1章 4話 天宮天
「おっとッ……!」
天は大きく飛び退いた。
先程まで彼女がいた場所に拳が打ち下ろされる。
ズンという重い音が腹に響く。
(救世主、か)
女神に頼まれた仕事。
天宮天という少女になったワケ。
だからこれは第一歩だ。
自分が、この世界に生まれた意味を果たすための一歩目なのだ。
「じゃあ、次の回避はもっと小さく――」
天は迫る拳を前にして身を引く。
だが、今度はより小さな動きで。
「――っしゃぁッ」
跳び退きながら、天は大剣を横薙ぎに振るう。
大剣は《ファージ》の腕を捉え――弾かれた。
腕の曲面を滑り、刃が食い込まない。
「逃げながらの一撃じゃ駄目か……!」
退きながら振るった攻撃では威力が乗らない。
重さもスピードも乗らない一撃では敵を討ち取れない。
「どわッ」
しかも大剣の重さに体を引かれて体勢を崩す。
それはあまりに大きな隙。
《ファージ》の腕が振るわれ、天を吹っ飛ばす。
彼女の体は勢いよく地面を転がる。
衝撃で大剣を手放してしまう。
大剣はそのまま彼女から離れた位置にまで滑った。
「やっべ――」
武器がない。
この細腕で、あの重量武器を越える威力が出せるはずもない。
(仕方ないよな)
天は目を閉じる。
(さっきコレのせいで死んだばっかだし、あんまり使いたくなかったけど)
次に彼女が目を開いたとき、
「《象牙色の悪魔》」
彼女の瞳には幾何学模様が浮かんでいた。
☆
「おや。あれは――」
「《不可思技》……!」
頬杖をついて戦場を見ていた蓮華。
彼女の目がわずかに見開かれる。
「《不可思技》。AILCEが持つ固有能力。まさか、初日で発現するだなんてね」
助広は笑う。
「別に、使えればいいわけじゃないわ」
「でも、使えることは才能の証明になる」
そう助広は言った。
「ALICEが《不可思技》に目覚めるまでには個人差がある。そして、統計上――覚醒までの時間が短いほど強力な固有能力である、と言われている」
――所詮、今回で五人目のサンプルなわけだけどね。
そうヘラリと笑う助広。
5人目のALICE――天宮天。
そんな彼女を瑠璃宮蓮華――最初のALICEは見つめていた。
「最強のALICEである君でさえ、《不可思技》に目覚めたのは3日目だった。――なら、覚醒直後に発現した彼女の《不可思技》はどんな力なんだろうね」
――楽しみじゃないかい?
そう問いかける助広を蓮華は鼻で笑う。
「5人程度の分母しかない統計に意味なんてないでしょ?」
「アタシは、誰にも負けない」
☆
《象牙色の悪魔》。
それは、天宮天が生前から有していた能力だ。
その力は――運命の逆算。
求めたい解を設定することで、悪魔の公式がその未来に至るために必要な手順を解明してくれる。
発火能力や念力のように外形で確認できる超能力ではない。
だがそれは、生まれた時から天宮天が持っていた力。
(多分、あの時に死んだ理由は無茶な能力の行使だ)
求めるべき『解』の急な変更。
しかもその解は存在するかも分からないほどに困難。
そんな無茶な要求をした結果、演算に耐えかねて天の脳が壊れた。
そう推測している。
(だから――条件は絞りすぎない)
難易度の高い解を指定してしまえば脳への負担が大きい。
(目指すべき未来は『勝利』)
解を指定した。
目指すのは勝利だけ。
傷も痛みも、許容する。
助広の言葉によれば、この訓練室では死なない。
だから、傷を負うことさえ許容して『勝利』へのルートを計算する。
それに助広は言っていた。
今回はノーヒント、だと。
つまり、ヒント次第では容易にこの化物を倒せるということ。
何かに気付けたのなら、今の天でも充分に勝てるということ。
(演算完了)
悪魔の数式が指定する。
天宮天が掴むべき要素を。
「それじゃあ――行くぜ?」
天は歩む。
武器さえ握らずに。
「ここで――10センチ右」
彼女が首を曲げれば、掠めるように《ファージ》の拳が素通りする。
――知っていた。
天は《ファージ》の懐に潜り込む。
その時、《ファージ》の口か開いた。
そこには収束した光。
次の瞬間、《ファージ》の口からビームが撃ち出された。
だが――知っていた。
天は一切焦ることなく、迫る閃光を躱した。
歩きながら。
まったく淀みなく、天はビームの隣を歩いてゆく。
床が砕けるが、破片につまずくなどという無様は見せない。
そのまま天は《ファージ》に近づくと――
「はぁっ!」
《ファージ》の口に拳を叩きこむ。
あの化物の口――そのさらに奥にあった球体を砕くために。
「多分、こいつが心臓部なんだよな?」
《象牙色の悪魔》はそう結論付けていた。
あそこにある核を砕けば、《ファージ》を討てると。
悪魔の推測は――的中した。
糸の切れた人形のように《ファージ》が膝をつく。
そのまま化物は地面に沈んだ。
化物の姿がノイズとなり消えてゆく。
「QED――――ってな」
天は勝気に笑った。
戦闘訓練終了です。
次話、ついにタイトルの後半要素回収できるかと。
明日には他のメンバーたちの紹介もしていきたいですね。