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4章  4話 暗殺者に華はいらない

「…………」

 なんとなくだった。

 ただ早く目が覚めてしまったから。

 あるいは、彼女が現れそうな気がしたから。

 そんな理由で天は廊下に立っていた。

 メンバーたちの自室から共用スペースに続く廊下に天はいた。

 きっと予感が当たったのだろう。

「何やってんだ? こんな朝っぱらから」

 天の前に現れたのは美裂だった。

 まだ太陽が昇って間もない時間帯。

 だというのに、美裂は身だしなみを整えてそこにいた。

「美裂こそどうしたんだ?」

 天はそう問う。

 普段の美裂も早起きだ。

 だが、さすがにこんな時間帯から部屋を出ることはなかった。

「助広のオッサンに用事があってな」

「オッサンにか?」

 神楽坂助広。

 彼はアイドルユニットALICEのプロデューサーだ。

 彼に相談することと言ったら――


「多分アタシ、一旦ALICE抜けるわ」


「はッ……!?」

 美裂の言葉に天は驚愕する。

 ALICEを辞める。

 その言葉が、そのまま受け取っていいような意味でないことぐらい分かっていたからだ。

 ALICEの生活には様々な制約がある。

 救世主として、世界を救わねばならないから。

 ゆえに『辞めたい』などという理由で自由に生き方を選べるわけではない。

 言い換えれば、美裂は『辞めたい』のではなく『辞めなければならない』状態にあるということだ。

「ああ。勘違いすんなよ? 別にすぐ戻ってくるさ」

「そんな簡単な話なのか?」

 天は疑問の声を漏らす。

 そんなに簡単に済ませられる話とは思えないのだが。

「簡単な話じゃないから、リセットするって話だよ」

「?」

 ますます美裂の言わんとすることが分からない。

 天の様子を見て、美裂は嘆息する。

「そういや、身辺整理について知ってるのってアタシと彩芽だけだったか……」

「身辺整理?」

 もちろん言葉の意味なら知っている。

 だが、文脈に噛み合わない言葉だった。

「……ここで話すのもなんだしな」

 美裂は視線を窓の外に向けた。

 そこには朝日に照らされ始めた中庭がある。


「まだオッサンも寝てるだろうし、ちょっと話すか?」



「疑問に思ったことはねぇか?」

 中庭のベンチに二人が座ると、美裂はそう切り出した。

「ALICEには親戚がいない」

(そういえば、似たようなことをアンジェリカも言ってたな)

 ALICEの縁者らしきものが一切出てこないこと。

 アンジェリカ自身も、家族に忘れられてしまっていたこと。

 ――もとよりこの世界の住人ではない天にとっては実感のない話だったが。

「ほとんどのALICEが、周囲の人間から忘れられるのは『ALICE化の影響』だって教えられてる」

「………………………………ん?」

 そこで天はあることに気が付く。

 明らかに例外がそこに存在したから。

「気付いたか? なら、なんで彩芽は家族から忘れられてないんだって話だ」


「周囲の人間の記憶を消すのは、アタシたちの存在を悟らせないための後付けの処置だ」


「アタシたちは死人だ。だから、アタシたちが死んでいると知っている人間が現れたら困る。そうならないために、アタシたちの存在をこの世界から消す。それが『身辺整理』って呼ばれてる処置のことだ」

 ――身辺整理。

 まっさらな、世界を救うために不必要な交流を断ち切るための処置。

「身辺整理処置を受けていないALICEは二人だけだ」


「その一人が美裂……ってことか?」


 天の言葉に美裂はうなずく。

 美裂の記憶は世界から消えていない。

 だから、先日出会った女性は美裂を覚えていた。

「彩芽は死んでから20年も経ってるしな。だから、多少の矛盾や不可解は揉み消せるってこともあって身辺整理はされなかった」

 生天目彩芽は、この事務所のトップである生天目厳樹の娘だ。

 おそらく、血縁であるという事実が彩芽のモチベーションに好影響を及ぼすと考えられたのだろう。

 だとしたら美裂に身辺整理処置が施されなかった理由は――


「アタシは……アタシのいた組織が事務所にもたらすメリットが大きいってわけで、組織との綱渡し役として処置を免れたわけだな」


「組織?」

 妙な話になってきた。

 それこそ、この事務所の後ろ暗い部分につながるような――


「国防のためにすべてを捧げる暗殺一家」


「それが――太刀川家だ」



「テロリスト。スパイ。国家を存続していく上で危険因子となる人間を秘密裏に殺していく。それがアタシの……アタシたちの仕事だった」

 美裂はそう語った。

「アタシは、ALICEになる前から殺しの技術を学んで生きてきた」

 美裂は朝焼けを見上げ、自嘲した。

「別に好きなわけじゃねぇけど、仕事なんて好きかどうかで選ぶもんじゃねぇしな。少なくとも、ウチに職業選択の自由なんてなかった」

 ――信じられるか? 10歳で初仕事だぞ?

 そう美裂は笑う。

 だが、それはきっと笑って話せるような過去ではないのだろう。

 あるいは、笑いながらでもなければとても話せないような過去なのだろう。

 聞くまでもなく、彼女の過去が凄惨なものであったことは想像がつく。

「もしかして美裂の死因は――」

 天の中である仮説が浮かび上がる。

 救われない。救いようのない物語が。

「天の予想通りだよ」


「自業自得。()()()()()()()()()()()()()()。それだけのことだよ」


 生きていた記録がすべて失われる。

 そんな『身辺整理』と似た現象がすでに作中で起こっています。


 それでは次回は『暗殺者に華はいらない2』です。



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