3章 18話 たとえそれが罪だとしても
「危なかったなぁ」
晴れる爆風。
その中心にジャックはいた。
――無傷で。
「言の刃は剣よりも強し、ってね」
ジャックはおどけて見せる。
彼の服は汚れている。
おそらく爆風を止めたのではなく、自分の肉体自体を保護したのだろう。
爆発を止めるには間に合わない。
だが、自分を守るだけなら間に合ってしまった。
結果として、残ったのは吹き飛んだ石壁の破片だけだ。
「これで振り出しだ。いや……多少はダメージを受けている分、君たちのほうがピンチなのかな?」
ジャックは首をひねった。
そして彼はすぐに笑顔を消し。
「弱いって、悲しいよね」
そう唐突に言った。
「弱くなければ、こんな苦しい思いをしなくていいのに。恐怖もいらないのに。何も奪われないのに」
まるで演説だ。
彼は両手を広げ、空き地の中心で語り続ける。
「悲しくも弱肉強食の世界ってやつかな。この世界では、弱いのは罪なんだよ」
ジャックは天たちを順番に見た。
「苦しいのは勝てないのが悪い。怖いのは抗えないのが悪い。奪われるのは、守れないのが悪い」
――世界はそういうところなのさ。
ジャックは堂々とそう口にした。
「口でも暴力でも勝てない君たちは、もはや犯罪者だ」
ジャックの表情が醜く歪む。
「こんなに奪いやすそうな生物のくせに、被害者面で僕たちを悪者扱いするだなんてさ」
――君だって、道端に小銭が落ちていたら拾うだろう?
「だから悪いのは君たちなんだよ?」
ジャックの指先に光が集まる。
「そんなに弱いと、めちゃくちゃにしたくなるじゃないか」
――《貫け》。
「ッ」
閃光が天の頬をわずかに焼く。
だが、横に転がることで直撃は避けられた。
「ったく、まだ終わってねぇってのッ!」
攻撃対象から外れていた美裂が動く。
彼女が地面を強く踏みつけると、呼応するように大地が暴れる。
土石が龍のようにうねり、ジャックを囲む。
そして石龍が彼に殺到するも――
「《崩れろ》」
たった一言で崩落してゆく。
「まだですわ」
だが今の攻撃は目くらまし。
巨大な石の裏に隠れていたアンジェリカがジャックに肉薄する。
「これならどうだよッ」
それだけではない。
崩れた石片――その中でも比較的原型が残っている岩を集めなおし、美裂はジャックを狙う。
前後からの挟み撃ち。
だがジャックは焦らない。
「《吹っ飛べ》」
衝撃波が巻き起こる。
「くそッ……!」
「ッ……《黄金の御旗》ッ!」
暴力的な衝撃が周囲を蹂躙する。
攻撃のために接近していた美裂とアンジェリカも例外ではない。
二人の体が弾き飛ばされる。
ダメージのせいか受け身もとれないまま二人は地面に落ちる。
「これでお終い」
ジャックは涼しげに笑う。
次に彼が目を向けたのは天だ。
「それでさ? 君は戦わなくて良かったのかなー? 3人だったらまだそれっぽい戦いになったかもだけど。もしかして怖くて動けなかったの?」
煽るようにジャックは喋り続ける。
5人のALICE。
しかし、今となっては戦えるのは天一人だけ。
確かに、絶望的に思えるだろう。
だが、終わってなどいない。
「そういえばさ――」
「?」
天が口を開いたことでジャックが足を止める。
警戒しているわけではない。
ただ、天が何を言い遺すのかに興味があったのだろう。
「俺はそう思わねぇな」
「? 何がかな?」
「弱いのは罪で云々――って話」
天は特に構えることもなくそう口にした。
ジャックも続きを聞きたいのか、特に行動を仕掛けてくることはない。
「いや。確かにさ。弱いと生き辛いっていうのは分かる。現実的にさ」
実際問題として、虐げられる人間はいる。
そして。虐げるのは強者であり、虐げられるのが弱者であるという図式は様々な場面に共通することだろう。
理解はしている。
「でもやっぱ、納得はいかないよな」
天は大剣を持ち上げる。
そして腰だめに構えた。
「もしかしたらお前が言う通り、弱いってのは罪なのかもしれない」
だけど――
「だけど――その罪を裁く奴がいる世界はさ……おかしいだろ!」
天は大剣を横薙ぎに振り抜いた。
全力の一閃。
それはすさまじい剣圧を巻き起こす。
☆
(目くらましのつもりかな?)
ジャックは砂煙の中でそう考えていた。
彼を包む砂塵は、天が巻き上げたものだ。
美裂との戦いでジャックが片っ端から砕いていった石塊。
それが今、天の斬撃によって砂の煙幕となっているのだ。
(でも、無駄だね)
砂煙越しにシルエットが映る。
(ほうら来た)
ジャックは指先で照準を合わせる。
次の瞬間、砂煙を貫いて天が現れた。
彼女は大剣を振り上げ、今にも振り下ろそうとしている。
だが――
(遅い)
すでにジャックは行動に移っていた。
彼女の剣が間に合う道理はない。
「――――――《貫――》」
これで終わる。
そうジャックが確信したとき――
「げほっ、げほッ……!?」
ジャックは耐えがたい違和感に咳込んだ。
――言霊は最後まで言い切ってこそ力を持つ。
途中で咳をしたせいで言霊は力を失い、ジャックの攻撃が中断される。
――間に合わない。
また最初から言霊を唱える時間はない。
「――――――」
すれ違いざまに天は大剣を振り抜いた。
☆
「いやぁ。言霊を途中で噛んで死ぬってギャグみたいだねぇ……」
しみじみとした様子でジャックは空を仰ぎ見た。
彼の胴には深い傷が刻まれている。
「別に、偶然じゃねぇよ」
天は首だけで彼へと振り返る。
「あんな砂埃の中で普通に喋れるわけないだろうが」
「……! なるほど――」
ジャックもここに至り、作戦の全貌を理解したようだ。
「さっきの二人。あの戦いの時点から君の仕込みは始まっていたんだね」
「そういうことだな」
美裂があえて岩を砕かせることで砂を用意する。
アンジェリカは運を操作し――均等に戦場へと砂を散らせた。
そして天がそれを巻き上げ、ジャックの言葉を止めた。
声を発することがトリガーになる能力。
だから、喋ることのできないシチュエーションを整えた。
結果として、土壇場で彼の能力は不発に終わった。
それが致命傷となって今に至る。
ジャックは自分の胸に手を当てる。
流れる血液は止まらない。
「終わりだ。口だけ野郎」
天が投げた大剣はジャックの背中を貫いた。
次話でジャック戦は終わり、エピローグに入る予定です。
それでは次回は「遺言」です。