3章 13話 悪童
「お前は《ファージ》ってことで間違いないよな?」
天はそう問う。
これは最終確認だ。
向こうもそれは分かっているのだろう。
しかし少年はへらへらとした笑いを止めない。
「ふふ。僕、誰かと喋るのが趣味なんだよね」
彼はただそう言った。
(さっきの攻撃――)
いきなりの爆発。
あまりにも唐突な――予備動作の見えない攻撃。
あれが彼の能力だろうか。
天は警戒の度合いを引き上げる。
「お喋りがしたかったにしては、随分と物騒な出迎えだな」
「僕の名前はジャック・リップサーヴィスだよ」
「さてはテメェ人の話聞いてねぇな⁉ マジで『喋る』のが趣味みたいだな!」
あくまで会話は彼の趣味に入っていないらしい。
あれではただ言いたいことを相手に投げつけているだけだ。
キャッチボールをする気が見えない。
「うんうん。君たちがそういうわけかー」
納得したように勝手に頷くジャック。
どうやら彼はあらかじめ天たちの存在を認識していたらしい。
《ファージ》を倒す存在がいることを知っていたらしい。
それでも彼がここに現れたのは理由があってのことか、はたまた好奇心か。
「いやぁ。それにしても綺れ――」
「うふふふふふ…………」
ジャックの言葉を遮るように笑い声が聞こえてきた。
押し殺してもなお湧き出してくるような声。
寒気がするような不気味さを内包したその声の正体は――
「……彩芽?」
彩芽だった。
顔を伏せているせいで表情は分からない。
だがきっと、前髪に隠された顔は――狂ったように笑っていた。
「やっと――」
異様な空気に戦場が包まれる。
味方同士であるはずのALICEの面々でさえ戸惑いを隠せない。
「やぁっと会えましたね」
その言葉の意味を天が理解するよりも早く、彩芽は地を蹴った。
――ALICEにはいくつかのタイプがある。
近接戦闘型、遠距離戦闘型、特殊能力型。
生天目彩芽を分類するのなら特殊能力型だろう。
《不可思技》の特殊性に重きを置いたタイプ。
一方で能力にリソースを割いているため、基本性能はほかのALICEに劣る。
――はずなのだが、
「ッ」
一瞬にして彩芽はジャックの背後を取った。
すでに彼女の手には小太刀が握られている。
あの速力を支えているのは経験。
天たちよりもキャリアを重ねているからこそ、高い戦闘力を余すことなく活かすことができる。
その無駄のない動作が、基本スペックの差を埋めているのだ。
それでも――
「《捻じれろ》」
「ッ!?」
たった一言。
ジャックが言葉を発した瞬間、彩芽の体に異変が起こった。
小太刀を振り上げていた右腕が、雑巾のように絞り上げられる。
骨さえ無視して捻じれた腕は嫌な音を立てて壊れる。
彩芽の右手から小太刀がこぼれ落ちる。
しかし――
「《黒色の血潮》」
彩芽の声とともにジャックの腕が捻じれた。
一方で彩芽の腕は逆再生のように元に戻る。
それだけではない。
彩芽は自由落下する小太刀を左手で掴んだ。
まるで舞踊を舞うかのような流麗な動き。
彩芽は腰をひねり、左手で小太刀を振り抜いた。
「おっとっと」
ジャックが顎を持ち上げると、刃が喉元を掠めていった。
あと数センチで喉を引き裂かれていたというのにジャックに動揺はない。
むしろ一種の愉悦を感じさせる。
「――――《治れ》」
ジャックが呟く。
たったそれだけで捻じれあがっていた腕が戻ってゆく。
――彼の言葉に従うように。
「言った言葉が現実になる能力……か」
天は苦々しくそう漏らした。
口にするだけで現実を改変する。
かなり反則的な能力だ。
「あれ? お姉さん。僕たちどこかで会ったことない? なんちゃって」
ジャックはおどけて見せる。
だが、対する彩芽が滲ませる不穏な気配は薄れない。
「ええ、ありますよ」
「?」
そう言って彩芽は踏み出した。
「この町で。昔、私たちは会いました」
「そして――殺された」
(もしかして彩芽を殺したのは――)
彼女の言葉。
それによって、天の疑問が氷解する。
彩芽が豹変した理由は単純だ。
目の前にいる《ファージ》こそが宿敵だったから。
単純で、この上ない理由だ。
「あはは。ナンパのつもりが藪蛇だったね」
口だけでジャックは笑う。
「なら、予定変更だね」
ジャックが動く。
彼は人差し指を立て、天たちへと向けた。
「《どっか行っててよ》」
ジャックの指先に黒い闇が収束する。
そして、それは霧となり放出された。
彩芽以外の全員を狙って撃ちだされる霧。
「やばッ……!」
天は急いで跳び退くも、霧の展開速度は速く躱し切れない。
拡散してゆく黒霧に右手が飲み込まれた。
(抜けないッ……)
霧のはずなのに、一度飲み込まれた体を引き抜けない。
まるでコンクリートで固められているかのように固定されている。
そして、その間にも天の体は霧に侵食されていた。
天だけではない。
蓮華も、アンジェリカも、美裂も。
皆、逃れることができずに霧へと手足が飲まれている。
抜け出そうとしても、霧は体を巻き込んでゆく。
(さっきあいつは『どこかに行け』って言ったよな)
この霧からは逃れられない。
完全回避の可能性は諦める。
次に天が考えたのは、この霧の性質だ。
この霧に取り込まれた時に起きる現象を推測してゆく。
――どこかに行け。
つまり、
(この霧の能力は――強制転移)
天が答えに至った時には、すでに彼女の体は完全に霧の中へと沈んでいた。
天たちは戦場から一時的に強制追放となります。
それでは次回は『四散』です。