4章 プロローグ 撮影会・10月号
「もう夏は終わったんじゃないのか……?」
天は羞恥心に打ちのめされていた。
現在は9月。
今日は月刊ALICE10月号の撮影をする日だった。
10月号のテーマはハロウィン。
それに合わせ、天たちは仮装をしているのだが――
「ほら、包帯緩んでんぞ?」
「ふわぁ……!?」
背後から引っ張られる感覚に天は変な悲鳴を漏らした。
彼女の体を覆っていた包帯がきつく締まり、柔肉に食い込む。
――天宮天の仮装はマミー。
いわゆる包帯を全身に巻いたミイラだ。
例に漏れず、現在の天も包帯姿となっている。
しかも下着の形が透けるのを防ぐため、下着を身に着けることさえ許されない。
緩めば胸がこぼれかけ、締まれば食い込む。
前者は言わずもがな、後者もかなり煽情的な姿となってしまう。
どちらに転んでも羞恥地獄。
露出の多い8月を抜け出したと思った矢先の出来事は天に大ダメージを与えていた。
「いっそ全部ほどいてセクシー路線で行くか?」
「行かねぇっ……!」
悶死しかけている天を美裂は笑いながら見ている。
美裂の姿はライカンスロープ。
狼人間などと呼ばれるそれに扮した彼女のからは狼耳や尻尾が生えている。
毛皮風の生地は面積が少なく、首元、臍、脚と露出が多い。
メンバーの中で一番肌を見せているはずなのに、美裂に恥じらう様子はなかった。
むしろカメラの前で挑発的な仕草を見せるくらいだ。
普段の異性を感じさせない振る舞いとはギャップのある蠱惑的な姿。
きっと来月号では多くの読者が彼女に魅了されることだろう。
「もっと露出が少ないのはなかったのかよ……」
天は包帯をつまむ。
全身を隠しているように見えて、そこは雑誌に載せる写真のためだからか――微妙に包帯が足りていない。
綺麗に巻いていても、隙間から素肌が覗いてしまうのだ。
それを隠そうと包帯を正せば、他の場所が見えてしまう。
下着をつけていないという不安感もあって顔が熱くなってくる。
……まさか女物の下着を欲する日が来るとは思わなかった。
「ですが、お似合いでしてよ?」
天にそう言うのはアンジェリカだ。
彼女のモチーフは魔女。
首元から臍まで大胆に露出した黒ビスチェに大きなトンガリ帽子。
大鍋で何かを煮込んでいるような古典的な魔女をアイドルという形に落とし込んだ衣装。
それをモデル体型であるアンジェリカが纏うことにより、魔女は大人の色香を醸し出す。
「わたくしは今回の衣装も結構気に入っていますわ」
アンジェリカは腰をひねり、箒の柄に体を絡める。
その姿はまるでポールダンサーのようだ。
……彼女の衣装もやはり露出が多い。
「つまり、天はああいうのが良いってことだな」
美裂はそう言うと、撮影現場の一角へと視線を送る。
そこにいたのは今回の中でもとりわけ露出の少ない衣装を纏う二人。
だが、天たちの撮影とは少しだけ趣が異なっていた。
「動かないで」
蓮華は仰向けに倒れた彩芽にまたがるようにしてそう命じた。
彼女の衣装はヴァンパイア。
ワイシャツに黒マント。
全体的に中性的に見えるように演出されており、イメージとしては少女漫画に出てくる王子様風のキャラといったところか。
クールな振る舞いもあいまって、まるで強気な王子のようにも見える。
「さすがに……緊張しますね」
そう呟くのは彩芽だ。
彼女はシスター服姿で床に倒れている
白と黒だけの貞淑な衣装。
露出も少なく、体のラインが出ないデザイン。
そのはずなのに、仰向けになってなお彼女の膨らみは胸元の布を張り詰めそうなほどに持ち上げている。
吸血鬼と修道女。
それはまるで禁じられた愛。
「動いたら噛みにくいじゃない」
「はい……」
蓮華はそう言うと、彩芽の首筋に牙を突き立てる。
その距離感はまるで抱き合っているかのように見えて――
「エロだな」
目の前の危うい光景を美裂はそう評した。
――正直に言って否定できない。
演技だと分かっていても、体を絡ませあう二人の姿は背徳的に思えてしまう。
二人は肌をほとんど見せていないというのに、天の顔がどんどん熱くなってしまうほどに。
「ほう……これは」
そんな天を横目に、美裂の顔が意地悪く笑う。
そして直後――彼女の姿が消えた。
重心移動を利用した、最初の一歩から最高速に近い速度を叩き出す技術。
縮地などと呼ばれるものだ。
それを駆使し、美裂は天の視界から一瞬にして脱出したのだ。
その理由を天が察知するよりも早く――
「レズ検査だ!」
「ッ、ッ、ッッッッ!?!?!?」
美裂は背後から天の胸を掴んだ。
それも包帯の下に手を入れ、直接だ。
――人は心底動揺すると声も出せないらしい。
「おらおら。あの二人を見て赤くなっちまって、実はレズだったりするのかぁ?」
「ちょ、やめ――」
「レズじゃないってんなら、女に揉まれても反応なんてしないよな?」
「ッ、ッ、ッ~~~~~~~~~~!」
天は目を白黒させる。
膝が惨めなほどに震えている。
背筋が引きつるような感覚とともに体から力が抜け、天はその場で両膝を着く。
「こんなに反応しちまって……女同士が良いのか? 女同士が」
「ん……ふぅ……! ふぅ……!」
声を抑えるも、荒い呼吸音は隠せない。
「で、正直なとこどうなんだ天? 女が良いのか? それとも男か?」
美裂が耳元でささやいてくる。
嗜虐的な色を含んだ声。
(お、俺は――――)
天宮天は前世で男だった。
当然ながら恋愛対象は女性である。
とはいえそんなことを言えば火に油を注ぐようなもの。
美裂の責めはさらに苛烈なものとなるだろう。
つまり、男が好きだと主張するのがベストアンサー。
馬鹿正直に女が好きと答えて自滅するか。
無言を貫いて耐え続けるか。
あるいは世渡りとして――苦汁を舐めるか。
様々な考えが天の脳内をめぐる。
(俺は男だ……!)
プライドが、誇りが、矜持がある。
男として生まれ、一生を全うしたという自負がある。
だから、たとえどんな生き地獄が待っていようとも――
「で、どうなんだ天ぁ?」
「お、男です! 俺は男が大好きですぅ!」
――それは多分、人生で一番屈辱的なセリフだった。
今回から4章がスタートいたします。
4章は箱庭自体の秘密にも少し触れられたらと思います。
それでは次回は『箱庭の外で二人with美裂』です。
もしかしたら今日中にもう一話投稿するかもしれません。