4章 1話 箱庭の外で二人with美裂
「ぉぉ……」
天は感動していた。
久しぶりの外出。
彼女が訪れていたのは古本屋だ。
「この前、天も来たいって言ってただろ?」
美裂は天の反応に満足げな表情を浮かべる。
どうやら彼女は、以前に天と話していた内容を覚えていたらしい。
(これは転生したからこそだよな……)
天は古本を見回す。
当然ともいえるが、この世界の作品は前世にはなかったものばかりだ。
この世界には、前世で名作と呼ばれていた作品はない。
だが、この世界で名作と呼ばれている本はある。
そんな本を新鮮な気持ちで楽しめる。
ある意味で、この世界を訪れた大きなメリットともいえる。
「箱庭でも本は買えるけどやっぱりな……」
ALICEは生活のほとんどを箱庭の中で過ごす。
だからこそそういった施設は充実している。
しかし本屋を置くというのはさすがに費用が勝りすぎるらしく本屋は存在していないのだ。
ゆえに本はネットで注文しなければ手に入らない。
だが、そうなれば前もって中身を確認することも難しいわけで。
「へぇ……」
天はパラパラと漫画を流し読みする。
馴染みのないタイトルばかりなので興味を惹かれる。
「そういえば美裂は探してる本とかあるのか?」
以前、美裂は外出の際にはこの店に来ることが多いと言っていた。
ただ新しい本を求めてのことか。
それとも新品では見つからないような古い作品を探しているのか。
「……まあな」
美裂はそう言って棚に視線を這わせている。
「――15年位前に完結したやつなんだよ」
「結構前の漫画なんだな」
「ああ」
どうやら目当ての本があってここに通っていたらしい。
「ネットでも見つかんねぇし、こういうとこなら何時か見つかるかと思ってな」
「面白いのか?」
「……どうなんだろうな」
美裂が返したのは微妙な反応だった。
「どっちかっていうと、気持ち悪いから探してるって感じか?」
「?」
「最終巻だけ読んでねぇんだよ」
「なるほど」
確かにそれは先が気になるだろう。
探してでも読みたいという気持ちは理解できる。
「それにしても15年前に完結した漫画か。結構有名な奴なのか?」
天は何げなくそう尋ねた。
15年前となれば一昔前だ。
そんな作品に触れるということは、それなりに有名な作品だったのかと思ったのだが――
「どうだろうな。知ってる奴しか知らない……みたいな感じか?」
どうやら人気は微妙だったらしい。
口ぶりからすると並レベルといったところか。
「ともかく――15年も語り継がれるような名作じゃあなかったな」
「なら――」
「アタシはリアルタイムで読んでたからな」
美裂の言葉に天がわずかに硬直する。
10年以上前の作品。
美裂の年齢は16歳。
ならリアルタイムで読んでいたというのは計算的に無理がある。
そんな疑問の答えは美裂自身の口から語られた。
「――最終巻読む前に死んじまったんだよな」
「…………」
――ALICEはすでに一度死んでいる。
死体に特殊な加工を施すことで、戦闘力を持った少女を生み出すのだ。
だから美裂が語ったのは生前の話。
ALICEになる前の話だ。
ALICEは基本的に生前の話をしない。
それは皆が生前に思い出したくない記憶を持っており――そんな彼女たちだからこそ、他のメンバーが何かを抱えて生きていることを察しているから。
だから暗黙の了解のうちに相手の過去を探らない。
美裂が生前の話に触れたのは、天との関係が深まった証か。
はたまた、ただの気まぐれか。
天には分からなかった。
「あ」
美裂が声を漏らす。
どうやら目当ての作品を見つけることができたらしい。
生前から読めずにいた最終巻。
本人としても感慨深いのか、本に手を伸ばす彼女は楽しげに見えた。
「「あ」」
しかしそれも偶然なのか。
その本に伸びていた腕は二本だった。
美裂ともう一人。
二人の指先が触れ合う。
弾かれたように離れる二人の手。
そこにいたのは少女だった。
年齢は――莉子と同じくらいだろうか。
少なくとも小学校を卒業しているようには見えない。
「……お前……これ探してたのか?」
美裂がそう聞くと、少女は無言でうなずく。
あまり他人と喋るのが得意でないのか、彼女はうつむいたままだ。
そんな彼女を見て、美裂は小さく息を吐いた。
「ほら。高いトコで取りにくかっただろ?」
美裂はためらいなく本を少女に差し出した。
「お姉さんも……それ」
少女は目を泳がせながらそう言った。
だが美裂は屈託なく笑うと。
「勘違いすんなよ。その身長じゃ届かねぇかと思って取ってやっただけだよ」
「……ちゃんと届きます」
「だな。ワリーな。余計なお世話だったみてぇだ」
そう言って、美裂は踵を返す。
「あれ、探してたんだろ?」
「一冊あったなら、待てばもう一冊くらいいつか来るっての」
天が小声で尋ねるも、そう美裂は笑う。
「優しいんだな」
「うっせぇ」
天のからかいに美裂は唇を尖らせる。
普段は天がイジられる側になることが多いので新鮮な気持ちだ。
「っ……たく。そっちはまだ見てぇ本はあんのか?」
「あー……。あとは今度でいいか」
いくつか興味をひかれたタイトルは覚えておいた。
あとは箱庭に戻ってから注文すればいいだろう。
「じゃあ、そろそろ昼飯にしねぇか? 近くによく行くラーメン屋があるんだけど」
――すでに時刻は正午を過ぎている。
確かに昼食を食べるにはいい頃合いだろう。
「でもラーメンってカロリー高いしな……」
(体重増えたら戻すのも大変だし。ライブまで時間があるって言っても――)
(ってなんで最初に思うのが体重のことなんだよッ……!)
最近、精神的にも性別に侵食されつつあるような気がする。
前世だったら何も気にせず食事に行っていたはずなのだが――
「ったく気にしすぎだろ。どうせレッスンでそんなのすぐ消費するだろ」
「だ、だよな……!?」
自分への言い訳を構築しつつ天は喜色をにじませる。
元々ラーメンは好きだ。
(最近は水着とか着ることも多かったから食べられてなかったし)
……やはり、アイドル思考になりつつある気がする今日この頃。
一抹の不安を覚える天であった。
「まあ安心しろよ。奢ってや――」
そうまで言った時、美裂が止まった。
「?」
急に立ち止まった彼女へと振り返る。
――無理やり押さえ込んだかのように表情に変化はない。
だが、目から滲みだしているのは間違いなく驚愕の感情。
美裂が見たものが何なのか。
それを確かめるために天は美裂の視線を追う。
――そこにいたのは女性だった。
20代後半くらいの女性が店の出口に立っていた。
綺麗で、それでいて陰のある女性。
腰まで伸びた銀糸のような髪に、血のような色を映した瞳。
彼女は無感情な瞳で美裂を見つめていた。
「なんであなた――生きているのかしら」
「私――ちゃんと殺したわよね?」
美裂の私室は少年漫画が多くあるため、天は彼女から頻繁に漫画を借りています。
二人がわりと早い段階から打ち解けていた理由の一因だったりします。
それでは次回は『箱庭の外で二人with美裂2』