3章 8話 箱庭の外で二人with彩芽2
「……美味い」
口内で広がる甘さに天は驚きの表情を浮かべた。
天が食べたのはクッキーだ。
あの後、彼女は彩芽とともに行動することとなった。
そして現在、公園で彼女が持参していたクッキーを食べている。
知っていたことだが、彼女が作るお菓子に外れはない。
だが今回は――
「……マジで砂糖使ってないのか?」
信じがたいという感情をにじませながら天は尋ねた。
話に聞いていても信じられない。
ライブを控えているアイドルにお菓子などタブーでしかない。
だが砂糖を使っていないという触れ込みで渡されたお菓子。
ゆえに味もそれなり止まりだと思っていたのだが。
「優しい甘さっていうのか……想像以上に好きかもしれない」
「うふふ……良かったです」
興味深げにクッキーを眺めている天。
そんな彼女を彩芽は微笑みながら見守っている。
「実はそれ……お野菜で作ってるんですよ?」
「…………マジ?」
「はい」
固まる天と、笑う彩芽。
「案外、お野菜って甘いんですよ」
「……へぇ」
もう一度クッキーを食べてみる。
――正直、どの野菜かなんてわからない。
天が味音痴なのか。
彩芽が料理上手なのか。
言われてなお野菜から作られたとは思えないほど一つのスイーツとして成立していた。
「ふわぁ……」
リラックスしていたせいか天の口からあくびが漏れた。
どうやら昨日、夜更かししていた反動が来たらしい。
「可愛いあくびですね」
「ほ、ほっといてくれよ……!」
彩芽に指摘され、天は赤面した。
生温かい微笑みが余計に羞恥心をかき立てる。
「今日は風が吹いていて涼しいですからね」
夏の最中。
だが、優しい風が吹いていることもあり、木陰はすごしやすい環境となっていた。
(あ……やべ。眠くなってきた)
瞼が重い。
このまま目を閉じてしまえば眠りに落ちてしまいそうだ。
「良いんですよ?」
彩芽が耳元でささやいた。
柔らかく、包み込むような声だった。
彼女は天の肩に手を回す。
「少し眠りましょうか」
天の体がゆっくりと横に倒される。
すると彼女の頬に柔らかな感触が触れた。
温かく。柔らかく。それでいて弾力がある。
端的に言えば、膝枕だった。
「…………!」
膝枕をされているという事実に緊張が走る。
かと思えば、驚くほどに安らぎを感じてしまう。
「ぁ、ぇ……」
戸惑う天は、意味もなく腕を空中でさまよわせた。
体はカチカチに硬直している。
「――力を抜いてください」
そんな天の頭を彩芽は撫でる。
髪を滑ってゆく細い指。
本来であれば頭部に触れられるというのは急所に触れられるということに他ならない。
本能的にそれらの行為には警戒を抱くものなのだろうけれど――
「ん……」
天の体から力が抜けた。
されるがまま、彩芽の太腿に顔をうずめる。
女性の体に触れているという緊張さえも消え、意識が溶けてゆく。
この包容力。
なるほど。
これをきっと母性と呼ぶのだろう。
天が眠りに落ちる前に考えていたのはそんなことだった。
☆
「…………んぁ?」
天は目を開けた。
彼女は寝ぼけたまま寝返りをうった。
「んぅ……?」
顔面が柔らかいものに押し付けられる。
壁……ではない。
そもそも、記憶の最後において天がいたのは――
「っ!?」
天の体が跳ねた。
ようやく目のピントが合い、眼前の感触の正体を悟った。
彩芽だ。
彼女の膝の上で寝返りを打ち、そのまま彼女の腹部に顔をうずめていたのだ。
事実、天が顔を上げれば、そこにはうたた寝をしている彩芽の顔があった。
彩芽の頭はこくりこくりと揺れている。
「ぁ……目が覚めましたか?」
「ぉ、おう」
視線に気が付いたのか、彩芽は目を開けると天に微笑みかけた。
「悪い……足痺れてないか?」
眠る前は真上にあった太陽。
それが今では少し傾いている。
――おそらく、一時間は軽く寝ていたのだろう。
一時間正座しているだけでも辛いというのに、天が乗っていたのだ。
天は彩芽を心配するのだが――
「うふふ……大丈夫ですよ。慣れてますから」
そう彩芽は笑う。
慣れている。
大和撫子を具現化したかのような彼女のことだ。
彼女の言う通り正座にも慣れて――
「…………………《黒色の血潮》」
「今、小声で《不可思技》使ったよなッ!?」
小声で彩芽が何かを呟いたのが聞こえた。
ついでに、彩芽が視線を向けた先でハトが倒れている。
まるで脚に異常があるかのように悶えながら。
「何の話ですか?」
「いや……正直、俺の責任だし別にそこまで意固地になって否定しなくても……」
「何もありませんでしたよ。……………………………………ふぅ」
「今『ふぅ』って言ったよな!? やっぱり痺れてたんだよな!? あそこでハトがビクビクしてんだけど!? 押し付けたよな!?」
「黙ってくれませんか?」
「は……はい……」
天は見えない圧力に屈した。
彩芽はママです。
それでは次回は『ジャック』です。
3章のボスが登場する予定となっております。