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4章  2話 箱庭の外で二人with美裂2

「私――ちゃんと殺したわよね」


 女性はそう言った。

 あまりに物騒な言葉。

 しかし、そう口にした彼女の目は揺らがない。

 覇気がなく、それでいて吸い込まれそうな瞳。

「殺したはずなのに、なんで生きているの?」

 ――15年前と同じ姿で。

 女性は首を傾ける。

 15年前。

 それはちょうど美裂が死んだ時期と一致する。

 偶然かもしれない。

 だが、女性の言葉と矛盾はない。

 ならば美裂を殺したという彼女の発言もまた――

「なんで――」


「お母さんっ」


 店内に声が響いた。

 少女が女性に向かって走ってゆく。

 ――さっき、美裂から本を渡されていた少女だ。

 どうやらあの女性は、少女の母親だったらしい。

「探してた本……あった」

 少女は女性にしがみつきながらそう言った。

「そうなの……良かったわね」

 わずかに女性の視線が柔らかくなった。

 目に宿る影が消えることはない。

 それでも、そこに温かさが灯った。

「ぁ……」

 美裂と少女の視線が合う。

 すると急に少女はそわそわしだして――

「ALICEの……?」

 少女はそう口にした。

 さっきは本のことに集中していて、相手が美裂であることに気が付いていなかったらしい。

「……ああ」

 ――美裂にしては珍しく、歯切れの悪い言葉だった。

「あの……その……」


「…………サイン、ください」


 少女は勇気を振り絞るようにそう言った。

「ああ。良いぜ」

 美裂はバッグの中に手を入れ、色紙を取り出す。

 ――どうやら普段から持ち歩いているらしい。

 美裂はサラサラと慣れた手つきでサインを書いてゆく。

 そして、笑顔で少女に色紙を渡す。

「ありがとう……ございます」

 少女は何度も頭を下げながら色紙を受け取った。

「……ありがとうございます」

 娘の手前か、女性も軽く頭を下げた。

 だがすぐに女性は背を向ける。

「お母さん……?」

「行きましょう。お腹、空いたでしょう?」

「……うんっ」

 女性は娘とともに店を出てゆく。

 ――彼女が振り返ることはなかった。

 彼女たちが店を出てから数秒間。

 天は何も切り出すことができなかった。

 沈黙が続く。

「なあ美裂――」

 その沈黙を終わらせようとして、天は言葉を途切れさせた。

 原因は美裂が浮かべていた表情だ。

 自分を殺したと言う女性。

 そんな人物と不意の再会を果たした。

 だというのに――

「……………」

 

 美裂の表情は寂し気で……どこか安堵しているように見えた。


 知り合いとの再会を懐かしむような表情。

 自分を殺した人物に向ける表情ではない。

(過去――か)

 ALICEの過去には傷がある。

 そう言ったのはアンジェリカだ。

 彼女の言う通り、彼女たちの過去には苦しみの傷跡がある。

 そしてこれが、美裂にとっての傷だったのだろう。

 二人は無言で店を出る。

 広がる街並み。

 そこにはもう、あの親子の姿はなかった。

「なあ美裂――」

「わりぃ」

 美裂は天の言葉を遮った。

 そして美裂は頭を掻くと、

「奢るって話。今度でいいか? 今日はもう帰るわ」

 あんなことがあった直後だ。

 楽しく食事というわけにもいかないだろう。

「そうだな。じゃあ帰るか」

「いや……」

 言い淀む美裂。

「本当に悪い。……一人で帰りたい気分なんだ」

「…………そうか」

 美裂がそう望んでいる以上、ここで止めるのも野暮だろう。

「じゃあ、こっからは別行動ってことで」

「ああ……本当に悪いな」

 そう言うと、美裂は天に背を向けた。

 そのまま彼女は歩いてゆく。

「……………………」

 本調子には程遠い様子の美裂。

 そんな彼女に不安を覚えつつも、天は彼女を見送った。



「それにしても、何も起こらなければいいがな」

 氷雨はそう言った。

 箱庭での業務中。

 彼女が口にしたのはふと気になった、ほとんど雑談に近い懸念だった。

「何のことかな?」

 氷雨の言わんとすることを判断しかねたのか、助広はそう尋ねてくる。

「太刀川のことだ」

 ――太刀川美裂。

 ALICEにとって貴重な人材の一人であり、過去に大きな問題を抱えた人物でもある。

「あいつには身辺整理処置をしていないのだろう?」

 身辺整理処置。

 それは、ある方法でALICEに関する交友関係をすべて抹消することだ。

「お前の言葉を信じて身辺整理処置は行わなかった」

 身辺整理を担当するのは氷雨だ。

 だが、身辺整理をしないように進言したのは助広だった。

「でも、彼女の存在のおかげでウチの事務所は政府とのつながりもできた」

 ――随分役に立ったんじゃないかな?

 助広はそう笑う。

 それも間違いない。

 彼の狙い通り、身辺整理を行わなかったことが事務所にもたらしたメリットは大きい。

「それを理解した上での話だ」

 だが、懸念がないわけでもない。


「もしも……太刀川の正体を知るものが現れたらどうする」


「…………」

 氷雨の言葉に助広は答えなかった。

「お前の言う通り、太刀川の情報はそうそう洩れないだろう。だが絶対はない」

 いくら厳重に隠そうとも、この世界に存在する以上は隠しきれるとは限らない。

「問題ないんじゃないかなぁ? 太刀川家は彼女について絶対漏らさないだろうし――」


「彼女と会った一般人は全員殺されているからさ」


 助広はそう断言した。

「…………日本の最終防衛ライン。太刀川家……か」

 太刀川美裂。

 それはALICEの中で唯一、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 美裂の家系は政府とつながりがあり、そのツテを使って箱庭はALICE適性者となる可能性のある死体を集めたりしています。


 それでは次回は『汚れた掌』です。



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