3章 15話 言の刃
「ッ――――」
体重を乗せた刺突がジャックを貫く。
だがそこで終わらせない。
刃をひねり、さらに傷口を広げる。
そのまま彩芽はジャックの腹を蹴り飛ばし、無理やり刀を引き抜いた。
「――――《砕けろ》っ」
後退しつつもジャックが指先を向けてくる。
収束した光が弾丸となり射出される。
「っ!?」
彩芽は横に躱そうとするも魔弾が肩にヒットする。
骨がきしむ。
肉を無視して、骨だけが破砕されようとする。
それを察知した彩芽はすぐさま視線を横に移し――
「《黒色の血潮》」
同時に、彩芽の視線の先で石が砕けた。
「へぇ……。生物以外にも傷を移せるんだ」
感心したようにジャックは笑う。
「《貫け》」
「つぅ……!」
一条の光が彩芽を貫く。
目が追いつかないほどの光線。
彩芽は避けることもできない。
破砕音。
彩芽の周囲にあるものが次々に壊れてゆく。
「躱せないなら――躱す必要はありませんね」
彩芽は駆けだした。
――心臓を貫かれる。
だが、自らを襲うダメージは周囲の物質に押し付けてゆく。
繰り返す。
その間も足を止めない。
そしてついに――
「がッ」
ジャックの肩が砕けた。
そのまま彩芽が押し切ろうとするが、
「《離れてよ》っ」
見えない衝撃波が彩芽の体を吹き飛ばす。
十メートル以上飛ばされながらも、彩芽は受け身でダメージを軽減する。
(これでは泥仕合ですね)
傷はダメージシフトで消せている。
しかし、失った血は戻らない。
ジャックも自己回復能力を持っているようだが無限ではないだろう。
治療能力の限界を競い合うような削り合い。
だが、引くわけにはいかない。
彩芽は刀の柄を強く握りしめた。
「今ので分かっちゃったかな」
ジャックは何の気負いもない表情でそう言い切った。
「……何がですか」
「君の能力の条件」
「…………」
ジャックは二本の指を立てた。
「一つ目。一定以上離れた対象には傷を移せない」
ジャックは得意げな表情を浮かべる。
「僕と離れているときは、いつも周囲の物体に傷を移していたからね。もし距離制限がないのなら、全部僕に移せば良いはずなのにそうしなかった」
……正解だ。
彩芽の《不可思技》の有効範囲は約5メートル。
彼女の間合いはそれほど広くない。
ALICEとしての彼女の間合いはあくまで近接戦闘なのだ。
「そして二つ目」
「――目で見なければ、傷は移せない」
「《鎖せ》」
一瞬のことだった。
ほんの一瞬で彩芽の視界が黒に染まる。
詳しくは分からない。
だが、ベルトのようなものが目元を覆うように巻き付いてきたのだ。
一気に視界が奪われる。
(まずい……!)
彩芽の能力は視覚に依存する。
視界を塞がれたのなら、彩芽が持つ手札の大半が潰される。
――均衡が崩れる。
「はぁっ」
視界を確保するため、彩芽は目元の拘束を断とうと腕を振るう。
「《縛れ》」
だがジャックのほうが一手早い。
「なっ……」
彩芽の手首に何かが絡みつく。
腕だけではない。
足首にも同様の感覚がある。
「っく」
彩芽の体が反ってゆく。
拘束された手首と手足が磁石のように引き合う。
「きゃっ……」
ついに姿勢を保てなくなり彩芽はその場で転んだ。
背中側で手首と手足がまとめて拘束される。
手足が密着しているせいで、立つどころか身を起こすことさえ難しい。
能力を、自由を奪われた。
これまでなんとか保たれていたバランスが容易く壊れてゆく。
一度傾き始めた戦況は戻らない。
「PK行きまーす」
「きゃぁ⁉」
胸に痛みが走る。
数秒経って、胸を蹴りつけられたことを理解した。
「お姉さん大ピ~ンチ」
ジャックが彩芽の髪を掴んだ。
そのまま彼女の体が持ちあげられる。
「《体重ドーン》」
「ぅ、く、ぁぁあッ⁉」
たった一声で、彩芽の体にかかる重力が跳ねあがった。
ブチブチという音とともに髪が千切れる。
「早く逃げないとハゲになっちゃうよぅ」
ジャックは彩芽の髪を掴んだまま左右に腕を揺さぶる。
それだけで頭に痛みが走り、口から悲鳴が漏れる。
「お姉さんが可哀そうになってきたから放してあげようかな?」
「ぁぐッ……!」
ジャックが髪から手を放す。
強力な重力に引かれ、彩芽は顔面から地面に倒れる。
「お姉さんの体、いっぱい遊べて楽しいねー?」
ジャックは彩芽の体を蹴り転がし、馬乗りになる。
「殺してからも、綺麗に保管してあげるから安心しなよ」
ジャックの指先が彩芽の眉間に触れ――
「まったく――ギリギリだったわね」
その時、雷鳴が轟いた。
次は蓮華VSジャックとなると思います。
それでは次回は『雷霆の姫』です。