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4章  3話 汚れた掌

「…………」

 みんなが寝静まったであろう夜中。

 美裂は一人で共用スペースにいた。

 一人椅子に座り、ハーブティーを飲んでいたのだが、

「ん?」

 階上から足音が聞こえてきた。

 軽い足音。

 体重から考えると――

「……蓮華か」

「まだ寝てなかったの?」

 そこにいたのは瑠璃宮蓮華だった。

 ベッドから抜け出してきたのだろう。

 彼女はシックなパジャマを着ていた。

「起こしちまったか?」

「眠れなかっただけよ」

 ――よく見ると、蓮華の目の下には隈があった。

 眠れていないのは一日や二日ではなさそうだ。

「ホットミルク。蜂蜜多めでいいか?」

 立ち上がると、美裂は冗談めかしてそう聞いた。

「ええ」

「……マジか」

 ――思ったよりもお子様味覚だった。

 とはいえ、聞いてしまったものは仕方がない。

 美裂はホットミルクを用意することにした。


「ほらよ」

「ありがと」

 二人は机を挟んで向かい合う。

「あなたって、不眠には程遠いと思っていたわ」

 そう言うと、蓮華はホットミルクを一口飲んだ。

「実際そうだしな。職業柄、食うのと寝るのは仕事みたいなもんだ」

「アイドルを軍人か特殊部隊みたいに言わないでちょうだい……」

 呆れた表情を見せる蓮華。

 ――ちょっと誤解されたらしい。

 前世での仕事の話だったのだが、わざわざ訂正するまでもないだろう。

「眠れないというより、寝たくないって感じだな」

「?」

「……見たくない夢、見ちまいそうでさ」

「……へぇ」

 蓮華はそう漏らした。

 美裂としてもガラにもないことを言ってしまった自覚はある。

 だから彼女は誤魔化すようにハーブティーを飲む。

「そっちはどうなんだ。現在進行形で寝れてないんだろ?」

「そうね」

 ――最近、夢見が悪いのよね。

 そう蓮華は続けた。

 どうやら悪夢の先輩だったらしい。

「なあ。蓮華」

「何よ、改まって」


「蓮華は……誰かを殺したことってあるか?」


 あんなことがあったからだろう。

 普段だったら絶対に言わないであろう質問を美裂は口にしていた。

 ALICEは大なり小なり暗い過去を持つ。

 だから、こんな不用意なことを言うべきではない。

 どんな言葉が、相手の傷を抉るのかなど分からないのだから。

「あー。悪い。さっきの質問は忘れて――」


「あるわ」


 美裂の言葉を遮って蓮華はそう答えた。

 ある――人を殺したことがある、と。

「一人……アタシのせいで死んだ人がいるわ」

 蓮華は天井を仰ぐ。

 彼女の目は、過去へと向けられていた。

「後悔、してるのか?」

「死んでも死にきれないくらいには……しているわ」

「………………そうか」

 静かすぎる夜。

 それが蓮華の口を少し軽くしたのかもしれない。

 これまでであったら、絶対に話してはくれないことだった。

 ――蓮華は特に過去の話をすることを嫌う。

 生前にかかわる情報を一切話そうとしないのだ。

 好きだった漫画も、そんな些細なことさえ全部。

 そんな彼女が少しだけ、自分の過去に触れた。

 気まぐれ――だけではないのだろう。

 彼女を蝕んできた悪夢とやらのせいか。

 案外、蓮華は誰かに聞いてほしいと思っていたのかもしれない。

 そして誰かに助けて欲し――

(アタシの出る幕じゃないか)

 なんとなく。そう感じた。

 仮に、蓮華が誰かに助けを求めていたとして。

 そして、彼女を助けに来る王子様がいたとして。

 それは自分ではないだろう。

 そんな自分は、これ以上深く話を聞くべきではない。


「後悔、してないつもりだったんだけどな……」


 美裂は机に体を預ける。

「この気持ちは、一生消えないんだろうな」

「そうね」


「罪を背負うってことは、そういうことなのよ」


 ――貴女がどういうつもりで、どういう最期を迎えたのかは知らないけれど。

 そう言うと、蓮華は立ち上がった。

 どうやら話している間にホットミルクを飲み終えていたらしい。

「悪い。安眠できるような話題じゃなかったな」

 蓮華は眠るためにここに来たはずだ。

 そんな彼女に振るには暗すぎる話題だっただろう。

「なによ。謝ってばっかりね」

「あー……確かにな」

 美裂は自嘲する。

 どうにも調子が狂う。

 精神的に参っているのだろうか。

「まあ、謝るっていうなら許してあげるわ」

 ――リーダーなんだから、それくらい聞いてあげるわよ。

 そのまま蓮華は自室に戻ってゆく。

 そしてまた、美裂は一人になった。


「今後の身の振り方でも考えるか」


 ――今夜は、眠る気にはなれそうにもない。


 ちなみに蓮華が自分の過去を話さないのは、この世界のものをあまり知らないというのもあります。

 仕事のために調べ物をすることはあっても、彼女はあまり娯楽に触れていないので。

 生前の漫画なんかは知っていますが、この世界には存在しないので話せない。そんな感じです。


 それでは次回は『暗殺者に華はいらない』です。



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