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1章  6話 天条アンジェリカ

 ――気持ちの整理もあるだろうから、レッスンは来週からの参加で良いよ。


 そんな言葉と共に、助広たちは天と分かれた。

 彼女の手の中に握られているのは、部屋の鍵と当面の資金。

「最悪の気分だ」

 救世主としてやっていけそうと思った矢先の出来事。

 残念ながらアイドルとしてやっていく覚悟はできそうにない。

「無理だ。クラスの男子のしていた話題の中心が俺……? 吐きそうだ」

 男子高校生なら女性アイドルの話くらいする。

 ただ可愛いだとかそれくらいならギリギリ。

 だが盛んな年頃となれば――もっと踏み込んだ話題もあるわけで。

 そんな話になった時、自分の名前が挙がる可能性――

「嫌すぎる」

 想像だけで胃袋が持ち上がりそうだ。

「――今は全部忘れてしまうしかない」

 天は外を眺める。

 暖かな日差し。

 今は春なのだろうか。

 カレンダーがあれば暦も確認したい。

 暖かな光に、柔らかい芝生。

 景色も悪くない。

「全部忘れて、散歩でもするか」

 レッスンがあるまで少し時間がある。

 現実逃避くらいしても許されるだろう。



「お金なら……お金ならありますのぉ」

 少女は涙を浮かべて懇願していた。

 金髪ロール。高身長で、起伏に富んだ肢体。

 可愛いというよりも美人というべき顔立ち。

 その姿は高貴ささえ感じさせたことだろう。

 ――普段なら。

「お金ならいくらでもありますのぉ……。分かりましたわ……言い値の倍払いますわ……それでどうか……ぁぁ……!」

 美女は無様に縋りつく。

 惨めに、懇願している。

 それはまるで――


「なんで自動販売機に命乞いしてんだ?」


「はッ……!?」

 思わずつぶやいた天。

 その声に女性は跳びあがった。

 ――胸が揺れた。

「命乞いなどしていませんわ!」

「ああ。そうだったのか」


「で、なんで命乞いしてたんだ?」


「天丼ですの!?」

 ――どうやらこの貴族令嬢じみた少女。お笑いを嗜んでいたらしい。

「……ごほん」

 少女はわざとらしく咳払いをする。

 もっとも、その程度で払拭できる醜態ではなかったが。

「それで、貴女は誰ですの?」

「俺は天宮天だ。一応――ALICEって奴」

 天はあえてそう名乗る。

 ここは箱庭とやらの中だ。ALICEと名乗っても問題はないだろう。

 仮に目の前の女性が救世主としてのALICEを知らなくても、この世界にはALICEというアイドルユニットがある――らしい。

 誤魔化しようならいくらでもある。

「あら? ということは、貴女が新入りですのね」

「――まさか」

 彼女の口ぶりで察する。

 おそらく彼女は――


「わたくしは天条(てんじょう)アンジェリカ。貴女の先輩にあたるALICEですわ」


 ――やはり彼女もALICEだったらしい。

 少女――アンジェリカは優雅に髪を払う。

 その姿は王女を幻視させるほど様になっている。

 もう取り返せない醜態を見せた後だが。

「ここで会ったのも何かの縁ですわ。いきなりで分からないことも多くて不安でしょうし、何でも聞いてくださって構わなくてよ?」

「それじゃあ――」


「なんで命乞いを?」


「また天丼ネタですのっ!?」

 アンジェリカの悲鳴が響いた。



「つまり、いくら小銭を入れても自動販売機が反応しないと」

「――叫んだらさらに喉が渇きましたわ……」

 アンジェリカが肩を落とす。

 ここに至る経緯はこうだ。

 先程まで彼女はレッスンを受けていた。

 そしてレッスンが終わった時、彼女は水筒を忘れていたことに気がついたらしい。

 だから自室に戻る途中にあった自動販売機で飲み物を買おうとしたのだが――投入した小銭はそのまま排出されて、何度もトライするもかれこれ数十分ほど飲み物が買えていないらしい。

 喉の渇きが最高潮に達し、自動販売機に抗議していたのが先程の光景というわけだ。

「なんつーか……大変だったな」

「不運ですの……」

 アンジェリカは悲しみに打ちひしがれていた。

 そんな姿を見ていたら同情心が湧いてくる。

「じゃ、今日は先輩のパシリでもするとしようかな」

 幸い、天にはさっき貰ったばかりの資金がある。

 あくまでこれは仮に渡された金額で、ちゃんとした生活費は自室に用意されていると聞いている。

 ここで使ったところで問題ないだろう。

「――で、何が飲みたかったんだ?」

 小銭を入れ、天はアンジェリカに尋ねた。

「――スポーツドリンクが飲みたいですわ」

「分かりました先輩――っと」

 見慣れたペットボトルの中からスポーツドリンクを選ぶ。

 どうやらこの世界も、生前と飲み物の種類は似通っていたらしい。

「これで良いか?」

「助かりましたわ」

 少しためらいがちにアンジェリカはペットボトルを受け取る。

「確かに、たまにあるよな。小銭が何回入れても戻ってくること」

「ええ。だから、小銭が受け入れられた()()が感動を生むのですわ」

「…………ん?」

 アンジェリカの言葉に違和感を覚える。

 彼女の言い方ではまるで――

「アンジェリカ先輩って、どれくらいの頻度でこういうことがあるんだ?」

「10回に1回はちゃんと買えますわよ?」

「全然買えてない……!?」

 確信する。

 天条アンジェリカは――不幸体質だ。

 金運が降り注いでいそうな見た目をしていても――不運だ。

 運に見放されている。

「それにしても、もう少しで《不可思技(ワンダー)》を使うことも視野に入れていましたわ」

「《不可思技》?」

 そういえば助広が言っていた。

 《不可思技》というALICEの固有能力のことを。

 どうやら《象牙色の悪魔(アイボリー・ラプラス)》も《不可思技》として認識されているらしい。

 もっともあれは生前から持つ能力なので定義に当てはまるかは怪しいのだが。

「《不可思技》で自動販売機を壊すってわけか?」

「なんて恐ろしいことを……! そんなことをしたら、わたくしの背骨が折られますわ……!?」

「もっと恐ろしい内容が聞こえたんだけど!?」

 背骨を折られる。

 誰にだ?

「しかも、弁償するまで給料がもらえませんわ……」

「背骨折られた挙句にアイドル活動で弁償させられるのか……? 気付いていないだけで、俺は地獄に堕ちてたのか……?」

 嫌な汗が出てきた。

「地獄ではありませんが鬼ならいますわ。ご存知でして……? 鬼って……現実にもいますのよ……?」

「体験者は語るってやつか……」

 天は恐怖で震えた。


 どうやら、自分はとんでもないところに来てしまったらしい。


 三人目のALICEは『不幸体質系お嬢様』です。


 現在判明しているALICEメンバー

・天宮天

・瑠璃宮蓮華

・天条アンジェリカ

・???

・???


 それでは次回は『生天目彩芽』です。

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