3章 17話 集まる力
「――――――って感じだ」
天宮天たちは住宅街を駆けていた。
時に屋根の上を跳び、最短距離をショートカットしてゆく。
――アンジェリカ、美裂と合流できたのは数分前。
今は戦場を目指している最中だ。
「……上手くいきますの?」
アンジェリカが疑問を口にした。
それは天が提案した作戦に向けてのものだ。
「まあ……正直、運の要素はあるな。それに、仕込みも必要だ」
天もアンジェリカの意見を強く否定しない。
偶然性が関わってくる作戦だと分かっているから。
言葉がそのまま現実となる能力。
そんな力に対抗するためには、リスクは避けられない。
100%の勝利法など存在しない。
「なら。仕込みはアタシに任せて良いぜ」
そう言ったのは美裂だった。
「てか、最初からアタシにやらせるつもりだったんだろ?」
美裂は笑みを浮かべて天に視線を送る。
「なら、わたくしも成功率の底上げくらいはいたしますわ」
――天さんなら、そのチャンスを活かしてくださるのでしょう?
アンジェリカはそう問う。
「……ああ。絶対、決めて見せるさ」
その言葉に天は頷く。
一人で実現するには難しい。
だが、二人が役割の一部を受け負ってくれている。
そうして負担が減った状態なら《象牙色の悪魔》で最善の一手を打てる。
「それじゃあ、作戦会議も終わりだな」
「――ここからは戦場だ」
美裂の言葉で天たちは意識を前方に向ける。
3人は建物を飛び越えた。
その先にあるのは――荒れ果てた戦場だ。
☆
「うーん。気が強い子は、折れるまでがセットだと思うんだよね」
「君はどう思うのかな?」
ジャックはそう問いかける。
――地面に倒れ伏した蓮華へと。
「アンタの……鼻の骨の話だったかしら」
蓮華は身を起こす。
だが立ち上がれない。
すでに両足が折れており、座り込むことしかできないのだ。
「もしかして気絶してたせいで話を聞き損ねちゃったのかな? だとしたら――」
「《紫色の姫君》」
蓮華の指先から雷閃が走る。
「《当たらな~い》」
しかしそれも簡単に弾かれる。
(こいつに遠距離攻撃は無意味ね)
発動の時点でジャックは妨害の言霊を放つ。
彼を討ち取るには、反応する暇もないほど素早く攻撃を当てるしかない。
――考えるほどに、足を奪われている事実は重い。
だが、それでも負けるわけにはいかない。
再び蓮華が紫電を纏った時――
「待たせちまったな」
声が聞こえた。
共に戦う仲間の声が。
そして、蓮華が一番聞きたくなかった声。
ただ蓮華の視界の端で、炎のようなツインテールが揺れていた。
☆
「無事、って感じじゃないな」
「うるさいわね」
天は蓮華の状態を見て眉を寄せた。
両足首が折れている。
しかもかなり複雑な角度に。
一回ではない。
折れた足首を、さらに何度も別方向に折られている。
普通なら失神してもおかしくない負傷。
それでも彼女は耐えた。
いや。それどころか今まで戦い続けていたのだ。
だからこそ天たちは間に合えた。
「瑠璃宮」
「……アンタは下がってなさい」
そう蓮華は言い張る。
だが明らかに限界が近い。
気力でどうにか意識を保っている状態だろう。
「瑠璃宮は彩芽の拘束を解いておいてくれ」
さすがに激戦の最中にそこまで手が回らなかったのだろう。
彩芽は拘束された状態で戦場に倒れている。
彼女を解放する。
そんな役割があれば、蓮華も引きやすいだろう。
「すぐ……戻るから」
蓮華の目から戦意が薄らぐ。
彼女自身も自分の限界は把握していただろう。
しかし、彼女の矜持が敗走を許さなかった。
だからこそ、天が用意した理由に乗る形で退くことを了承した。
理屈と感情の問題に折り合いをつけたのだ。
それに彩芽が自由になれば蓮華の怪我も治せる。
あの消耗では戦線復帰は難しいだろうが、蓮華のダメージを緩和できるはずだ。
「じゃあ、まずはアタシたちか」
「わたくしたちが前座扱いだなんて贅沢ですわね」
天を二人の背中が追い越した。
美裂とアンジェリカは準備運動代わりに体の筋を伸ばしながら歩く。
二人は並び立ち、ジャックと対峙する。
「後輩のお膳立てと行くかッ!」
美裂がチェーンソーを駆動させる。
凶悪な音が鳴り響く。
「行きますわよ」
対照的にアンジェリカは素手で飛び出す。
徒手という身軽さを活かし、アンジェリカは一瞬でジャックとの距離を詰める。
「《当たらないよ》」
アンジェリカの拳がわずかに逸れ、ジャックの頬を掠めた。
だが彼女は勢いを止めず、もう一方の腕で裏拳を放つ。
「《それもね》」
だがアンジェリカの攻撃は不可視の壁に阻まれる。
「《飛んで》」
「ぁぐッ⁉」
ジャックがアンジェリカの腹に手を添えて呟くと、彼女の体は紙屑のように吹っ飛んだ。
「っらぁ!」
それと入れ替わるようにして美裂が攻撃を仕掛ける。
横なぎに振るわれるチェーンソー。
それをジャックは跳んで躱す。
「《石色の鮫》!」
美裂が叫ぶ。
するとジャックの足元が隆起し、岩の棘となり彼を襲った。
「《止まって》」
しかしジャックを貫くはずの岩棘は停止した。
彼は余裕の表情で岩の棘の上に立つ。
「まだッ――!」
ジャックが着地したタイミングを狙い、美裂がチェーンソーで追撃する。
タイミングは絶妙。
そのはずが――
「《壊れろ》」
「ちッ……!」
チェーンソーがバラバラに飛散する。
部品が宙を飛ぶ。
武器を失った美裂。
(まずいかッ……!?)
天は大剣の柄を握り締める。
まだ絶好のチャンスは訪れていない。
それでも美裂のフォローに入るためギリギリまで温存したかった《象牙色の悪魔》の使用を決意する。
しかし――
「っと!」
美裂は地面に両手を突き、逆立ちの姿勢で足を振るう。
振るわれた脚。
その靴の踵部分にはナイフの刃がついていた。
「へぇ。そんな武器を仕込んでたんだ」
ジャックはわずかに身を引いてナイフを躱す。
暗器。
チェーンソーという重量武器の裏で、美裂は武器を隠し持っていたのだ。
「ほらよッ」
美裂の攻撃は止まらない。
彼女は懐から複数のナイフを投げた。
「《止まれ》」
しかし投擲されたナイフも空中で止まってしまう。
ギリギリまで隠していた暗器もジャックには通じない。
「ごめんね。僕って強いからさ――」
「悪いな」
美裂はジャックの言葉を遮る。
そして彼女が腕を引いた。
「ぁ――」
そこに来て、天は初めて気が付いた。
美裂が投げたナイフの柄から鉄線が伸びていることに。
彼女が鉄線を引いた際、ナイフの柄からピンが外れたことに。
「そのナイフ――――爆弾付きだったわ」
「ッ」
ジャックが跳び退こうとする。
しかし――
「もう遅ぇよ」
すでにジャックの退路は石壁に塞がれていた。
左右。後方。そして上さえも。
石壁はドームのようにジャックを囲んでいた。
爆風が逃げないように。囲い込んだ。
「粉々にしてやんよ」
爆風が巻き上がった。
もうすぐジャック戦も終わります。
それでは次回は「たとえそれが罪だとしても」です。