らしき少女を連れて歩いている。

 手をつなぎ、時に微笑みながら。

「………………どうということもありませんが、少し羨ましくも思いますわ」

 アンジェリカにはもう、家族と呼んでいい相手はいないから。

 何気ないあの関係の大切さを知っているから。

(――人通りが減ってきましたわね)

 親子はどんどん人通りの少ない場所に向かっていった。

 彼女たちがいる住宅地はあまり交通の便に恵まれていない。

 それこそ近くにコンビニが一つある程度で、店も多くない。

 不便だが、それだけ土地代も安くて済む。

 そんな地域だ。

 ――貧乏暮らしの経験もあるため、そういうこともアンジェリカはよく知っていた。

「これ以上は、厳しいですわね」

 もう人通りが少ない。

 いたとしても、このあたりの住人ばかり。

 さすがに気づかれずに追跡というのが現実的ではなくなってきた。

「もう、お開きといたしましょうか」

 何かをすることを求められているわけではない。

 様子を見て――普通の親子に見えた。

 ただそれだけのことだ。

 はたして天が望む結果だったのかは分からない。

 だが、アンジェリカの追跡が露見することに比べればマシだろう。

「それでは――」

 元の予定に戻ろう。

 そう思いアンジェリカは踵を返す。

 その時――彼女の背後で爆発が起こった。

「なんですの……!?」

 アンジェリカは振り返る。

 そしてあの親子の姿を探すが――

「……何が起こっていますの?」

 親子の姿はもうなかった。



「なんなのよッ……これは……!」

 荒須紬は走っていた。

 最愛の娘の手を引きながら。

 突然起こった爆発。

 危険を感じた彼女が脇道に身を隠したとき、それは現れた。

「ふむッ! 逃げるがいい! お前たちが逃げたいのなら尊重するッ! それもまた正義ッ!」

 彼女たちの背後には男がいた。

 露になった上半身は鎧のような筋肉に覆われている。

 それだけでも脅威なのだが――

「逃げるのが嫌になったら言うのだッ! その時は、お前たちの希望に沿って殺してやると誓おうッ!」

 たった一度。

 たった一度の跳躍で、男は紬たちを飛び越える。

「っ……!」

 逃げ道が一つ消える。

 紬は一瞬で視線を走らせ、逃げ道を模索する。

「こっち……!」

 さらに脇道へ。

 狭い道を走りながらも都市部を目指す。

 人が多いところに逃げ切れば、事態が変わるかもしれない。

 そう信じて。

「うぬッ! 良い逃げっぷりだッ!」

 男は砂の城でも壊すかのような手軽さで塀を削りながら歩く。

 それも素手でだ。

 あんな手に捕まれば、人体など一瞬で潰れる。

「……………最悪ね……!」

 紬は立ち止る。

 立ち止まらざるを得なかった。

 ――そこはもう、袋小路だったから。

 紬は歯噛みする。

 自分だけなら良い。諦めもつく。

 だが、娘だけは。

 彼女だけは助けなければならない。

 紬は――覚悟を決めた。

「私たちの意向を尊重してくれる、だったわね」

「うむッ! 正義だからなッ!」

「そう――」

(まさか、また使うことになるだなんてね)

 紬は――懐からナイフを抜いた。

「なら、殺し合いよ」

「うぬッ! 潔くて良いなッ!」

 男は腰に手を当てて笑う。

 自分が負けるなど思ってもいないのだろう。

(自分が殺されるなんて……思わないのでしょうね)

 そしてそれは傲慢などではない。

 変えがたい現実だ。

 まず身体能力が違いすぎる。

 戦って勝てる相手ではない。

 だが――退けない。

 退くわけには、いかないのだ。


「お待ちになって」


 そんな時、声が聞こえた。

 狭い道に凛とした声が反響する。


「その勝負。わたくしが預からせていただきますわ」


 少女――天条アンジェリカは正面から男に指を突きつけた。


 ヒント:月読は天のことを『天ちゃん』とは呼ばない。


 それでは次回は『肉打ち、骨鳴るリング』です。



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