3章 14話 四散
「やっぱこうなったか……!」
天は舌打ちをした。
黒霧に覆われたのが数秒前のこと。
そして今、彼女の周囲に広がっているのは荒れた空き地であった。
「どこだここ……?」
道を聞けるような人はいない。
目印になるような標識もない。
「くそ……どっちに行けばいいんだ?」
見回してみても何も分からない。
ALICEは基本的に箱庭の中で生活を完結させる。
もしも仕事で外に出たとしても、移動は車で行う。
ゆえに天は箱庭の外の地理をあまり理解していない。
『天宮。お前はそこを動かなくていい』
そんな声が聞こえてきた。
声の出どころは彼女の腕時計だ。
そこに内蔵されたマイクから氷雨が指示しているのだ。
『お前たちの転送位置はこちらで把握できている』
――ALICE全員に配られている腕時計にはGPS機能がある。
リアルタイムで動く戦況に合わせ、適切に彼女たちを動かすためだ。
おかげで天自身さえも分からない場所に飛ばされても、箱庭は天を見失わない。
『天条と太刀川もお前と同じルートを通る。三人で合流して戦場に戻れ』
「……分かった」
このまま好き勝手に戦場を目指していれば、当然ながら到着のタイミングもバラつく。
そうなれば敵に各個撃破を許すかもしれない。
確かに、合流してから動くのは理にかなっている。
「……瑠璃宮はどうなってるんだ?」
先程、氷雨が口にしなかった名前を天は挙げた。
蓮華もまた転送能力に触れていた。
ゆえに彼女もどこかにいるはずだ。
『瑠璃宮はかなり違う方角に飛ばされている。わざわざ合流するのは非効率だ』
どうやら蓮華の転送位置は天たちとかなり離れているらしい。
『――それに、あいつの足なら一人で行かせたほうが良い』
☆
「戦場の位置を教えてちょうだい」
蓮華がそう指示する。
『……北に約20キロです』
「分かったわ」
スタッフの声が彼女の問いに答えた。
「20キロ……ずいぶん遠くまで飛ばされたわね」
『最初のやり取りでお前がリーダーだと認識されたのだろう。方角も距離も、明らかにお前を戦場から遠ざけている』
氷雨がそう言った。
「他のメンバーはどうなっているんですか?」
『あいつらは合流を優先させた。20分はかかるだろうな』
「――そうですか」
蓮華は目を閉じる。
そして、体を紫電が走った。
火花が弾け、バチバチと破裂音が鳴る。
「《紫色の姫君》」
瑠璃宮蓮華の《不可思技》は雷撃。
雷を放ち、時に己を雷と変える。
『瑠璃宮。何分かかる』
氷雨が問う。
それを聞いて蓮華は小さく笑った。
20キロ。
本来なら急いでも半刻くらいはかかる距離。
場合によっては戦線離脱に等しい距離だ。
それでも氷雨はその可能性を微塵も考えていない。
無論、蓮華自身もだ。
「――――5分ね」
そう蓮華が口にすると同時に、彼女の体が紫に溶けていく。
肉体は形を失い、電気そのものへと変換されてゆく。
そして彼女は雷閃となる。
一条の紫電となった彼女は曇天を駆け抜けていった。
☆
「これで一対一だね。お姉さん」
ジャックは彩芽に笑いかけた。
彼の能力により、彩芽以外のALICEはどこかへとワープさせられてしまった。
詳しくは分からないが、すぐに戻っては来ないだろう。
(案外、それで良かったのかもしれませんね)
彩芽は小太刀を構える。
一対一。誰の邪魔も手助けもない。
ある意味で、おあつらえ向きの戦場だ。
「それじゃあ、お姉さん。いっぱい愉しませてあげるよ」
ジャックは歪んだ笑みを浮かべた。
そんな彼の姿を彩芽は冷たく見返す。
「すみません」
「即行で殺します」
彩芽は一気に距離を詰めた。
そして小太刀を振り下ろす。
「《それじゃ斬れないよ》」
しかしそれをジャックは手の甲で受け止めた。
肌から鳴るはずのない硬質な音。
ジャックの手に刃が食い込むことはない。
「ほら。お姉さんの攻撃なんて――」
「お喋り。お好きなんですよね?」
彩芽はジャックの声を無視してそう尋ねた。
「うん。僕は口から先に生まれたような――」
「なんで、私が小太刀を使っているか分かりますか?」
彩芽は答えを待たない。
「簡単ですよ」
彩芽の手首から力が抜ける。
すると刃がジャックの肌を滑り、均衡が崩れた。
鍔迫り合いのような硬直が終わる。
そして小太刀は弾かれた勢いで――
「刃渡りが短いほうが――自分を斬りやすいからです」
――彩芽の太腿を裂いた。
ザックリと刻まれた脚。
「《黒色の血潮》」
しかしその傷は、一瞬にしてジャックへと押し付けられる。
「!」
片足の負傷。
体重を支え切れずジャックの姿勢が崩れる。
その隙を彩芽は見逃さない。
「終わらせましょう」
彩芽は腰だめに小太刀を構える。
そして、タックルの要領でジャックに小太刀を突き立てる。
体重を乗せた重い刺突は、彼の薄い体を貫いた。
ジャック戦は、彼がこれまでのボスより一段強いこともあり少し長めの戦いとなりそうです。
それでは次回は『言の刃』です。