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4章  8話 影の城にて

「ねぇねぇ、ミリィ」

「あぁ?」

 影の世界に佇む城。

 その一室には二人の存在がいた。

 少女――グルーミリィは椅子の背もたれに全体重を預けながらジュースを飲む。

 そんな彼女の対面に座り、少年――ジャック・リップサーヴィスはただただ笑う。

「ねぇミリィ」

「だからなんだよ」

「呼んでみただけ♪」

「…………マジでぶっ殺すぞ」

 グルーミリィは苛立ち混じりにストローを噛んだ。

「ミリィの唾液が混じって美味しそうなジュースだね。はい、あーん」

「…………ぷッ!」

「危なっ」

 ミリィは口内に残っていたジュースを弾丸のように撃ち出した。

 音速を越えたそれは、パステルカラーのウォーターカッターだ。

 ジャックは首を傾けて躱すも、ジュースの刃は壁を貫いた。

「ちゃんと『あーん』してやったんだから受け取れよ。そして死ね」

「…………ミリィ」


「もうちょっとエッチな感じで『あーん』って言ってくれないかな?」


「ぷッ!」

「《固くなれ》」

 二度目のジュースをジャックは口で受け止めた。

 しかし、彼の後頭部が撃ち抜かれることはない。

 ――言葉の現実化。

 おそらく、ジャック自身の体を硬化させることで貫通を防いだのだろう。

「まったく。ミリィのせいで僕のが固くなっちゃったよぅ」

「……てめぇと口喧嘩で勝てる気がしねぇ」

「え? 戦っても勝てないよね?」

「……………」

 何を言っても無駄な気がした。

 グルーミリィは嘆息する。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 その時、城の扉が吹き飛んだ。

 轟音とともに扉の破片が舞う。

 襲撃かと思ってしまいそうなほどの入室。

 だがグルーミリィたちは大げさに驚くことはない。

 こんなことをする馬鹿など、一人しか心当たりがないからだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ジャックが殺されたというのは本当かぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!」

「うん。嘘だね」

「ただし。今から本当になるけどな」

 現れたのは巨漢だった。

 軽く見積もっても2メートルはある。

 身長だけではない。腕も足も丸太のように太い。

 そこにいたのは、筋肉の鎧を纏う男だった。

「ぬ!? レディメアがいないな! なるほど、死んだのは彼女であったのか!」

「――さっきまで部屋に案内してたのが誰か忘れたのかな?」

 男性の後ろから赤髪の少女が顔を出した。

 彼女――レディメア・ハピネスは三つ編みを尻尾のように揺らしながら肩をすくめる。

「――――――」

 男はレディメアを無言で見つめる。

 すると――


「念のために聞くが。皆にもレディメアのことが見えているのか?」


「見えてる見えてる超見えてる」

「ただし。パンツは見えてないね」

「そうかッ!」

 納得の声を上げる男。

 そして彼はレディメアに向き直り、彼女の肩をたたくと――

「安心しろレディメアッ! 君は! 生きている!」

「知ってますけど!?」

 レディメアの抗議もどこ吹く風で男は笑っていた。

「いやぁめでたいな! やはり正義は滅ばないッ!」

「自称正義なんて、ロクな奴だった試しがないけどね」

 ジャックはそう嗤う。

 完全な皮肉だが、それも男には通じない。

「自分を正義と自惚れない謙虚! さては正義だな!?」

「ぅぐッ!」

 男はジャックに抱き着いた。

 男性は今にも感涙を流しそうな表情で抱擁している。

 ――明らかにジャックの骨が悲鳴を上げているのだが。

「良かったなー自称正義。今、お前はこれまでで一番世のためになることやってるぜ。だから、そのままちゃんと殺せよー」

 とはいえ、興味もないのでグルーミリィはジュースを飲み始めた。

「そうかっ――相手を苦しませることなく、愛のある抱擁で命を奪う。それこそが正義! 深い! 深すぎるぞぉぉぉぉぉッ!」

「…………めちゃくちゃ苦しんでいるように見えるのは気のせいかな?」

 レディメアは呆れた様子で男を見ていた。

「あの……さすがに苦しいんだけど……?」

 ジャックがそう男に言うと、男はさらに叫ぶ。

「うおぉおおおおおおおおおお! ジャックの苦悶の声が聞こえるぅぅぅ! そうだろう、そうだろう! お前が正々堂々と戦って負けるわけがない! 悔しいのだろう! 歯がゆいのだろう! 無念なのだろうぅぅぅ!」

「これ絶対、苦しい理由をはき違えてるよね?」

 ジャックの声も、男には届かない。

「きっと卑怯な手で卑劣に倒されたのだろうッ! 安心しろ! 正義の名の下、このマスキュラ・レスリングが悪を断ってやろう」

「なら今、自分の命を断ってこの野郎ぅ……」

 ようやく解放されたジャックは疲れた様子でそう言った。

 口喧嘩の強い彼も、肉体言語は専門外だったらしい。

 ――マスキュラ・レスリング。

 それが大男の名だ。

 筋骨隆々の体を武器とする、《上級ファージ》の一人だ。

 彼もまた、強力な力を持つ。

 それこそあのバカみたいな声の大きさに負けない程度には。

「……そもそも、なんで来たんだお前?」

 グルーミリィはそんなことを尋ねた。

 彼は気ままに各地を放浪している。

 城を訪れることは珍しい。

「何、単純なことだッ!」

 マスキュラは胸を張って叫ぶ。

 そして、語る。


「もうそろそろ――()()がお目覚めになる頃かと思ったのだッ!」


 4章のボスはマスキュラ・レスリングです。

 ちなみに頭はツルツルです。


 それでは次回は『そしてゴングが鳴る』です。



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