4章 7話 執行猶予
「なるほど。事情は分かったよ」
一通りの経緯を聞き、助広はそう言った。
「確かに、身辺整理処置を受けておいたほうが後腐れはなさそうだ」
あの女性が殺したいほど――殺してしまうほど美裂を憎んでいるとして。
彼女が美裂を放置してくれるとは信じられない。
美裂自身は当然として、ALICE全体に影響を及ぼす可能性がある。
その芽を摘むという判断に間違いはないのだろう。
「和解して仲良しこよしって関係じゃないからな。ほどけないなら、断ち切るしかないだろ」
「……そうだね」
美裂と助広は話を進めてゆく。
――記憶を消す。
それはかなり強引な手段だろう。
本来なら、互いが納得した上で生きていけたほうが良いはずだ。
だが、そうなるには美裂の過去は複雑すぎた。
少なくとも、天には解決策など浮かばない。
だからリセットする。そういう結論に至ったわけだ。
「とはいえ、僕一人で決められる問題ではないね」
助広はそう答える。
「まあ僕のほうから申請はしておくよ」
「すぐには難しいのか?」
天はそう尋ねる。
そして、助広は彼女の言葉にうなずいた。
「そりゃあ、他人の記憶を消すだなんて安易にして良いはずがないさ」
助広は笑う。
「僕と氷雨ちゃん二人の申請があって、それから生天目取締役が自ら処置を行うことになっているんだよ。だから1週間くらいはかかるだろうね」
神楽坂助広。妃氷雨。
事務所における実質ツートップからの許可。
そして、最高権力者である生天目厳樹が実行する。
想像以上に大掛かりな処置らしい。
そもそも厳樹が事務所にいる日は限られているため、一週間かかるという言葉も仕方がないのだろう。
「一週間、ね」
「ああ。だから考えておきなよ」
助広はそう言うと部屋の窓を開け、煙草を口にした。
「本当にそれでいいのかを、さ」
処置が実行されるまで考えろ。
そう助広は促した。
「良いのかよ。もし処置をしなかったら、事務所に迷惑かけるかもしれないんだぞ?」
「だけど君の人生なんだ。考える時間も与えられないのは不公平だろう?」
それは、助広なりの気遣いだったのかもしれない。
☆
「ねえ。お母さん」
「…………なぁに?」
女性――荒須紬は我が子の頭を撫でた。
彼女にとって娘――荒須綾がすべてだった。
荒須紬に本当の親はいない。
物心がつく頃にはすでに孤児が集められる施設にいた。
そしてある日、新しい――初めての両親ができた。
容姿端麗で、賢く、優しい両親だった。
子供でいられることが誇らしいほどに理想的な家族だった。
しかしそれも壊された。
――殺人鬼の少女によって。
どうやら強盗の末の殺害だったと後から聞いた。
そんな理不尽の代価は、理不尽で贖わせた。
紬が殺人鬼の少女を殺したのが約15年前。
運命の悪戯か、紬の殺しが発覚することはなく今に至る。
そして取り繕われた平穏が続いた。
――殺人鬼だった女……太刀川美裂の生存を知るまでは。
ALICE。
もしも娘の綾がファンでなければ、世情に疎い紬は気付かなかっただろう。
――気づかなければ、もっと穏やかに生きられたのかもしれないのだけれど。
(面倒なことになったわね)
紬は考える。
あのシリアルキラーの少女は何を思っているだろうかと。
理由は分からないが彼女は生き返り、彼女を殺した紬を見つけた。
考えられる未来は――報復。
紬がしたように、彼女もまた紬を狙うかもしれない。
先に家族を奪ったのはお前だ。そんな理屈が通じるとも思えない。
だから――
(やっと手に入れた幸せを――もう奪わせない)
「……お母さん?」
紬は綾を抱きしめる。
人を殺したとき、きっと人は呪われるのだろう。
大切なものを取りこぼし続け、今の紬にはもう娘しかいなかった。
だから奪わせない。
もしも殺人鬼がまた現れるのなら――もう一度殺してみせる。
やっと親子の名前が出せた……。
ちなみに紬は美裂の職業をまったく知らないので、美裂=快楽殺人鬼となっています。
だからこそ、美裂が自分たちを再び殺しに来る可能性を警戒しています。
そんな彼女との和解のチャンスはあるのか――
それでは次回は『影の城にて』です。
《ファージ》コントの時間です。