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4章  6話 オッサンの部屋で3人

「じゃ、エロ本探すか」

「いや、それはちょっとおかしいよね?」

 天たちが助広の部屋を訪れて5秒。

 早速、美裂は物色を始めていた。

「照れるなよ。オッサンなんだから、エロ本くらい持っててもおかしくねぇって」

「そういう意味じゃないんだけどね」

 助広は大きく息を吐く。

 思いっきり寝ぐせのついた髪。

 プリン頭であることもあいまって、酷くだらしなく見える。

 もっとも、朝早くから叩き起こした天たちにそれを非難する権利はないのだが。

「怪しいのはこのクローゼットか? こういうのに限って――」

「ちょっと待ってくれないかな」

 助広は手を伸ばし、美裂の襟を捕まえる。

 彼女の手は空を切り、クローゼットを開くには至らなかった。

「天……! クローゼットの中身を《象牙色の悪魔(アイボリー・ラプラス)》で見てやれッ……!」

 切羽詰まった様子で美裂はそう叫ぶ。

「お……おぅ……」

 天はこの日――多分、人生で一番くだらない理由で能力を使った。

「――――《象牙色の悪魔》」

 天の瞳に幾何学模様が浮かび上がる。

「《悪魔の眼》」

 天は解析する。

 神楽坂助広という人物像。

 部屋に置かれたインテリアの位置。

 クローゼットを見られることを阻止する際に見せた助広の反応。

 すべてを公式に組み込み、解き明かす。

 扉を開くことなく、クローゼットの中身を導き出す。

 結果は――


「ッッッ~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?!?!?!?!?!?」


 ――解析不能。

 あの悪魔がさじを投げた。

 危険危険危険アラート危機キケン警告警告警告警告Dangerous!

 不明不明致命致命見るな見るな見るな知るな知るな知るな止まれ止まれ!


「逆に気になるわッ!」


 思わず天は叫んだ。

 悪魔がここまで警戒するとはどんなものが入っているのだろうか。

「天。どんな異常性癖だったんだ?」

「……か、帰る」

「?」

 天の声が聞こえなかったのか、美裂は首をかしげている。

 だが、そんなことを気にしている精神的余裕はもうなかった。

「ええっと。天ちゃ――」


「来るなヘンタイッ!」


 天は体を抱きながら声を上げた。

 それはもはや悲鳴に近い。

「なんか、よく分かんないけどトンでもないエ……エロ本持ってるんだろ!?」

 赤面しながら天はそう怒鳴った。

 悪魔さえ解析を拒むもの。

 どんなものであったかなど知りたくもない。

 もはやあのクローゼットはパンドラの箱だった。

「こここ! こんな変態と一緒の部屋にいられるかぁ! 俺は帰るからな!」

「なんか唐突に死亡フラグ立て始めてどうした」

 錯乱する天と、どこか呆れた様子の美裂。

 二人の反応は対照的だった。

「まあ天。落ち着けよ。男は大体エロ本くらい持ってんだよ。ちょっと性癖こじらせてても、許すのが良い女ってもんだろ」

「ツンデレ属性のツインテールが主役のエロ本だったらどうするんだよッ!」

「おーい。自分の属性に自覚が出始めてるぞー」

 もはや天は半泣きだった。

「ったく箱入り娘かよ。いいか。男は全員王子様じゃないんだぞ?」

「し、知ってるし……」

 そもそも、天は元々男である。

 だからこそ、身近な男性にそういう目で見られている可能性に取り乱してしまったのだ。

「それに考えてみろよ。天の《不可思技(ワンダー)》でもよく分からなかったってことは、ツンデレなんて安直な性癖なわけないだろ。どギツイSMだとか……最悪ネクロフィリアとかの可能性も――」

「オッサンの性癖を勝手にこじらせないでくれないかな?」

 助広が柔らかく抗議する。

 そんな彼に美裂は――

「じゃあ胸は大きいほうが良いのか?」

「まあロマンだよね」

「ツンデレ」

「王道は、王道になるだけの理由があるよね」

「ツインテール」

「良いと思うよ」

「ツンデレ赤髪ツインテール(隠れ巨乳)」

「ちょっと属性盛りすぎな気もするけど悪くないんじゃないかな」


「お部屋に帰るぅぅぅ! 絶対帰るからなッッ!」


 身の危険を感じた。

 しかし美裂は天が逃げ出すよりも早く、彼女のツインテールを掴む。

 手綱を握られたかのように天の体が縫い留められる。

「ほら。隠れ巨乳赤髪ツインテール。さっさと本題に入るぞー」

「やっぱりもういい! 俺、興味本位で来ただけだから! もう行く!」

「興味本位で男の部屋に入った代償ってやつだな」

「放せぇぇぇぇぇ…………!」



「で、こんな時間にどうかしたのかい?」

 そう助広は本題を促す。

 彼も、美裂が本気でエロ本を探しに来たなどとは思っていないのだろう。

「オッサン……あ、そういえばさっき犬の糞があってな?」

「うん。人の顔を見て犬の糞の話を思い出さないでくれるかな?」

「犬の糞……そういえばオッサン――」

「犬の糞からリターンされても、さすがに困っちゃうよ?」

「なあ、犬の糞。折り入って話が――」

「分かった。僕と犬の糞の区別さえついていればもう何でもいいよ」

 軽快なやり取りをする美裂と助広。

 だが、案外これは本題を切り出しにくいという心情の現れかもしれない。

「オッサンさ。前、言ってただろ?」

 ワンクッションを挟み、次に美裂が発した声音は真剣なものだった。


「身辺整理処置――受けようと思ってさ」


 ALICEの性質を想うと、ネクロフィリアはかなりヤバイです。


 それでは次回は『執行猶予』です。



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