3章 11話 家族
きっとこれは偽善なのだろう。
これが彩芽のためになるなんて考えての行動ではない。
だが、気づけば天は声を上げていた。
厳樹の前をふさいでいた。
「アンタにとって、家族って何なんだよ」
そう問いかけていた。
「亡くした家族のためにここまで頑張れるのに、なんで目の前で生きている娘にそこまで冷たくできるんだよ」
手探りの中で《ファージ》に対抗する術を見つけ、確立する。
それがどれほど困難であるか想像もつかない。
そんな偉業をやってのけた男。
その原動力が失った家族に捧げる復讐だったとして。
そこまで家族を想える男が、なぜ娘をあんな目で見ることができるのだ。
道具として、ただの手段として見てしまえるのか。
天の心にあるのはそんな感情だった。
ある意味でそれは怒りというよりも悔しさに近い。
大切な仲間を軽視されてしまったことへの悔しさだ。
「もういない家族よりも目の前にいる家族を大事にすることが正解だなんて言わない」
失った家族を想い続けることが間違いであるはずがない。
それはきっと素晴らしいことであるはずだ。
そう天は信じている。
だが――
「そもそも、家族って比較できるものなのかよ」
あいにく、前世において天には兄弟なんていなかった。
家族を亡くした経験があるわけでもない。
それでも、
「亡くした家族に向けている優しさを、なんで娘には向けられないんだ」
「アンタにとって、家族には優先順位があるのかよ」
厳樹の心は死んだ家族にばかり向けられている。
生きている、目の前にいるはずの家族を見ていない。
それが悔しい。
――天宮天には、もう触れ合える家族なんていないのだから。
だからこれは、やつ当たりに近いおせっかいだ。
「……そうだな」
厳樹は目を閉じる。
そして数秒の後、彼は口を開く。
「優先順位ならある」
「…………!」
そう言い切った。
本気の視線で。
彼は本当に思っているのだ。
家族に優先順位はあると。
「悪いのか?」
厳樹が一歩踏み出した。
天が一歩下がる。
厳樹の肉体は一般人と変わらない。
単純な筋力だけでも天は圧倒的優位にある。
そのはずなのに、明らかに気圧されていた。
「家族に優先順位があったら、悪いのか?」
「そんなの――」
まさかここまで迷いなく断言されるとは思っていなかった。
ゆえに天が口を開けにいずと――
「話は終わりだ」
「待っ……」
厳樹はそのまま通り過ぎてゆく。
遠くなっていく男の背中。
仮にそれを引き留めたとして、天が望むような言葉は返ってこないのだろう。「天さん」
厳樹の背中を見つめていた天へと声をかけたのは彩芽だった。
「……悪い。俺が口を出すことじゃなかったよな」
天は謝罪する。
怒りのままの行動。
考えなしの行動は、彩芽にとって酷な結果となってしまったかもしれない。
しかし彩芽は気にした様子もなく首を振った。
「気にしないでください」
「ずっと前から……分かっていたことです」
諦めたような表情で、彩芽は父を見送った。
☆
「20年ぶりだねー」
少年――ジャック・リップサーヴィスは広がる街並みを見て笑う。
「昔より人間も増えてて養殖場みたいだ」
時刻は夜。
それなのに人通りは多い。
「うん。やっぱりムードは大事だよね」
ジャックは大通りを外れ、小さな道へと入ってゆく。
街灯が照らす住宅地。
先ほどまでの大通りに比べれば明かりも少ない。
そして、人の姿も。
「やあ、お姉さん」
そこで見つけた一人の女性。
ジャックは彼女に声をかける。
明るく、屈託ない笑顔で。
「? 子供……?」
ジャックのような子供が出歩くには遅すぎる時間だ。
そのせいか女性は首をかしげている。
「どうしたの?」
女性は身をかがめジャックに問いかける。
迷子か家出か。
そんな想像をしたのだろう。
「実はね、お姉さん」
ジャックは笑う。
そして女性の肩を押した。
「きゃっ……」
しゃがんでいた姿勢だったこともあり、女性は容易に後ろに倒れこんだ。
「《言の刃は剣よりも強し》」
ジャックは女性の腹に馬乗りとなった。
そして――
「《動かないでね》」
「あ……れ……?」
女性は困惑した様子を見せる。
「僕、お姉さんの体が食べたいんだよね」
「ぁ……ぇ……」
ジャックの表情に不穏な気配を察したのだろう。
女性の顔に戸惑い、そして恐怖が見え始めた。
そんな彼女の顔を見下ろし、ジャックは嗜虐的に笑う。
「そういえばミリィちゃんによく怒られるんだよね」
「僕って、食べ物で遊ぶ癖があるから」
ジャックは女性を、人通りのない路地へと引きずり込んでいった。
もうそろそろボスバトルに入ることができればと思っています。
それでは次回は『接敵』です。