3章 16話 雷霆の姫
(まったく、不愉快ね)
蓮華は眉を寄せ、敵を冷たく睨む。
ジャックの足元で倒れているのは彩芽。
――蓮華と彩芽の付き合いは長い。
2年以上も共にいる彼女の存在が小さいわけがない。
(……彩芽)
蓮華の視線が彩芽へと向けられる。
彼女は手足を縛られ、視覚を奪われた状態で地面に転がされている。
いまだに抵抗の意志を持っているのか彼女も身をよじっているが、強固な拘束を解くには至っていない。
「もうお姉さんえっちだなー。そんなにコレが気になっちゃうの?」
ジャックは笑うと、辱めるように彩芽の胸を踏みつけた。
漏れる彼女の苦悶の声。
「あー? 胸小さいし、君って、ひょっとしてお姉さんじゃなくて僕と同年代だったかなー? ごめんねー。僕こう見えて100歳越えだからー。同世代のシンパシーなんて感じられても困るんだよね。うんうん。幼いのに戦場に出て偉いねー。頭撫でてあげようかー?」
「……………………はぁ」
蓮華の口から漏れたのはため息だった。
彼女は頭を掻く。
「案外、本当に苛立つ奴に会うと怒りよりも憐れみが先に来るのね」
蓮華の肌を電気が走る。
「もう喋らなくていいわよ」
「そのほうが、生き恥も少なくて済むでしょう?」
「あはは。僕からトークを奪ったら――」
「奪う気にもならないわよ」
――すでに蓮華はジャックの背後にいた。
蓮華の能力は雷撃。
己を電気に変え、雷速でジャックの背後に回り込んだのだ。
「アンタはただ、命だけを地面にぶちまけなさい」
蓮華は雷を纏った拳を打ち出した。
「《逸れろ》!」
焦ったようなジャックの声が響く。
――不可視の力が横合いから蓮華の拳を曲げる。
パンチの軌道を変えられ、ジャックの頬を掠める。
漏れた電撃がジャックの頬に火傷を残す。
「あはは! 思っていたより速――」
「随分無駄口が多いのね」
「がッ!?」
蓮華の回し蹴りがジャックの喉に炸裂した。
彼の体が縦回転をしながら吹っ飛んだ。
「舌に比べて、アンタ自身は随分すっトロいのね」
すでに蓮華はジャックの着地地点で待っていた。
そして、雷撃を放つ。
「がぁッ!」
「ありきたりなコメントね。トークが得意じゃなかったのかしら」
蓮華は転がるジャックを踏みつける。
「それとも、下手の横好きってやつかしら」
「いやぁ。これでも――」
「アンタの話なんて聞いてない」
「うぐっ」
蓮華は靴先をジャックの口に押し込んだ。
「アンタの言葉は現実としての力を持つ。なら、喋れなくしてしまえばいいのよね」
蓮華の体を紫電が走る。
そのまま雷撃はジャックへと伝播した。
何度も、何度も。
本気の一撃ではない。
持続的に、反撃の隙を与えずに攻撃することを重視した電撃だ。
電撃で筋肉を痙攣させてしまえば言葉は出てこない。
そうすれば、ジャックの言霊を封じ込めることができる。
しかし――
「っ!」
ジャックの手が伸びてきた。
伸ばした先は蓮華の足だ。
そのまま蓮華の足を退けようという魂胆か。
「させないわ……!」
蓮華は足に体重を込める。
そうして踏みとどまろうとするも――
「ッ……!?」
ジャックが掴んだのは蓮華の足首。
そして――彼女の靴を脱がせた。
現状で蓮華の足をどうにかすることは難しいと判断したのだろう。
ゆえに、蓮華の足を靴から引き抜いた。
そうして生まれたわずかな隙。
そのタイミングに合わせ、ジャックは横に転がる。
蓮華の足が地面を踏む。
「はは……!」
ジャックは靴を吐き捨てて笑う。
「女の子の靴を舐めるのもいいけど」
彼の口が歪む。
三日月のように、嗜虐的に、醜悪に吊り上がる。
「っく――」
ジャックの口が自由になった
それを察知した蓮華の背筋に悪寒が走る。
「僕は、地面を舐めてる女の子のほうが好きかな?」
「――――――――《折れろ》」
「ぁぐッ……!」
蓮華の目線が落ちる。
(右足をやられたわね……)
視線を向ければ、右足首が不自然に折れていた。
明らかに体重を支えられる状態ではない。
蓮華は膝をついたままジャックを睨む。
「次はもう一本も――」
「勘違いしないでッ」
「がッ!」
勝利を確信したかのようなジャックの顔面に膝が叩き込まれる。
彼は倒れた勢いで地面を後転した。
「片足でも……アンタより速いわよ」
(とはいえ……まずいわね)
足が痛い。
脂汗が滲む。
自然と呼吸が荒くなる。
折れた足が熱を持っていくのが分かる。
「――あと10分」
蓮華の視線は腕時計に向けられていた。
あと10分。
あと10分後には他のメンバーがここに――
(……! 何を考えてるのよアタシは……!)
――彼女の中で激情が巻き起こる。
今、自分は何を考えていた?
まさか、仲間の合流を待つことを考えていたのか。
仲間の助けをアテにして、それまでどう耐えるかを考えていたのか?
(ふざけないで!)
蓮華は己の弱さを罵倒する。
逆は良い。当然だ。
瑠璃宮蓮華はリーダーだ。
他のメンバーを助けることなど当然。
いざという時に頼られないのならリーダーとして不適格だ。
だが、自分が仲間をアテにするなどあってはならない。
連携は必要だ。
だが、頼るなど。依存するなどあってはいけない。
(アタシはリーダーなのよ)
(だから、アタシ一人で勝ってみせる)
あと10分。
それまでにジャックを殺す。
――瑠璃宮蓮華が、リーダーであるために。
ジャックとの戦いは続きます。
それでは次回は『集まる力』です。